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古典との闘い

なぜか古典を読むことに憧れを感じている自分がいる。偉人たちの作品をカッコよく書評できたら気持ちいいだろうなと日々妄想しているからだ。

だから三島由紀夫の「金閣寺」に挑んでみることにした。ちなみにこれは初チャレンジではない。リベンジだ。

2年ほど前にも一度だけ読んだことがある。読んだといっても3ページで挫折しているので読んだうちには入らない。減量に失敗したボクサーのようにリングに立つ前に負けたのだ。

この2年間で色んな本を読んできた。ビジネス書から始まり小説、エッセイ、詩集などにも手を出した。サンドバッグをがむしゃらに叩き続けたのだ。

語彙力も増えて読解力も少しは上がったと思う。とくに小説に比重をおいて本を読んできたので、サンドバッグよりむしろスパーリングをたくさん積んだ感じだ。

これならいける。決して古典を読むために本を読み続けてきたわけではないが、憧れの存在である古典と、それを読み解く理想の自分が存在する限り、頭の片隅にはいつも古典があった。

僕は意を決して本棚の横に乱雑に平積みになっている本の山の中から「金閣寺」を探し出した。

新潮文庫から出されたその本の表紙にはメラメラと燃える炎の描写に、三島由紀夫の金色の文字が無性に輝いてみえる。

眩しい、眩しすぎる。

新品で買って3ページしか読んでいないのにも関わらず、本からは祖父の家の使われていない物置と化している部屋に置いてあったかのような、異様な雰囲気を感じる。

ページをめくる前にすでにひよっている自分がいる。まだリングにも立っていないゴングもなっていない、大丈夫だ。ここまで培ってきた力を発揮できれば絶対に勝てるはず。

おそらく連日の試合になることは間違いない。体力勝負にもなってくるだろう。だから試合の初日は休日にすることに決めた。出鼻をくじかれたら負ける、そう思った。コンディションの良い状態のときが試合開始のときだ。

休みの日。平日と変わらない朝6時に起きて準備を始める。前日の晩酌はほどほどにして早急に眠りについた。状態は良好だ。

リビングの椅子にひとりゆっくり座り、3分の瞑想で呼吸を整える。これは本を読む前の日課だ。なんとなく集中できる気がする。

さあ、始めよう。

カーン、頭の中でゴングが鳴ったような気がした。

最初のページを開く。うおお、漢字の量が多い。そして難しい単語が並ぶ。六法全書かこれは、弁護士を目指している友人を思い出した。

でも、こんなところで負けるわけにはいかない。一度冷静になって本を読み進めた。大丈夫、よめる、よめるぞ。

初チャレンジのときに突破できなかった3ページを見事にクリアし、そのまま本の世界に入り浸った。

と、いけば良かったのだがそうもいかない。かなりの読みごたえでページが進まない。結局その日は体力が持たず半分もいかないところで休戦した。それでも上出来な方だろう。

それから連日の攻防戦が続いた。あいにく本業がいそがしく、読んでる時間がない。最低15分は読むようにしているが。15分では前回の振り返りと内容の解釈でほとんど進まない。

戦いは一方的になってきた。だんだん主人公の心情が複雑になってきたような気がする。なんだかよくわからなくなってきた。

敗戦濃厚になったのは主人公が金閣寺を燃やそうと思ったあたりからだ。もはや何がなんだがわからない。なんで燃やすん?

それでも最後まで戦った。試合終了の鐘が頭で鳴り響いた。12ラウンドをなんとか戦いぬいた。

結果は分かりきっている。圧倒的大差で判定負けだ。

有偽子はどんな存在?鴨川はなぜ死んだ?柏木はどういう存在だった?なぜ金閣寺を燃やした?

主人公の心情も三島由紀夫の意図も、なにもかも理解できなかった。完全なる負けだ。

だけどここまで戦ってきた自分を褒めてあげたい。

褒めてはみてみるけど、なんだか悔しいので爪痕だけでも残したい。

短いが心を持ってかれた一文がある。前後の文脈はフルシカトでこの一文を残したい。

俺は君に知らせたかったんだ。この世界を変貌させるものは認識だと。

柏木が言った言葉を拾ったよ

なんとも深い言葉だ。

自分が生きている間に世の中が大きく変わることはない。そりゃ確かに、工業からネットの時代に変わったり、コロナ化になってオンライン交流が盛んになったりと時代の変化は感じる。

AIの発達で仕事がなくなるなんて言われているし、少子高齢化が進んで日本オワコンともいわれている。

でもそれって自分の見方を変えているだけなのかもしれない。どんな時代でも苦しくて悩みがあり疲弊していたと思う。

今に始まったことではない。自分が勝手に被害妄想しているだけなんだ。きっと。

だからつまり何が言いたいかって、これ以上いうと綺麗事にしか聞こえないからやめとく。ただそう感じただけ。

これが金閣寺を読んでのアウトプットだ。11ラウンド後半に軽めのカウンターボディを当てた程度で終わった。

悔しい。この悔しさをバネにもっと修行を積んで、来年もう一度チャレンジしてやる。その時はせめて一度くらいダウンを取りたいものだ。

ダウンを取ったらまたnoteを書こう。その時まで続いていたらだが……

こうして一か月という長い闘いが幕を閉じた。以上。終わり。




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