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【短編小説】五つの苗

 プランターから五つの芽が出てきたのは大分前のこと。あの頃は「みんなで大きくなろう」と語り合っていたというのに、ふたを開けるとこのありさまである。
 イチゴウ、ニゴウ、サンゴウ、ヨンゴウはみんな小ぢんまりとしてゆっくりのんびり成長しているが、ゴゴウだけは早々にしっかりとした双葉を出して生き生きと太陽に手を伸ばしている。ちっちゃな芽を出したころは仲良くしてくれたのに、今ではそろいもそろってゴゴウを煙たがる。
「一緒に大きくなろうって言ったのに」
「一人だけ抜け駆けするとか本当嫌な奴だよな」
 そんな陰口には慣れたものだ。そこまで言うのなら、みんなもとっとと同じくらいまで大きくなってほしいものである。
 アパートの三階、三〇五号室のベランダがゴゴウたちの住まいだ。ゴゴウたち以外にもさまざまな植物が気ままに暮らしている。植物だけではなく、お客も何人かやってくる。一番やってくるのは世話係の人間だ。ゴゴウたちの様子を見て日陰に移動させてくれたり、雨の代わりに水をくれたりした。
「よーしよし、大きくなれよぉ」
 とかそんなことを言いながら、大きなじょうろで水をくれるのである。水やりが終わると、決まってクラシック音楽を聴かされる。発育によい影響を与えるらしいが、カラスが言うには迷信らしい。
「しかし、お前さんたちは随分と小さいなァ」
 カラスはゴゴウの傍で縮こまっているイチゴウたちにそんなことを言ったが、イチゴウはふんと鼻を鳴らした。
「俺たちが小さいんじゃなくて、こいつがバカでかいんだよ」
「そうそう。みんなで大きくなろうって言ったのに、こいつが裏切るからさ」
 カラスは「へぇ」と言って、大きなゴゴウを見つめた。
「確かにお前、丈夫そうだなぁ」
 カラスがゴゴウを誉めるたびに、イチゴウたちが口々にそれを否定する。
「でかいだけだよ」
「空気が読めないともいう」
 カラスはカアカア鳴いた。どうやら笑っているようだった。
「足並みをそろえることが必ずしもいいこととは限らないぞー」
 そう言って、カラスはどこかに羽ばたいていった。人間がベランダのサッシを開けて、小さな音量でクラシックを流し始めたのだ。

 翌朝、人間はゴゴウ達のプランターを見ていた。手には「はじめての園芸」という本がある。
「ええっと……」
 どうやら何かの作業をするらしい。
「一番立派な苗を残して、他を間引きます……」
「マビキマスってなんだ?」
 イチゴウがそんな呟きをすると、近くにいた花が悲し気に声をかけた。
「ああ、あなたたちは間引くという言葉を知らないのね」
「知ってるのか?」イチゴウが反応した。
「ええ、知ってるわ」
「もったいぶらないで早く教えてくれよ」
 せっかちなニゴウに、花は気を悪くすることなく答えてやった。
「ひとつの苗によりよい栄養を与えるために、育ちの悪い個体を引っこ抜くことよ。私はただの観賞用の花だからかしら。そんなことされなかったけど、あなたたちは見たところお野菜だからそういうことをするのね」
 イチゴウたちは顔を見合わせた。ゴゴウは彼らを見た。残される立派な苗がどれなのか、誰の目から見ても一目瞭然である。
 手がゴゴウの下に伸びる。イチゴウの悲鳴が聞こえた。続いてニゴウ……サンゴウ、ヨンゴウ……。
「いいのかなぁ」
 一人残されたゴゴウは、そんなことを呟いた。
「いいのよ。あの四人、ずっと一緒に居たがってたじゃない。気にすることないわ」
 ゴゴウはうんと気持ちのいい伸びをした。じょうろの水を浴びて、花と一緒にクラシックを聞いた。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)