【エッセイ】ボディソープがない夜の話
ボディソープがなくなった。
何故だかいつも気づかぬうちになくなってしまうシャンプーにリンス、そしてボディソープ。
体を洗っている最中に、残り3プッシュくらいになっている容器の中のボディソープを見て「あっそろそろなくなるなぁ」と意識していても、ばしゃっと洗い流してざぶんと湯船に浸かったころには半分以上忘れており、湯船から上がってタオルで体を拭くころには完全に忘れており、ドライヤーで髪の毛を乾かす頃には忘れたことさえ忘れている。
そしてそんなことを大体3〜4日間程度続けて、「いよいよもう限界」というところまで来た時に、フタを取り外して逆さにしてアカスリに垂らす。
限界のその先までボディソープを使い倒す。
大体の場合は限界のその先まで来たあたりでいよいよ焦ってボディソープ目当てにドラッグストアへ闊歩するのだが、何故だか今週はその気が起きずにいた私は、すっかり空のボディソープを忘れて生まれたての姿のまま浴室へと参上した。
・・・。
・・・ボディソープが、ない。
数日前の私はどうやら優秀で、限界のその先さえも終えたディスペンサーをしっかりと水で洗い、フタと容器をひっくり返していた。
そしてそれが鏡の前に律儀に置いてある。
新しいボディソープの受け入れ態勢は完璧だったわけだ。
全裸の私は悔しさと悲しさとでどうすることもできず、鏡に映る自分に一度中指を立て、そのまま浴室を飛び出した。
ボディソープはないのか。本当に家にないのか。
あらぬ期待を抱きながら、いつもしまっている洗面台の下へと急いだ。
全裸のまま蹲踞の構えでしゃがみ、収納場所を漁ると、写真のものが大量に出てきた。
そう、赤箱でお馴染みの『牛乳石鹸』である。
コロナが蔓延しすぎたおかげで手洗い石鹸が買えんかったため、少し前にしかたなくこれをまとめ買いしたのを思い出した。
まとまって入っている中から一つ取り出して、小さくガッツポーズをしたのち、なんだかパッケージに惹かれてしまい一眼レフを取り出して一人撮影会を始めてしまった。
お気に入りの絵本を飾っているところに置いて見るとなんだか締まりが良く、「なんかおしゃれじゃん」と気持ち良くなったりした。
(忘れないでいただきたいがこの間私は全裸である)
妙にぐっとくるデザインに魅了されながらも、このままでは風邪を引くと思い、中身を取り出して浴室へ向かった。
私は髪の毛から洗うタイプなので、手っ取り早くシャンプーとリンスを済ませて、目の前に置いておいた牛乳石鹸へ手を伸ばした。
少し濡らしたあと、太腿に広げたアカスリへ擦り付けて泡だてて、ゴシゴシ勢いよく体を洗う。
なんとも優しい匂いで大変気持ちがいい。
保湿成分なんか入っていないだろうし、果たしてこいつで体を洗っていいのかもわからないが、なんとなくしっとりしていつもよりよく洗えている気がした。
「今日は体を洗えないかもしれない…」という絶望から開放されたせいか、いつもはざぶんと聞こえる湯船に浸かる音も、じゃぶんと聞こえるくらいには調子が良かった。
浴室からでて、「明日は会社の帰りにドラッグストアよんないとなぁ」と体を拭きながら思った。
多分明日も牛乳石鹸で体を洗うことになる。
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