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おも

 てもても妖な事件に御座いました。
 あれはくだんの夏から丁度四年になる、これまただる暑さの夏のことでしたかな――。
 或るみずうみを訪ねたンで御座います。
 否。
 湖とは一寸ちょいと違いますな。
 湖と云わば、おおきいものでの琵琶湖で御座いましょうが、ありゃあみずうみで御座いましょう。なかれるもンが河川かわがわ淡水あわみずと云っても、あンなにも茫洋ぼうようたたえちゃあ海ですよ、海。
 ですから訪れたなぁいずみで御座いますな。
 山ン中でいつした水がを為して、そのうち河川なンぞに注ぎます、あのいづで御座います。
 はあようで、温水ぬくみずが湧けば温泉と申しますな。
 いずれ湧こうが溢そうが、土からいづる水なンぞ、地にぼんす水にくらべりゃあ軽微なもンで。
 あの泉だって――。
 ぐるりと縁淵ふち周巡まわって見て感ずるに、之でいったんも有れば十分と云うほど積でしたからなぁ。
 ですから、はあ。
 訪れたなぁ湖じゃあ御座ンせんな。
 否。
 たずねたおとずれたってぇのも、また可笑しな物云いで御座いますな。
 人は居ないンで。
 無人で御座います。人っ子ひとり居やしません。
 穴場と申しますかなぁ。違いますかなぁ。
 真面まともな人間はどころか寄り付かねぇンで――。
 その昔は魔所と云うもンも居ったようですが、詳しくはりませんな。
 せんの時代にすくなからぬひとにが出たとか云う巷説も、真実まことしやかに囁かれては居りましたが、ような噂話と云うものは、寓話も逸話も、まあ津々浦々に御座いましょうや。
 私はだ、る事情にて、偶々たまたま其処を知って居っただけに御座います。
 然様な場所、、、、、には――。
 待つ者も居らねば、訪ねるも訪れるも無い訳で。
 はあ。
 単なるものと申しますかねぇ。
 ええ、文字通りですな。見に行った、、、、、ンで御座いますよ。
 水面みなもを――。
 それは。
 それはそれは、綺麗なもンで御座います。
 ず水が、底抜けにいて綺麗ですな。
 みなぞこしろくろ沙砂すな礫石ざれまで、それはもうッく見えると云う具合でしたから。
 うおかにの遊び泳ぎの様子さまさえ、らさなくたってじかに視えるンで。
  ああ云う小さな生物いきものは、山ン中に湧いて出たような狭ッ苦しい泉ン中に、何処から如何して生まれて来たンでしょうかねぇ。
 字が如く、降っていたンで御座いましょうかねぇ。
 まあ大方、山肌ぁ僅かに伝って上から流れてきよる水の、こますじン乗って辿り着いた生物なンでしょうや。
 小せぇむしが居るからには――。
 之がまた緑も見事なもンで。
 足許あしもとを追って見下げりゃ蘚苔こけ羊歯しだ
 丘陸おかを辿って見上げりゃ山柳やなぎ葛蔓ふじ
 青々とれてつやめくつるしべが、んずほぐれつにもつれてはからみ合い――。
 いびつ形態かたちで顔出したちっさな嶋々しまじまにゃあ枝垂しだれた老柳が揺々ゆらゆらおおきな陰影かげし――。
 紛々ごみごみとした光景では御座いましたが、この世のものとは思えぬ絶景で――。
 豊潤なようでもあり、幽愁なふうでも御座いましたなぁ。
 特別にあたりが善いとは思えませなンだが、山中にしては悪くもなかったンでしょうな。
 水の在る処には、樹木きぎは這っても生えぬ訳で。
 はい。
 地を這う人間ひとには知れねども、空宙そらからは丸見えだったンで御座いましょうな――。
 鳥禽とり仰山ぎょうさん居りましたよ。
 博識じゃあ御座いませンで善くは存じませんがね。大きいもンから小さいもンまで、或は白いもンから黒いもンまで、四季折々に渡って訪ねての繁盛ッりで。
 ですから。
 誰独だれひとり居らぬ泉と云うンも違いまさぁな。
 行った先には必ず鳥禽が居りますから。
 先客と申しますか。
 或いはと申しますかな――。
 その時、、、にその泉で待って居りましたのはたしか、ええ、さぎでしたかな。
 青鷺あおさぎで御座いますよ。
 そのしろあおが、うしろみどりあおに善く映えて、それはもう――。
 はい。
 魔所と云っても其処は。
 明所、、で御座いましたな。
 そう識って居ったから、私は彼女、、を連れて行った訳で。
 ――綺麗なおも、、を見たい。
 そう仰せでしたから。
 彼女は――。
 名をまにあわせまして、つみとでも申しましょうか。
 之がまあ変わったひとで御座いましたよ。
 世間の風評なンぞ何処どこ吹く風の、柳に風の。
 何をようがれようが、思うた異議は思うがままに申し立て、此方が声を荒げようもンなら鼻先で哂笑わらって聴き容れず、また自ら声を荒げる容姿すがた将当はたと見えず――。
