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【短編小説】人の見た目がこの世の全て なんて言葉があるけど悪いやつがそれを逆手に取るので中身もなんやかんや重要 第三話

 こちらの続きです。


 翌日。ラスターは既にそのつもりでいた。
 ああいう輩の行動範囲は想像よりもずっと狭い。予想通り、地区の下品な酒場にその姿があった。例の女は男とイチャイチャしながら笑っている。
「最近羽振りがいいね、なぁたん?」
「えへへー、たっくんのために、なぁが一生懸命お金稼いでるんだよぉ」
 正確には稼いでいるのではなく「巻き上げている」が正しい気がするが。
「噂は聞いてるぜ、アマテラス人のガキがお前に惚れてるらしいじゃん」
「うん。でもなぁにはたっくんだけだから」
 語尾にハートマークが三十個くらいついていそうな声色で、「なぁたん」は「たっくん」とイチャイチャしている。ラスターは息をついた。覚悟を決める必要があった。
「ちょっといいかい?」
 そうするのがごく自然と言わんばかりの動作で、ラスターは女の目の前の椅子に座る。
「なぁに?」
 女は不機嫌そうな声をラスターに投げつけた。男はそれを見てけらけら笑う。
「なぁたん口説きに来たの? 残念だけどこいつは俺の女だから」
「たっくぅん……」
 たっくんとやらはラスターに見せつけるようにして、なぁたんとやらに濃厚なキスをした。ゴブリンの鳴き声よりも下品な吐息がこぼれる。ラスターは強靭な精神力で、目の前の二人を殺さないように耐えた。
「アマテラス人の子供から金巻き上げるのやめてもらっていいすか?」
 グロ映像を見せつけられながら、ラスターは淡々と告げる。
「それ、言いがかりだよ?」
 なぁたんとやらがクスクス笑いながら答える。
「あの子が勝手にあたしに貢いでくれてるだけだもん。そもそもあたし、あんな青臭いガキ趣味じゃないしー」
「親の借金がどうのこうのって嘘をついてまで?」
 なぁたんとやらは何も言わない。たっくんとやらの胸元を指でつついて甘えている。
「で、お前は何なんだ? 俺のなぁたんに手ェ出すってなら容赦しないぞ」
 たっくんとやらがこちらに拳を見せつけてくる。なぁたんとやらがきゃあきゃあ騒いで、かっこいいとかなんとか言っている。
 ラスターは疲れてしまった。このアマがカスなのが問題なのはその通りだが、こんなアマに引っ掛かるヒョウガもヒョウガだ。
「俺は忠告したからな」
 ラスターは席を立った。気が狂いそうだ。コバルトの顔をした悪魔が「っちゃえよ」という囁きを繰り出してくるがそれを全力で追い払った。
 店を出る。風が涼しい。あの二人はまだイチャイチャしている。
「ラスター!」
 そんな様子を見ていると、こちらに声をかけてくる者がいた。
 ラスターは目が点になった。ヒョウガがにこにこ笑いながらそこにいる。昨日はアングイスのアパートで一泊していたはずなので、まぁ別に何か心配があったわけではない。問題は彼が手に持っているものだ。
 バラの花束と、高級チョコの箱である。
「昨日、言ってた話があるだろ?」
「……はい」
「その子がさ、一応しゃ……いろいろ一段落ついたから、プレゼントしようと思って」
「…………」
 ラスターの頭は物凄い勢いで高速回転する。止めなければならない。ここでヒョウガが店に飛び込んだらすべてが終わる。いろいろな意味で。髑髏の円舞ワルツで「殺しておけばよかったよぉーっ!」と泣き叫びながら酒を流し込むようなことにはなりたくない。
「へぇ。でも店にはいないみたいだぜ。俺がさっき入っていったときにはいなかった」
「……え?」
 ヒョウガがきょとんとする。
「オレ、ラスターに紹介したっけか?」
「俺は盗賊だから何でも分かるんだ」
