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思い思いに応える景色        【ショートストーリー3】

瑠璃は一人ここを訪れた
見事な紅葉を求めて訪れた他の参拝者と共に
山門をくぐり参道を進んだ
そこには賑やかな参拝者の声をかき消す静けさがあった
幾つもの時代をただ静かに佇んでいたであろう力強い静けさだった

瑠璃は参道の先にある数寄屋造りの建物を前にして

『入り口に足を踏み入れる前に
 気持ちを入れ替えなければならない』

と思った
ゆるぎない静寂と趣深い建物がそう思わせた

SNSでよく見かける見事な紅葉を楽しみにここに来たけれど
そんな浮かれた気分ではダメだ
ここは静かで質素な奥深さをじっくりしっとり味わうやつだ
と思ったのだ

気持ちを改め入り口に向かった

ここに来るまで思い描いていた
華やかで彩とりどりな紅葉と
目の前に広がるわびさびの控えめな美しさとが
どう混じり合うのか楽しみで堪らなくなった瑠璃は
二階へ急いだ




息をのむ美しさだった
二階書院の窓一面に広がる豪華絢爛な楓紅葉の美しさは圧巻だった

黄・橙・桃・紅色、、、
錦織なす迫力と美しさに
圧倒され言葉を失った

ほんの数秒ではあるけれど
瑠璃は目を見開き口を半開きにして動けなった
それからようやく
「ふわぁーっ すっごい」
溜息混じりにつぶやいた

自然が作り出す幾つもの美しい色は
思い思いに揺らめき楽しそうにキラキラしていた
その姿が窓際に置かれた写経机の磨かれた天板に映り込み
天地を錦に染め広がっていた

この見事な光景を収めようと
訪れる人たちは歓声をあげながらカメラを向けていた

それぞれお気に入りの色や眺めがあるのだろう
思い思いの方向にカメラを向けて
自分だけの最高の景色を求めて
納得の一枚が撮れると
次の場所へと進んでいった

瑠璃はもう暫くこの景色を眺めていたくて
次から次へと流れていく人波から離れ
部屋の奥の隅に座り込み柱にもたれた

今日は天気が良く気温も少し高めとはいえ
京都の北はやっぱり寒かったけれど
部屋に置かれたストーブの暖かさと
石油ストーブの懐かしい匂いに
ほっこりと癒され体がとろけていくようだった

部屋の奥から眺める紅葉は
黒い額縁に飾られた絵画のようだった

閑寂枯淡な世界から
華美で彩とりどりなざわめきを眺めていると
どこか幻想的で
ゆらゆらと揺らめく気持ちになり
瑠璃はそっと目を閉じた

「わー 綺麗!」
「すごい ほんとうに綺麗!」
そんな参拝者の感嘆の声が
エコーをかけて頭の中に響いては消えていった




ステージに一筋の光が射しこみ
サックスの艶やかな音色が響いた
サックスの響きに合わせて静かに静かにピアノの音が加わった
ステージは徐々に明るくなりジャズドラムのリズムに合わせて
曲が始まった

「わー」
「きゃー」
観客席からたくさんの歓声が沸き起こった

でだしのサックスソロが無事終わって
瑠璃はようやく大きなプレッシャーから解き放たれた解放感で
観客席を見る余裕も出てきた

小さなコンサート会場ではあったが
たくさんの人で観客席はほぼ満席だった


ジャズ好きな両親の影響で子供の頃からジャズは身近だった
小学6年生の時に好きな俳優さんが
サックスを吹いているのをテレビで見てから
瑠璃もサックスを始めた
サックスを教えている教室も友達もいなかったから
全くの独学だけれど
どうしても大好きな俳優さんのようにカッコよく吹けるようになりたくて
動画を見て練習をした
高校になってからは
部活に入らず友達5人でジャズバンドを組んで
5年目の今
他のバンドと一緒にコンサートを開くまでになったのだ


今日のクリスマスジャズコンサートでは
瑠璃たちのバンドは2番目の出演で
3曲演奏することになっていた

一曲目の初っ端から瑠璃のソロサックスがあるので
かなり緊張していたけれど
何とか無事吹き終えることができた

今日のために何度も何度も練習を重ねた曲を演奏しながら
観客席を目で探した




だいたい私はしつこいのかもしれない
そう思いながら観客席を探した



サックスだってもう8年も続けている
『好きだ』ってなったら
しつこくずっと好きでいてしまう
毎日練習してもなかなか上手くならないサックスだって嫌いになれない
サックスは私のことが嫌いなのって腹を立てたくなるくらい
サックスが上手くならないのにどうしても嫌いになれない