 しかして何を如何したって其処まで機嫌をそこなわれまいと云う、之また堂に入った仏頂面が常態で――。
 それを以て凶相とは云えぬまでも、まるで器械の如く無感情みた様子にて、も能のようなおななり――。
 そう云う評判では御座いましたな。
 愛想も無ければ愛嬌も無いと。
 はあ。
 散々なもので。
 しかし濃眉は丸く太いものだから、力強いと云うよりは寧ろあどい印象で――。
 その上でこでぱッつん高く切り揃えた前髪が、それはもうわらわ河童かっぱにしか見えないものだから、出で立ちは何処か幼いと云うかいわけないと云うか――。
 まあ可愛らしくもあったので御座いましょうな。
 せいンまくってねぇ。
 それ故にか。
 数多あまたとは云えぬ迄も、男子諸君から一切の好意が無かった訳ではないと、そうも聞いて居りました。
 ただ
 多勢おおぜいをして評しむれば、おんな醜女しこめと――そう陰口を叩かれて居ったも確かなようで。
 女学生にしては至り極めて口数すくなく御座いましたが、要事にては弁も立ち、頭脳あたまも切れれば俊足も風を切り、文武両道に成績優秀と、押並べて教師には大層好評で御座いましたから、多少の嫉妬もうちに含んだ評価で御座いましょうが――。
 矢張りまた押並べて評されるところには、そう云う、、、、つらでは御座いましたようで。
 はあ。
 歯切れが悪いと仰せか。
 ええ。
 もっともなことに御座います。
 何を隠しましょう――。
 私は失顔して居る、、、、、、、、ので御座います。
 失顔症と申せば通じましょうか。
 物体ものを眼で視て。
 網膜は几丁きちんと像を結ぶのに、大脳が識をって居る――その視覚失認、、顔面、、に現れた症状を、失顔症と呼称するのですな。
 相貌失認と呼ぶが正確ただしい気も致しますがねぇ。
 はい。
 相貌おもを判別出来ぬ。
 そう云う――病気が在るンで御座いますよ。
 まれきならば先天性なる枕詞も附きましょうが――。
 聞く処にると、じぶんは生後数ヶ月のうちに車々事故にッちまったようで。
 父か母かの過失だったそうで御座ンすよ。
 そンだけのことしか存じませんや。
 知らされたのはそれッ切りなもンで。
 まあ。
 物心ってぇのがどんなモノか私には見当も附きませんが、まあ物心附いた頃には既にそう、、なって居りましたからねぇ。
 当の二人にと向かって何が起こった、、、、、、おうもンなら、何を起こした、、、、、、なじるようなもンで御座いますから、ええ。
 それに。
 訊けば病をあかすことにも繋がる訳で。
 それは――辛いことで御座いましょう。
 他ならぬ両親をして、その過失が我が子をたたさわったと、そう感じさせるのは何よりこくで御座いましたから。
 訊くに訊けぬと――。
 先天的な疾病やまいか否か。
 そんなこたぁ知りたくッても知れないンで御座います。
 けれども。
 最初はなッから知りたくもなかったンでさぁ。
 知った処で誰をも責められぬことで御座いましょうし、大体が病なんてぇのは、かかわずらったとて、それで困らぬ限りは如何でも善い、、、、、、、、、、、、、、、モノで御座いますしねぇ。
 はあ。
 困らねば不問とは、裏返せば――。
 困るから問題なンで。
 困って居ったわらわうちは、それこそ山の如く問題を抱えて居りましたなぁ。
 一例を挙げますれば、餓鬼の遣いなンてぇものは、散々で御座いましたよ。
 誰々に之々の事を伝えて聞かせろだの物を渡して持たせろだの、そう云われても困るばかりで。
 物事は記銘おぼえて居っても、肝心の行き先が判らぬではまるで役に立ちませぬ。
 つかうに使つかえぬ餓鬼なりと、そうはやわらう小人も居りましたが、おぼえこなしも遅れた子供なりと、そうおしはかおもんばかる大人も御座いましたよ。
 左様で御座いますから、行く先々で問題に行きうては、その度に克服せんと――義務教育たる六年間を殆ど一杯に使いまして、った独りッ切りで訓練を重ねて参ったのですな。
 父にも母にも打ち明けられず、唯だ唯だ黙々とあれやこれやとあたり次第に試しまして、普通を装う手段すべを習得して参った訳で御座います。
 その甲斐あってか。
 あの忌々しい夏から二年も経とうとする頃には、擬態、、は殆ど完成して居ったように思います。
 しかし擬態なンぞ所詮、取り繕いの猿真似に御座います。
 ですからあれは。
 困り乍らも困っては居らぬようによそおまぎらす小賢しい技術を、齷齪あくせくと磨いて参った六年間――だったと云う訳で。
 その最中では御座いましたが、その擬態を。
 驚くことに。
 傍目に見破った者が二人だけ、、、、居ったのですな。
 ええ。
 御察しの通り、あの事件もそう云うもの、、、、、、で御座いました。覆面なンぞ誰独り被っては居りませんでしたから。
