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【短編小説】生贄調達の依頼

 先にこちらの短編を読むことをオススメします。


 ――ナナシノ魔物退治屋がワームの巣へ向かってから、一週間後。


 この依頼を出すのは四度目だったが、その魔物退治屋も戻ってこなかった。村長は満足げに頷いて、二人の若者を森に遣わせた。
 その二人が帰ってこなかったので、村長は彼らを探させに他の二人を送り込んだ。
 しかし、その二人も帰ってこなかった。村長は焦った。
「何故戻ってこない?」
「俺に聞かれても」
 フレディは首をかしげながら答えた。隣でデニスは欠伸をしている。
「崖から落ちたとかじゃないか? アイツら結構ドジだから」
「そうそう。俺たちはアンヒュームだし、まさかワームに食われたなんてことはないだろ」
 フレディとデニスの言葉に、村長は唸った。
「じゃあ、回収してくるよ」
「俺たちが戻らなかったら、その時は頼むぜ」
 その言葉に恐怖だとか、焦りだとか、そういった感情は全く宿っていなかった。二人は下衆なジョークを語るかのようにして、笑い声を上げながら村長宅を出た。娘が「気をつけてね」と送り出したが、二人は「無事に戻ってきたら、褒美に抱かせてくれよ」と言いながら、何かを揉むジェスチャーをした。
 穏やかに晴れた、心地よい日のことだった。デニスとフレディは談笑しながらワームのいる森を歩いていた。
 ……ワームは、魔力を補給するために餌を食う。故にアンヒュームの人間はほぼ襲われない。最近、良質な・・・餌を味わったワームなら尚更こちらを襲う理由はなかった。
「しかし、ばれないもんだよな」
 デニスは欠伸をしながら丘を登る。
「ワームの餌のためにあの依頼を出してるなんて、普通誰も想像しないだろ」
 フレディは鼻で笑った。
「偉そうな魔術師連中がしょんべん漏らしながらワームに食われてるっていう事実で、村長の胸はスカッとするんだろうよ」
「しかし、そのために高級食材まで用意するか?」
「ワームへの感謝の気持ちだろ」
 二人は、がははと笑った。
 ワームが住み着いている以外は平和な森だ。まず、デニスとフレディは新たに消失した丘の現状を把握する。あの男二人がワームと相打ちになっていれば少々話が変わってくるが、どんな実力者でもあの不意打ちを回避することなど不可能だ。彼らが森に出向くときも「村の狩人が歩いているから気をつけて」という説明をつけて防衛線を張っているし、あれだけの熱烈な歓迎をされていては、村人が魔力の囮を壊しているなど想像できないだろう。
「こりゃダメだろうなぁ」
「土砂の下か?」
 ぽっかりと空いた穴を覗き込んでも、静かな暗闇が広がっているだけだった。さて、行方不明になった村人四人を捜すとするか。まずは――。
 ふと、フレディは視界の端に何かが動いたのを見た。彼はそちらを向く前に、穴の奥に落ちていくデニスの姿を見た。人間、自分の想像を超える出来事を見ると思考も動作も止まってしまうものである。フレディは「え」だの「は」だの、そういった単純な声すら出せないまま固まっていた。
 影が下りている。自分の後ろから。闇に蹴落とす時機を見計らっている。
 ――喉に強烈な痛みが奔った後、視界が揺れた。

 悲鳴一つ放つことなく落ちていってくれたのは助かる。
 ラスターは穴を見下ろしながら、恐怖の形相でこちらを見る村人二人に手を振った。相手からの返事リアクションはない。全く愛想がなくて困る。
 ノアとここに落ちて命からがら逃げた時、ラスターたちは何匹かワームの子を取り逃している。取り逃した、というより見逃した、というか、構っている余裕がなかっただけなのだが。
 母親を失った子ワームは死を待つのみ……ではない。ある程度狩りができるのであればそのまま巣立ちまで過ごし、大人になったら各々好きな土地で巣を作る。つまり、あの村人二人が落ちていった穴にはまだワームが居る。
 とても仲の良さそうな二人組だった。きっと親友なのだろう。だったら二人同時に同じ場所に行かせてやるのが親切心というものだ。
 ワームが姿を見せた。村人二人は逃げようと藻掻くが、装備のない素人にここを脱出する術などない。ワームはそこそこ腹を空かせている。美味そうな餌――上質な肉や野菜を食った生き物が、魔力を纏った状態・・・・・・・・でそこにいるのだ、別腹を空かしてでも食いたいというのが本能だろう。
 ラスターは再度手を振った。やはり二人は返事をしなかった。ラスターは仕方がないなと思った。頭を食いちぎられた人間に、そんな芸当は不可能だからだ。
 バキバキと骨の砕ける音を聞いていると、ラスターの元にフォンが戻ってきた。囮役は上手くできたようだ。
 ……アンヒュームならワームに食われない、というのはガセだ。自分が魔力を持っていなくとも、今のように魔力を持つ魔物が近くにいれば奴らは寄ってくるし、何より腹が空いていれば魔力もなにも関係ない。
 ラスターは、街で流行の歌を歌いながら丘を下った。ポーチからリルの手記を取り出して、ぱらぱらと捲る。ワームに食われる寸前の心境を綴ったページ――ラスターに、ワームの子供の存在を告げた箇所。それを、ラスターは遠慮無くちぎった。少しだけ土をつけて手記を汚し、それっぽく誤魔化す。思い出の綺麗な部分だけ遺しておけばいい。ワーム退治に重要な知識を闇に葬ることになったとしても、このパターンは遺す方が悪影響だ。
「村人がデコイを破壊して、魔物退治屋をワームの餌にしてました……そんなの三流作家だって書かない筋書きだろうよ」
 近いうちに、次の依頼が来る。尤も、それはワームの餌募集ではなく、心からの純粋な退治依頼になるはずだ。だって、もう村人は四人も――いや、今六人になった。六人も行方不明になっている。みんな同じようにして殺して死んでいった。ワームの牙がこちらを向いたとなれば、余裕なんてあるわけがない。
 ……骨の砕ける音が止んだ。ほくそ笑みながら森を出るラスターの胸元で、フォンの宿るペンダントが少しせわしなく揺れていた。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)