 ヒョウガはなるほど、と言ってくれたがラスターは内心冷や汗が止まらなかった。相手が自分に伝えていないはずの情報を持っていると見せびらかすなんて。初心者ムーブをぶちかましたラスターはもう自分はダメかもしれないと思ってしまう。
「じゃあ夜にもう一回来ようかなぁ」
 ラスターはそうしろ、と言わんばかりにうんうんと頷く。
 ――が。
 カラン、とベルが鳴る。
 扉が開く。
 例の女が外に出る。
 隣に本命彼氏ボーイフレンドを侍らせて。
 ラスターは反射的にヒョウガの視界を遮る位置取りをしたが、少し、本当に少しだけ遅かった。
「ナーちゃん!」
 バラの花束と高級チョコ装備のヒョウガが飛び出す。
「借金返済おめでとう。まだ母親の分が残ってるんだっけ?」
 なぁたん改めナーちゃんは、呆れたため息をついた。ヒョウガはその時初めて、彼女の隣に立つ男の存在に気が付いた。
 少し頭が回れば、同伴している彼氏を兄とかなんとか言ってまだまだヒョウガから搾取する道もあっただろう。だが、女は呆れるほど馬鹿だった。
「あーあ、バレちゃったから仕方ないか」
 女は、被っていた猫を捨てた。
「バレた、って何が?」
 もともとタイプの男ではなかった。金のためとはいえ、彼を騙し続けるのが面倒になっていたのだろう。ラスターは全部ごまかそうとした。ヒョウガを連れてこの場を離れる手もあった。だが女の口の方が早かった。
「あたし、たぁくんと付き合ってるの。あんたみたいなガキ、眼中にないから」
「へ?」
 ……そもそも、ヒョウガは別に彼女のことを恋愛的な意味で好いているわけではなかった。
 ただ、一人の人間・・が借金返済に苦しんでいるの見過ごせなかっただけである。贈り物をしていたのだって喜ぶ顔が見たかっただけだ。
 が、その事実を前提に置いたとしても彼の心中察するにあまりある。
「あ、君がなぁたんに貢いでたっていう子供? どーもどーも。なぁたんの彼ぴっぴのたぁくんです」
 男が自己紹介をする。だがヒョウガは返事をしない。茫然と女の方を見ている。
「でも別にいいでしょ? あんたが好きであたしに貢いだ金を、あたしがどう使おうか自由だし。……あ、そのチョコレート、あたし結構好きなんだよね」
 もらっとくね、と女はヒョウガの手からチョコを奪った。ヒョウガは抵抗しなかった。なすがままだ。女はラスターに投げキッスを投げながら、
「じゃ、あとはよろしくね。オニーサン」
 と、適当なことをぬかした。
 自分勝手な二人は、イチャイチャしながら通りの奥に消えた。
 ……沈黙が重い。
「なぁ、ラスター」
「何だ?」
「借金、なかったってことか? 銀貨二万の借金も、七千の借金も……」
「……まぁ、そうだろうな」
「そっか」
 ヒョウガはバラの花束を抱きかかえた。
「よかった。借金で苦しんでるっていう事実そのものがなかったんだ」
 ラスターは何も言えなくなった。元気出せよ、とか、気にするなよ、とか、そういった声掛けすらできなかった。ようやっと絞り出せたセリフが、
「ノアが心配してるから、顔見せてやれよ」
 という、半分本当で半分嘘のセリフであった。ノアが心配しているのは事実だ。だが、顔を見せろというのは報告書の束に気を狂わせているノアに謝罪をぶん投げろの意であって、安心させるためのものではない。
「うん……」
 ヒョウガはバラの花束を抱えたまま、カップルが通った道と逆の方に向かった。地区の出口だ。
 ラスターは息をついた。結局ヒョウガは傷ついたが、あとは雨降ってなんとやらに持っていくだけだ。あの過保護精霊に今のことがバレていなければなんとでもなる。ここまでかっこいいところが何一つとしてなかったラスターの腕の見せ所だ。冷たい風が頬を撫でる。意識が輪郭を持つ。混乱がすっと引いていく。
 さて、やるか。そう思った矢先、ラスターは気が付く。
 ……先ほどから背後にある気配について。