 例の彼が見破り、最初はなから連中に告げて居ったンで。
 悲しいことに御座いますが。
 それはそれとして。
 もう一方ひとかたと申しますのは――。
 再び御名みなかりまして、しづと致しましょうか。
 この娘、町の往来を歩いて渡れば男も女も袖をも首をも翻して二度も三度も眼を見張ると云う大層な器量しと評判の、ひとしたの後輩で。
 まあ接点は、そう多くは無かったですな。
 部活動も別々で。
 ったひとしか居らぬと云う友達が此方こっちに入っちまったもンで――。
 叱ればりたものかも判らぬけれども此方が一向に拒まぬものだから、性懲りも無く飽きもせず、足繁く押しっては頻りにきよる――。
 その折にを遇わせると云うだけの接点で。
 此方こっちえがもので、彼方あっち描くんじゃあなく、踊るンですな。
 舞踊ダンス――西洋のまいで御座います。
 小さな躰を――。
 ねこまりくようにきわするどふるってうごかして――。
 それはもう情熱的に、ひとにっちゃあ扇情的にも見えましょうかな、とてれいに舞ったそうで御座います。
 何の因果か――。
 例の彼の恋人とはこの静香、、、、、、、、、、、、に御座います。
 当時――事件から二年後のことですな――未だ彼からなにひとつ私の身上は聞かされちゃあ居なかった筈で御座いましょう。
 彼は静香を庇護まもって居った訳で。
 それなのに。
 この娘は、ぴたり云いてたンで。
 ――先輩は失顔して居るのですよ。
 吃驚びっくりぎょうてんで御座いましょう。
 いえ。
 実を申せばその時分、とうの私は、おのが異常の名前なンざらなかったンで御座います。
 恥かしいとも思いませんやねぇ。何しろ当時は、ネットなンてぇ便利な道具ものもとに無かったンで。
 書籍を頼ろうにも、そりゃあ専門書になりましょうがねぇ。
 土地にゃ手の届く医書なンざ、まるで無かったンで御座います。
 それで。
 この娘、訊けば町医者の娘なンだそうで。
 当時だって、ええ、そりゃあ道理でと思いましたよ。
 家宅いえに教書の幾等でも在って、その道の一人も居ると為れば、己の病を云い中てて不思議も無かろうと――そう思ったンで御座います。
 真の目的は訓練にあり乍らも部活動の一貫と嘘吹いて、頻りに胸像モデルを嘗めるように眺めてはかおを写して居りましたから、それが彼女の眼に触れて、親に尋ねたか本を繰ったか定かでなくとも、それで病名の特定に至ったものと思った次第で。
 しかし。
 彼女は私に、こう云うたので御座います。
 ――一体いったい何故どうして、
 ――妾を視る眼が他の男と違うて居るのか、、、、、、、、、、、、、、、、、
 それが気にかかって導き出したこたえなのサと、彼女は結んだので御座います。
 はい。
 違うたので御座いましょうなぁ。
 それはかげ、、の所為かみち、、の所為か、それは判りませんやなぁ。当時むかしだって現在いまだって、そりゃあ知れませんや。
 やれ絶世の別嬪なりやれ稀代の美少女なりと、どれだけ執拗しつこく周りの者が申しても、己には能く判らない訳で。
 視たくっても視えぬものは視えませぬからなぁ。
 しかし。
 静香と云うこの娘、恋人に伴って歩く以外ほか常時いつも、指折る頭数かずの男供に囲まれて居りました。
 はあ。
 男ッたらしと申しますか。
 はい。御前、、に従者と云う具合で。
 その彼等に限らずとも普通、、の男性に云わせれば、静香のつら見りゃあみなぎたぎると申すンでしょうな。はあ、下世話なこッて済ンませんなぁ。
 眉もまなこも鼻も唇も顎先も、しなやかにしとやかな曲線を描いて、常時いつ何時なんどきわらって居る御顔こそ――。
 あな麗しや。
 あないとめずらしやと。
 皆々口を揃えて云うものでしたが、私には――。
 私には寧ろ。
 怖かった、、、、ので御座いますよ。
 まるで。
 あたかを引ッ下げているようで。
 おもですよ。
 めん――能楽に使うような、あのおも、、ですよ。
 おも、、着く役をオモ、或は為手シテ、以て外を総じてアドび、中でもおもたぬがオモをば立たす脇役をワキ、主役には及ばぬがオモを立たすに不可欠な脇役をツレと云いましょう。
 おも、、を着けるなぁオモツレだけで御座いますが――。
 おもてと云う能面を御存じですかな。
 演目に依り造師に依り、そりゃあ色々では御座いますがね。
 総じて云えば、あの白い女人のつらでさぁ――。
 眉は八の字にげて、口のかどたせて――。
 静香ってぇ娘はね。
 笑うと。
 まさそんなになる、、、、、、ンですよ。
 ただ、眼が嗤って居らぬから。
 一文いちもんにぴんと張った切れ長い眼裂が、輪を掛けて鋭く引きしぼったように緊張、、して。
 みてぇで憶愕おっかない。