こんな性格だから今もこうして先輩のことを探してしまっているんだ
先輩は私のこと可愛い妹みたいにしか思っていないのに
それでもいつか妹を卒業できるんじゃないかなって
期待している自分がほんとうに嫌だった
嫌だけどどうしようもなかった
先輩が好きだという気持ちは変えられない

中学の部活で初めて先輩を見た時からずっと先輩だけを見てきた
バレーボール部という音楽とは関係のない部活で
ジャズ好きだということで話が盛り上がったときからずっと見てきた
しかも二人ともサックスをやっているなんて
これはもう運命としか思えなかった


先輩と気が合うのは分かっている
友達大勢でも二人きりでも
いつだって楽しく遊べるし
色んな所にも行ったし
真面目な相談事だってする
喧嘩だってするけれど
素直に謝る事だってできる


私が先輩への思いを告白した時だって
ちゃんと真面目に答えてくれたし
その後だって関係は変わっていない
ただ『妹みたいに思っている』という返事に
心がほんの少し悲しくなっただけ

それでもやっぱり先輩が大好きなのに変わりはないから
私は諦めることよりも
先輩に好きになってもらえるように魅力的な女性になる
と決めた
外見はもちろんのことだけれど
内面を磨いて自分に自信の持てる女性になるために
頑張ると決めたのだ

やっぱり私はしつこいのだ

『先輩見てくれているかなぁ』
『今ステージに向けられているたくさんの歓声の中から
 先輩の歓声に気づく自信はある
 それが自分に向けられることがあったら
 期待以上の音色で応えられるようにと
 毎日毎日頑張ってきたんだから』

暗い観客席の端から端まで目をやりながら3曲目の終わりが近づいてきた

『先輩仕事が早く終わったら見に行くって言ってくれたけど
 無理だったのかもね』
『仕方ないよな』
と思いながら観客席の真ん中あたりに視線が移ったときに
「カシャッ」
とシャッターを切る音が聞こえた気がした

『先輩だ』
『絶対先輩だ』

目を凝らし暗い観客席をじっと見つめると
カメラを手に
顔の前で小さく手を振っている先輩を見つけた

『先輩だ』
『やっぱり先輩だ』
「私にカメラを向けてくれたんだ』
『私に手を振ってくれている』

嬉しくて嬉しくて曲が終わると同時に
瑠璃は2・3歩進み出て大きく手を振り返した
バンドのメンバーからも観客席からもクスクス笑い声が聞こえてきた
急に恥ずかしくなり慌てて後ろに下がって俯いた

その時とびっきり大きな拍手が聞こえてきて
瑠璃は顔をあげて見た


先輩が席をたって瑠璃に向かって
大きな拍手を送ってくれていた

続いて観客席からも会場が揺れるほどの大きな拍手が起こった

きっとそれは演奏者全員に向けての拍手なのだろうが
瑠璃には先輩と自分に向けられた祝福の拍手のように感じて
嬉しくなった
妹が彼女に昇格したなんてありえないと分かってはいるけれど
先輩が思いを伝えてくれたような気持になって幸せだった


参加バンド全ての演奏が終わり
全員がステージに並んで観客席に向かい感謝の気持ちを込めて挨拶をした

先輩は同じ場所でさっきと同じように大きな拍手を送ってくれた
そして何枚かシャッターを切り瑠璃に向けて手を振った

瑠璃は幸せでたまらなかった
ステージにいるたくさんの演奏者の中から瑠璃一人に向けて
カメラを向けシャッターを切り
自分だけの最高の景色に瑠璃を選んでくれたことが嬉しくてたまらなかった
『私は先輩の納得の1枚になれたのかなぁ』
『なれたら嬉しいな』




「わぁー きれい!」
「ほんとうに きれい!」
やまない参拝者の歓声に目を開けた

思い思いの方向にカメラを向けて
自分だけの最高の景色を求めて
シャッターを切っていた


もう一度先輩に思いを伝えよう
瑠璃はそう決心して勢いよく立ち上がった


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