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【超短編小説】お前が悪い

 交通事故があった。歩道のない見通しのよい直線道路で、乗用車が歩行者を巻き込んでしまった事故だった。歩行者は少し酒に酔っていて、車は少しスピードを出しすぎていた挙げ句、路側帯をはみ出て走行していた。警察が現場検証やらなんやらで慌ただしく動き、野次馬もぽつぽつと集まり始めた。
 巻き込まれた歩行者は「後ろから車が来たから避けたのだけれど、車はお構いなしに突っ込んできた」と話し、運転手は「怪我させてしまったのは申し訳ないと思っているが、歩行者もふらふらと歩いており避けようがなかった」と言った。ドライブレコーダーというものはまだそれほど普及しておらず、唯一の目撃者は「歩行者は車に気付いて大きく避けたように見えました」という曖昧な証言を残した。双方の主張に違いはあったものの、乗用車が歩行者を巻き込んでしまったことは事実だった。
 程なくして、救急車がやってきた。
 病院で手当を、と促された歩行者に「ごめんなさいの一言もないんですね」と運転手は言った。ぽかんとする歩行者に、運転手はわざとらしいため息をついて愛車を指し示した。お気に入りの車には傷やら凹みやらが目立っている。歩行者の腕時計が引っかかって生じた傷も見えた。
 ――交通事故はいつもいつも車が悪いという。しかしキチンと歩かない歩行者にも責任はあるだろう。今だってフラフラして、危なっかしい……。
「高かったんですよぉ、この車。どうしてくれるんですかほんとに」
 今まさに救急車へ乗ろうとしていた歩行者は「ごめんなさい」と言った。
「今時の人は謝ることができないのかと思いました」
 運転手はそう言ったが、歩行者は黙って救急車に乗り込んだ。鼻をならす運転手の肩を、警察官がとんと叩いた。そしてこんなことを言った。
「確かに危なっかしい歩き方をしていたかもしれませんが、気付いて避けた歩行者のことをわざわざ撥ね飛ばす必要はありましたか?」
 運転手は憤慨した。
「私は悪くありませんよ! 悪いのはフラフラ危なっかしく歩いていた歩行者でしょう? それにあの人がキチンと避けた証拠なんてあるんですか?」
 警察は顔色一つ変えず、運転手の問いに答えた。

 事故現場付近のコンビニを指し示しながら。

「丁度現場が映っている防犯カメラがあったんですよ。貴方も確認してみますか? そうすればどちらに過失があるか、すぐに理解できることでしょう」

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)