 四六時中おのの輪ン中で能面みてぇに嗤って居て、そのつらぁ見てンな歓んで居やがるのが――。
 おお恐い。
 ありゃあ緊張した笑顔でさぁ。
 否、緊張して居るってぇンなら、そりゃあ笑顔なんかじゃあない、、ンで。
 文字通り、こごかたまった御面、、で御座いましょう。
 ええ。
 それで思い出しましたよ。
 あの面、、、は怖くて仕方なかったから、失くしちまったンですなぁ。
 あれは。
 未だ学校に通うようになって一二年と経たぬ頃でしたかなぁ。
 慥か――。
 くらべたンで御座います。
 あの遊戯あそびが駄目だったンですな。
 向き合って、真直ぐに――。
 顔貌かおッと視詰みつめて居るうちにどんどん気分が悪うりまして。
 熱出して寝込んで。
 慥か、ええ、それで父の生家に行ったンですな。
 本心申せば之ッぽちも行きたくなんかなかったンですが、大人にしか解らぬ用事が在ったんで御座いましょうよ。
 布団剥がれて寝床追われて衣服替えて手牽かれて、もう行かぬと申す訳にも行くまいと。
 車に揺られるうちにまた眠って。
 到頭とうとう着いたら――。
 おもなじられて居りました。
 嗤い乍ら。
 ――あの顔ぁ女狐、、だ。
 おお怖い。
 そう思って独り遁げるように土蔵くらなかもぐって。
 見附けたンで御座いました。
 昏闇くらやみに在ったのは――。
 おもおもで御座います。
 それは。
 静香の面でも御座いますかな。
 鋭い薄眼ぇ開いて据えて、妖狐のかおで嗤って居て――。
 そして。
 爺が来たンで御座います。
 ――気に入ったンなららぁ。
 そう云うと、真ッ暗い闇は何やらうごめいて、なにやらはこを呉れました。
 その真ッ玄い匣を――。
 大事に抱えておもまで駆けて。
 開けたらふたの面が在って。
 上に母の面。
 下に――。
 闇中では視えなかった第二の面を、いざあらためようと匣の底をおさなく――。
 その刹那。
 ――けつぜよッて
 ――こン女狐がぁッ
 ――御前、、御蔭、、
 ――あンぉはッ
 老鬼が――。
 ごえめて、此方を振り向くと。
 向こうに白い、、あの面、、、が引ッ下がって居て。
 また怖くなって、今度は裏手から再び遁走とんずらいて――。
 川に出た、、、、ンで御座いますか。
 小さな河原で――慥か。
 それから。
 そうだ。
 を、匣から取って。
 母の面の、その下のもう一方は、見る気もおこらなかったからなかに残したまま匣ごと置いて。
 母の面だけ抱えて、水に、膝まで浸かった処で――。
 かぶって。
 ――之なら、
 ――づらにくいとわるるおもこころもちも解ろうか。
 そう思って。
 私は――。
 けれども母の面は。
 狭ッ苦しいのぞきあなで視界を遮り、ふるッ臭いにおいで鼻を突き、頭も舌も痺れる程にもなにも苦々しくって。
 眩暈めまいがしたンで御座います。
 気が附いた時には既に、面は水に攫われて居りました、、、、、、、、、、、、、
 掴むも追うも叶わず――。
 匣を携えて母屋に戻ると、矢ッ張り其処には爺が居て。
 ――大事にせぇよ。
 それだけ云われて、それでもう親子共々帰されたので御座います。
 大事にすンべぇは母のことじゃわいと不貞ふてくされて居る裡に、また揺り籠が如き車ン中で、夢に没したように記憶して居ります。
 はあ。
 ええ、大いに脱線しましたな。
 話を戻しましょうやね。
 うに誰も居なくなって居った部室の中で――。
 静香は私のやみをば云い中て、その依る処のあかしなるは、己に向けし私が視線の違和感と――そう仰せになったンで。
 女狐の、母の、川流れの面をぶらげて。
 それで。
 はあ左様ですかと、そのように申した憶えが御座います。
 あたり前で御座いましょうな。
 今しがた申し語りました小咄なンぞ、御前、、にも皆様にもなんの得にも徳にもらぬもンで御座ンすから。
 適当に配偶あしらうしか無いでしょうよ。
 それなのに。
 可愛い、、、御面を。
 真ッ赤にて上気したンで御座います。
 能面かと思いきやぁ拍子も無けりゃ突拍子も無いと来たンで。
 そりゃあもう驚きも焦りも慌ても恐れもましたよ。
 でも心底しんそこおどろくなぁ此処からで――。
 静香ぁね。
 ――あたしゃあ一度ねぇッ
 ――犯られてンのサ、、、、、、、
 はあ。
 そう仰せで御座ンした。
 聞けばそれは丁度、じぶんの事件から数ヶ月ばかり遡って、、、の出来事で――敵仇かたき貍公たぬこうは、憎むに憎み切れぬ小児性愛者ペドフィリアなンだそうで。
 それであの夏。
 それで彼は、二度と同じ思いはさせまいと、この娘をば庇って護ろうと、その代替かわりに私をば――。
 それでは益々ますます、彼のことをうらみもなじりも出来ませぬ。
 けれども静香はこう続けるンでさぁ。
 ――貴様は一体何者なのか。
