見出し画像

【短編小説】よかった、よかった!

 あるところに小さな町がありました。そこは自然に恵まれていたので、人々は大きな森と川を利用して生活をしていました。良質な木から作られた木材は、下流の町でとてもよく売れるのです。

 その大きな森の奥にひとりの少年が暮らしていました。少年は流行病のせいで両親を亡くし、また少年もその後遺症のせいで上手く言葉を使えませんでした。
 少年は森の奥で一人で過ごしていました。ご飯は森の木の実を食べれば充分でしたし、時間を持て余したときは木彫りの置物を作っています。少年はひとりきりでしたが、それなりに幸せに暮らしていました。

 ある日、森に迷い込んだ少女が少年の小屋を見つけます。少女は助けを求めてドアをどんどんと叩きました。すると出てきたのが自分と同じくらいの背丈の少年だったので少女は大層驚きました。
 少年は「この森は道が入り組んでいるから」と言って少女を森の出口まで案内しました。少女はお礼を言って町へと去って行きました。
 家へと戻った少年は、木彫りの置物がひとつ、なくなっていることに気がつきました。

 町へ戻った少女は木彫りの置物を見せながら、森の奥にいる少年のことを話しました。子供たちは森の奥の少年のことが気になって、みんなで遊びに行きました。少年はびっくりしましたが、みんなが少年に優しくしてくれるので、少年もしあわせなきもちで皆を歓迎しました。そして、お土産に木彫りの置物をプレゼントしてあげました。

 子供たちは毎日ではありませんが、何度も少年のところへ遊びに来てくれました。ある日のことです。子供たちのうちの一人がお土産に貰った木彫りの置物に少し文句を言いました。少年は少し驚きましたが、すぐにナイフを持ってきて、彼の言うとおりに置物を修正しました。

 それからというもの、少年の木彫りの置物に一部の子供たちは文句を言うようになりました。最初のうちは鼻が高いとか爪が長いとか、そういった些細なものでした。しかしそれはだんだんエスカレートして、ついには「あたらしいのをつくってよ」と言いだす子まで出てくる始末です。少年は懸命に置物を創っては直し、創っては直し、創っては直していきました。

 そして、少年はついに何も創れなくなってしまいました。木とナイフをテーブルに置いても、ちっとも楽しい気持ちが湧いてこないのです。少年はやっとの思いで木彫りの猫を創りました。シュッとした美しい姿は細い首によって引き立てられていて、尻尾もきれいに丸まっています。
 そうこうしているうちに子供たちがやってきました。今日はあの少女も一緒でした。

 少年はいつものように子供たちへ木彫りの置物をプレゼントしますが、やはり子供たちは口々に文句を言いました。顔が嫌だの、腕が短いだの、好き勝手にそんなことを言います。少女はビックリして子供たちを止めようとしますが、それよりも先に少年が口を開きました。
「ごめんね、もう直せないんだ」
 少年はそう告げようとしました。しかし、流行病の後遺症で上手く喋ることができません。
「ごっ……なお……」と、言葉が途切れてしまいます。

 子供たちは怒りました。木彫りの置物を床に叩きつけて壊す子も居ました。早く直せ! なんでできないんだ! と口々に少年を攻撃します。
「やめて! やめなさいったら!」と少女が止めますが、もう遅かったのです。

 少年は泣きました。泣いて派手に暴れたのです。床を転げ回り、手にしたナイフを振り回して、棚の上に置いてあった木彫りの置物を全て床に投げ捨てて、激しく叫びながら暴れました。今まで溜めていた感情が爆発して、あらゆるものが壊れていきます。子供たちはみんな一目散に逃げ出しました。少年に一言も文句を言わなかった子供たちも、少年があまりにも暴れるので怖くて逃げ出しました。あの少女だけがそこに残ろうとしましたが、仲間の子供たちが彼女にも逃げるよう促したので、少女も逃げました。
 置物も戸棚もカーテンも、みんなめちゃくちゃです。お皿も割れて酷い有様です。それを見ているひとは、誰もいませんでした。

 まるで嵐が過ぎたかのようでした。暴れた少年は再びひとりぼっちになってしまいました。冷たい風がサーッと吹いて、壊れたものをコロコロと転がします。ひとりぼっちの少年は床へ仰向けに寝転がると、わーん、わーん、と泣きました。
 泣きながら彼は言いました。
「よかった、よかった! もう二度と、あんな酷いことを言われなくて済むんだ! もう二度と、あんな酷いことを言われなくて済むんだ!
 よかった、よかった! わーん、わーん!」
 木彫りの猫の生首が、寂しそうに少年を見つめていました。


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)