「あれ?」
 ノアは客間の扉を開けてひとり呟いた。コガラシマルが「平静を保つため」という理由で瞑想にこもっていた部屋はもぬけの空だ。テーブルには書置きがあった。
 ――少し外に出てくる。
 ノアは少し微笑んだ。
「そうだよね、ずっと部屋にこもりっぱなしじゃ疲れちゃうからね」
 きっと、今頃はいい気分転換をしているのだろう。ノアは伸びをした。まだまだ書かなければならない報告書はたくさんある。ここが踏ん張りどころだ。熱い紅茶をおともに、ひとつひとつ片付けていこう。
「次からは『玄関から出入りしてね』って教えておかないとな……」
 ノアは部屋の窓を閉めてから、客間を後にした。

 起動したてのゴーレム人形のようにして、ラスターは背後を見た。
 笑っている。コガラシマルが。何もかもを理解した表情で笑っている。
 ラスターは反射的に飛びのいた。近くの店の外壁に背中をぴったりとつけると、体温が壁の冷気に侵食される気配があった。
「随分と親し気であったな、ラスター殿?」
 冷や汗が止まらない。ラスターは歯をガチガチ言わせて問いかけた。
「いっ、いつからご覧になっておりましたでございましょうか?」
「あの女が『じゃ、あとはよろしくね。オニーサン』と、そなたにすべてを託した辺りから」
 最悪すぎる。最も誤解が生じやすいところじゃないか。これじゃあまるでラスターがあの女と結託しているかのような印象になってしまう。
「ちょっとまって、冷静になって。あの、俺は別にあの女とどうこうしていたわけじゃ……」
「あれの居所は?」
 深夜の冬風のような声がラスターの鼓膜を凍らせる。
「はい」
「あれの居所を問うている」
「と、いいますと……」
「あの女がどこにいるのかと聞いている」
 ラスターは息を呑んだ。……恐怖によるものだ。
「すみません、一応確認させていただきたいのですが、まさかあの、殺すつもりだったりするんでしょうか?」
「だとしたらどうする?」
「えーっと、お気持ちは大変わかるのですが、ちょーっと殺すのは控えてもらえればと思うので、ちょっと居所までは教えられな」
 言葉が途切れる。耳が重い音を捕える。コガラシマルは無言で、かつ、凄まじい速度でラスターの頬スレスレに刀を突き刺していた。視界の端に細長い銀の光が固まっている。店の壁が小さな欠片となってぽろりと崩れた。頬の一部が若干熱をもっている。何か垂れている。何が、なんて言わなくても分かるだろう。
「これが最後だ」
 心の一部が冷静に「こいつ尋問上手いなぁ」と宣う。実際のところはいろいろと怖すぎてどうにもならないというのに。
「あの薄汚い売女の居所はどこだ?」
 ギッ、と刃がきしむ音が最短距離で鼓膜を震わせる。
 ラスターはいろいろな理由で半分泣きそうになりながら、女の居所の予想について全部ゲロった。もうどうにでもなれと思った。
 コガラシマルは「ふむ、」と大層穏やかな口調で納得した後、ラスターの頬スレスレに突き刺していた刀を抜いた。
「お願いだから殺さないでくれよ、あんたが殺すのと俺が殺すのだと後処理の面倒さが全然違うんだからさぁ」
 コガラシマルは春の陽だまりとは似ても似つかない笑みを浮かべながら、優しくラスターの頬に触れた。鋭い刃で撫でられたかのようなその刺激は、ラスターの背骨にぞわぞわとした電気のような何かを流していく。
「某はあれを殺すつもりなどない」
「コガラシマル……」
「死よりも無惨な目に遭わせてやる以外の選択肢など某にはないのだから」
「…………」
 風が吹いた。
 コガラシマルがどこかに立ち去った後も、ラスターは腰が抜けてしばらく立ち上がることができなかった。

 彼氏とのデートを終えた女は、軽い足取りで町を歩く。カモを失ったので新しいのを調達する必要がある。だから酒場に出向く。不慣れな男に笑顔を見せて、少しかわいそうな身の上話をしてやれば一発で調達できる。
 次はどうしようか、と考えながら歩いていた女は、足元の氷の欠片・・・・に気が付かなかった。
 足が引っ掛かる。
「きゃっ、」
 前のめりになった彼女は派手に転ぶかと思いきや、誰かがその腕を取った。
「お怪我はありませんか?」
「――ぁ」
 女は息を呑む。夕暮れを背にした長身の好男子が、こちらに素敵な笑みを浮かべていた。
「どちらに行く予定でしたか?」
「え、あの、……みだらな黒猫っていう酒場で、」
「送りましょう」
「えっ」
 さらり、と軽やかな風を思わせる動きで髪がこぼれる。
「あなたのような素敵な靴を履いている方には、この道は優しくありませんから」
 青年は大変に美しかった。声はまるで小鳥のさえずりに寄り添う風のようで、落ち着いた大人の雰囲気には冬を耐え抜く木々のような強さがある。
 薄い青色の肌、それに、ややくすんだ青い髪。人ならざるものの魅力が、煌めく雪景色のように人の心を掴む。
 つまり女が見つけたのは、新たなカモではなかった。
「あ、あの、この後よかったら一緒に」
「お誘いありがとうございます。ですが――」
 男の口元が寂し気に動く。女にはそう見えた。
「病気の弟の治療費を稼がねばならないので、贅沢はできないのです」
 冷酷な冬の嘘に、気付くことなく。


 7/13 21時以降更新予定



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)