 ――皆々と同じ男ではないのか、、、、、、、、、、、、
 そりゃあ、もうねぇ。
 かげ、、ンなっちまったじぶんに云えるこたぁなにも無かったンで。
 哀しいやねぇ苦しかろうよなぁ切ねぇこッてさぁなンぞ、口が割けても云えますまい。
 同じような体験、、、、、、、と申す者が居るかも知れませんが、そんな莫迦ぁ云っちゃあけねぇですよ。
 丸ッ切り違うンで御座いましょうよ。
 そうでしょうや。
 慥かに強の字をば味わったッてなぁ同じ事実で御座います。しかし手ぇ出したもンは違いまさぁ。かずも違えばからだも違うし、においだってつらだって違いまさぁ。
 時刻とき現場ところも違えば行為おこないも違いましょう。
 それに。
 同じ者に同じ時刻に同じ場所で同じ行為に及ばれたって、痛みってぇのはられたほうにこそ依るンでしょうよ。
 それで居て感じるも思うも伝わらないのが普通でさぁ。
 そうでなきゃあ神通力で御座いましょう。
 ですから私はね――。
 事実をば伝えたンで御座います。
 否、事実だけを申し上げた、、、、、、、、、、ンで御座います。
 勿論のことおもいびとの関与する処だけは、徹底して省き申し上げましたよ。
 大勢の男供に嬲られ犯され、終いにゃあ離人して自尽まで行ったと。
 彼女はそのうち蒼白あおくなったり朱紅あかくなったりて――。
 はい。
 それっ切りでしたな。
 はあ、向こうも納得が行ったンでしょうな。
 私が彼女の笑顔を胡散臭く思うて居ったように、彼女もまた私の振る舞いり振りを、白々しく眺めて居ったのと違いますかなぁ。
 同じ穴のむじなだった訳で。
 気心知れれば如何でも善いと。違和感も晴れれば困らぬから、それでもう不問の関心と相為ったようで御座いますな。
 はあ。
 自ら申したことですが、私が狢で御座ンすか。
 ひろく狢と申せば、それは貍の類縁なかまで御座いますから、姿すがたの妖怪に御座いますな。
 しかし狢ぁ狢でも、私は最早かげ、、のもンで御座いますから、め――。
 姿すがたに描かれて見えますふくろむじなで御座いましょうか。
 はあ。
 また話が脱するようですがね。
 狐と申せば、そりゃあ女ですな。
 逆に妖しい女たぁ猫か狐かで御座いましょう。
 私をしてそう視せしめたあの小面は、水に流されちまった訳ですが――。
 もうひとおもて
 在ったのを憶えていでかな。
 はい。
 匣ンなか仕舞しまったまま、事も無く持ち帰って参りましたほうおものことに御座います。
 面妖おかしなことに――。
 之がまた小面、、で御座いました。
 何故なにゆえに小面が二つも一緒くたに匣詰めンって居るのやら、暫く頭を悩ませたもので御座います。
 まあ。
 考えても解らねば忘れるもので。
 それに此方こっちの小面は、件の訓練に真実まこと役に立ったンで御座いますよ。
 ええ。顔面の凹凸なンぞ見て触って確かめように、能面の右に出る代物しろものは御座いますまいて。
 はあ。
 ただ
 その匣入り一組ひとくみふたおもては、矢ッ張り考えるだに面妖おかしな代物だったンで御座います。
 と申しますのも、二つの問、、、、が有ったンで――。
 一つは。
 おもの、こう顔に着ける側の、つまり内と云うか裏と云うか、おもての反対側にですな――。
 丁度眼交まなかいの処にね、小せぇもんで――。
 と、彫って墨入れて在ったンですよ。
 匣の方にはだかだか、蓋のうちッ側に、同じような入れ墨が御座いましてなぁ。
 あわせて祝――なンでしょうかねぇ。
 川流しの小面にもね――。
 彫って在ったのかも判りませんでしたなぁ。何せ見初めたときゃあ失ったときに御座いますからねぇ。
 之がの一つ。
 二つは。
 二面は御顔が違った、、、、、、、、、ンですな。
 川流れの面が静香、、、、、、、、と申せば――。
 第二の御面は菜摘の御顔、、、、、、、、、、、に御座いました。
 はい。
 菜摘のつらふくれっつらが常態と申しましたが、ありゃあむくれるともふくれるとも違うンで。
 菜摘ってぇ娘はね――。
 柳に風が祟ってか、常時いつ弛緩、、して居るからこそああ、、為るようで御座います。
 緊張した笑顔の静香とは大違いなもンで。
 それが。
 菜摘は心ッから笑うとねぇ。
 そりゃあ花咲いたみてぇに嗤うンで御座いますよ。
 じりをぐい、とり上げてねぇ。
 波打つようなぶた曲線カーブが――。
 まるであかのように可愛らしうて。
 元々太くまぁるい眉や唇こそ、平生が図太い武勇ッりを支えて居るとも云えように、それが揃いも揃って下がって上がって、ぐにゃり曲がるもンですから、見るたびに之こそ破顔と申すものなりと、そう思うた次第で。
 その菜摘と――。
 静香と知り合うだけ知り合って別れも告げ合わずに別れてから、凡そ一年も経たぬうちに巡り会い、それからまた一年して例の遠足をともた訳で御座いますが――。
 泉が丘に連れて行った夏にゃあ菜摘はもう、まるで知り合った頃とは別人で。
 双極症Ⅱ型で御座いました。
 先ずまなびに来なくなりましてねぇ。
 前触れも事触れも前兆も予兆も有ったもンじゃあない。
 己がにぶいと云うだけの事と、そうも思いますけンど、そりゃあもう誰にとっても突然のかわりごとだったには違いねぇンで。
 それが、或る日。
 往来でばったり行き遇いまして――。
 通院のかえりみちなンだと、そう教えて呉れましたよ。
 非道ひどく痩せ細って、しおやつれて居りました。
 元ッから懇意にて居りましたから、それはもうがかりで心配で、彼女にもそう知れる程には私のほうが取り乱して居ったンで御座いましょうな。
 御恥かしい話に御座います。
 それからは。
 はあ、感謝されて居ったぶんにはまあ善しと信じとう御座いますが、己が眼にも執拗しつこうつりましょうだすばかりを続けまして。
 留年して欲しくない一心だったンで御座いましょうなぁ。
 来る日も来る日も――。
 その日に進んだ授業の事、その日に課された宿題の事、その日に起こった些末な出来事、その日に見聞きした学生なりの要事等々などなどを、一々いちいち忠々まめまめと小半紙に書き留めてはすまに届け、週に二三の余裕が在れば顔を見合わせて駄弁をかわし――。
 ああ。
 あのおもが見たかったのかも判りませんなぁ。
 ええ、悦ばれる要求もとめにゃあ何でも応えて、そうでなければ取り已めて、その繰り返しで御座いました。
 件の訓練と同じく、手当り次第で御座いますな。
 今も昔も大莫迦者で御座いますから。
 それでその夏。
 ――大莫迦者。
 ――おも、、おも、、じゃ、解らぬか。
 おも、、とはみなおもかと訊いた私に、ごく珍しくさわいだ調子で、そのように仰せで。
 もう一度馬鹿ぁと云うなり、実際ほんとうむくれてしまいまして――。
 私は。
 ――水面みなもなら。
 ――あの青鷺の山泉が善かろう。
 そう思うて連れたンで御座います。
 凡そ一年にわたる奉仕の甲斐かい有ってか、御家の方々からも信用が御座いましたし、何より――。
 菜摘は私のかげ、、を知って居ったのか、知れずとも感じて居ったのか、二人ッ切りがいと、そう仰せでしたがねぇ。
 そうであっても。
 それでは善からぬと思うが常識で。
 申の刻で御座いましたかな――それまではやる菜摘をうちなかに押しめて、漸く御せいンなった兄上をばともなって。
 先ずは御城下に出向いたンで御座います。
 夏祭りが有ったンで。
 父母にも多少の病気有りて、兄上には双極症Ⅰ型並びに自閉症の診断くだし有りと、そうあらかじめ伺い知って居りましたが――。
 兄上は妹君のしずつらなど提灯まぶしさに視えやぬと仰せになるが如く――相も変わらず独りおおはしゃぎで御座いまして。
 三人揃って巡回めぐうち、肝心の菜摘が殊更ことさら眼に視えて御疲れにって参りまして。
 元々鬱じゃあ楽しいもンさえ愉しめぬ訳で御座いますから。
 まあ私はかげ、、の所為にや連中から見附けられでもりゃあ困ると、日の沈まぬうちから御城下歩くにゃあ気が気でなかったんで御座いますが。
 兄上ぁ遂に。
 ――後ぁ追うから早う行け。
 林檎飴なンぞ頬張り乍ら、そう仰せになったンですな。
 バスつかまえてふもとン村に出て――。
 山ぁ登り始めたンがの刻で。
 半刻も経たぬ裡に着きましたな。
 菜摘は――。
 それはもうおおよろこびで。
 ――綺麗なおも、、じゃあ。
 あの小面の相貌かおで仰せでした。
 はい。
 此処から、、、、なンですな。
 善いですかな。
 此処からが、涯ても扨ても面妖な事件、、、、、、、、、、、に御座います。
 あの時――。
 思えば菜摘は。
 疲れて、、、居ったンじゃあなく――。
 憑かれて、、、、居ったのかも判りません。
 泉がの御座すしまに向かって。
 転がるように駆け出して。
 あぶなッかしく縁淵ふちもろくなり、清水きよみずをば覗き込んで。
 綺麗じゃ綺麗じゃと、んでがってのさわようで御座いましたのに、それが。
 唐突にしずまりかえって、こう――。
 すう、と示指おもゆびを。
 水面の方向ほうりまして。
 ――おも、、じゃ。
 ぽつりそれだけ仰せンなった。
 しん
 鬼魅きみの悪い静寂に耐え乍ら、ぼそい指の先を追って。
 枝垂柳、、、の足許に視線をばすと――。
 おお恐い。
 水面の下、、、、に――。
 面の白い女、、、、、が――。
 眼ぇ遭わせた、、、、、、
 私ゃあ血の気ぇ引いて、尻餅いて、叫び声も上げられぬ。
 けれども。
 そりゃあ善ッく見ればねぇ。
 女人ひとの生ッ首なんかじゃあなくて――。
 能面、、で御座いました。
 それも、見覚えの有る小面、、、、、、、、だったンで。
 ――若しや。
 そう思って、手に取ってあらためねばと――。
 ほうけて突ッ立って居る菜摘をそばに置いて、独り水ンおもてかがみみ込んで、片手に砂泥どろ掴んで、自由利かせたもう片手を、こう、ずいと伸ばしたンでさぁ。
 たらば。
 真実ほんとうの恐怖は此処からで――。
 居た、、ンでさぁ。
 人が、、
 丘陸りくには菜摘とじぶんだけ。二人のぞけば無人でしたが――。
 水中には人間ひとが居たンで御座います。
 でこなンかっちまって。
 まなこにごしてかッぴらいて。
 ふやけたからだ蒼白あおじろくって。
 男が独り。
 没して居った、、、、、、のです。
 ――水が下は、
 ――冥土、、じゃ。
 そう思うて慌てて。
 じぶんつらと、それから件の小面をば水から引きげまして。
 一息もかぬ間に――。
 濡れた能面をね。
 こう。
 喰い入ってめまして、それは――。
 まごうこと無く。
 川流れの小面、、、、、、に御座いました。
 の面。女狐、、の面。静香、、の面。
 それを。
 ひるがして見れば。
 おお怖い。
 文字が在った、、、、、、
 
 つまり之は――なのか。
 ああ。
 然らばこのおもこそ――。
 静香の死霊、、、、、ならんや――。
 私はそう思って。
 もう怖ろしくッて。
 ええ。
 静香はね、実は、その時にゃあかくりもンだったンで御座います。
 当時は唯だ逝っちまったと、そう噂話に伝え聞いて居っただけでしたがね――。
 それから長い年月を越して、御隠れンなる数日前の恋人から懺悔されたことには――丁度私が菜摘と出逢うた頃のこと、彼は到頭とうとうこらえ切れなくなって、静香に事件の真相を漏らしちまったそうで。
 それで静香ぁ在り得ねぇくらいに沈みふさぎ込んで、離縁わかればなしけて来て――こたしぶうちにもう、一ヶひとつきと待たずにくびッちまったと。
 ――俺の所為で静香しずかぁな。
 彼は慟哭ないて居りましたが――。
 それは。
 ずっと後のことで。
 泉で静香の仮面を見附けたときに知って居ったのは、静香はもうせいじゃならぬと云う伝聞だけで。
 はあ。
 それで。
 このひとにはきっと、静香が幽霊の仕業ならん、、、、、、、、、、と、そう思うた次第で御座います。
 而して。
 然らば。
 この小面こそ静香がじゅおんと云う訳で――。
 この男は誰だ、、、、、、
 静香が呪殺せん敵仇かたきと為れば――。
 それで。
 今度は私が黙り込ンじまったもンですから、菜摘も後追うみたいに水面を覗き込んでね――。
 柳に風が吹きましたなぁ。
 暫く眺めて居ったようですが、こわがるもおそれるも無く、唯だ珍しいから眺めて居るとでも云い出すような表情かおで御座いますから、この娘ぁほんと水虎、、なンじゃあなかろうかと――。
 そう思ううちにねぇ。
 不意に振り向いて、可愛い御河童、、、揺らし乍ら云うンでさぁ。
 能面のようなあの仏頂面で。
 ――このってるよ、
 ――おンな病院ところに通ってンだもの。
 このひとの名ぁ慥か――そうあかす菜摘におどろいたなぁ、面識が有った、、、、、、事も左様に御座いますけれども、もっとおどろいたなぁ、男の名前、、、、ほうなンで。
 死骸むくろの正体は、貍爺、、だったンで御座います。
 静香が敵仇かたきでさぁ。
 ――あたしにゃあ随分と紳士なひとで御座ンしたけど。
 菜摘はのんに云いましたもンですが――。
 否いや――此奴こいつは。
 多分その気、、、が抜けちゃあ居なかったンで。
 こンの古狸こりぁきっと――。
 菜摘ン中に――。
 そして。
 泉ン中に静香、、いだして。
 何を思ったンでしょうやねぇ。
 脚滑らせてしまさきでこけて。
 気ぃ失ったか眼ぇくらんだか、兎にも角にも水に没したンでしょうな。
 浅瀬ン中の水底は、くぼみ穿うがたれたかあなぐら掘られたかして居ったンで御座いましょう。
 其処に脚ぃつっかえて挟まって。
 そのまンまに没したンでしょうや。
 事故、、なンでしょうな。
 それは充分過ぎる程に――在り得る筋書きで御座いましょう。
 妖しいのは。
 爺の動機で。
 何を思って斯様な穴場に、、、、、、、、、、、迷い込んじまったンで御座いましょうかねぇ。
 人を呪わば穴二つと申しますがね――。
 私はその時。
 こう思うたンでさぁ。
 ――静香の面が召して喚んだンだ、、、、、、、、、、、、、
 私が川流れに失い――。
 鳥禽が拾い揚げて清水にささげ――。
 おもおもの霊気を宿し――。
 静香が怨恨えんこんをもれたか。
 其処までのもンにッちまったら――。
 もう母の面でも静香の面でもぇや。
 唯だの女狐でもねぇ。
 ――妖狐じゃ。
 ええ。
 玉藻御前、、、、に御座います。
 貍爺ぃ呪い殺してあだったなぁ殺生石、、、に御座いましょう。
 それで。
 私達二人をんだンだ。
 御前のおもよ早う迎えに来い。
 御前のつれよ早う迎えに来い。
 おお怖い。
 おお恐い。
 菜摘に憑いて居ったのは――。
 それなら。
 菜摘が見たいと云うたおも、、はきっと――。
 ――。
 りん。
 鈴の音――でした。
 泉がふちで自失して居た生者二人を。
 在るべきうつしび戻したのは、兄上がものけのすずに御座いました。
 はッとって振り向くと。
 既に日も没した様子で、仄暗ほのぐらい闇の中、遠く向こうに赤々と燃えて居る、祭りの陽火が望めたンで。
 そう為ると。
 この黄の蒼白い陰火が、刹那――。
 一層この世のものと思えなくッて、怖ろしくッて震え上がったことで御座います。
 兄上はそんな私達のつらをばくらべて――。
 ――莫迦か御前達は。
 ぴしゃり云われて漸く、人心地の一つもいたんでしょうな。
 二人揃って恥じ入って、たれこうべひらあやまりに御座いました。
 兄上はふん、、とかうん、、とか、一声と申すか一息と申すか、何やら短い音を一度はっしまして、止めるも構わず水に入り――。
 さぶり。
 ――為程なるほど之が黄泉かぇ。
 その一言で初めて私は素布濡ずぶぬれンった己を知り、漸くさむう自覚しまして、ええ。
 ――然れども見ぃよ。
 ――彼岸、、は、もっと彼方むこうじゃ。
 またその一言に従って、云われるがままに対岸を見遣みやると。
 其処には。
 あやしくきらめく――。
 青鷺が居りました。
 枝垂柳を陰火に照らして。
 そのした冥闇くらやみの中をゆらうごめく三四の怪鳥は、まるで――。
 あの世の――。
 りん。
 再び。
 鈴の音に振り向くと、兄上はうに水から身をげて、何やら検分して居るようで御座いました。
 その手には。
 白い――。
 ――れてはけませぬッ
 ンせそれ、、は――。
 のろいの。
 私は独り焦ったものですが、兄上はまるでつまらぬと云うような表情かおで、
 ――つまらぬ。
 そう短く仰せるなり、何の執着も関心も示さずに、なかほうるように寄越よこして下さったンで。
 ――之はな。
 呪なんかじゃあない、、、、、、、、、
 ――二人静、、、静御前、、、じゃ莫迦め。
 訳も解らぬうちに――。
 何処からか吹鳴サイレンが聴こえまして、そのうち二人揃って静々しずしずと保護されまして。
 あれやこれやの聴取の後、漸く解放されたのが戌の刻で御座いました。
 はあ。
 もう大変な事件で。
 何処どこまで如何どう報道されましたか、それは知りませんがなぁ。
 ええ。
 二人静で御座いましたよ。
 そりゃあ能ですな。
 吉野の勝手と云う処の神職が、正月のこと、七草あつめをつみおんなに御命つかわすので御座います。
 神職はワキ菜摘、、女がツレですな。
 菜を摘まんと川に出たこの娘、其処で或るさとおんなばれまして、
 ――この身の供養をば申し奉れ。
 そうたのまれてしまうンで。
 左様、オモは里女で。
 菜摘女はやしろに着くなり、この面妖な依頼を神職に報じて告げるンですが、之はとても信じ難いと――。
 そう申した刹那、憑かれッちまう。
 憑いたなぁ里女――その正体は源義経公がつかえ女、舞の名手と聞こえた静御前が亡霊、、、、、、、、、、、、、、、に御座います。
 突如異常おかしくなっちまった菜摘女を一目見て、この神職、静の霊気をば鎮めんと思うて、舞を乞うンで。
 生きて居った頃の静ぁ実は、御社に装束おさめて居ったもンですから、菜摘女はそれを着て――。
 ええ、菜摘女が舞うもンで、彼女に憑いて居る静もまた、今将いままさに待って居ると云う状態で。
 舞う静が亡霊は――。
 との離別わかれおもかえして。
 唯だ唯だ――。
 舞う。
 舞っては悲しい思い出よみがえり――。
 思い出すから哀しく舞って――。
 かなしいやねぇ。
 さびしいやねぇ。
 再び己が弔訪とぶらいを申し渡して。
 静は菜摘女からせるンで御座います。
 その二人静を――。
 複雑怪奇な一連の事件に当て嵌める、、、、、、、、、、、、、、、、ンなら。
 兄上が真意を汲まんとれば。 
 彼奴あいつは――。
 呪って居ったかも判りませんが。
 それより何より寂しくッて。
 誰かに偲んで欲しかった、、、、、、、、、、、ンでしょうやねぇ。
 それなら。
 それは。
 悲しく妖しい事件で御座いました。
 ええ。
 全くに御座います。
 てもても面妖な事件に御座いました。

 おも――了

二人静小面想像図
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