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【短編小説】元気がないときにはいつもミスドに行く

 元気がないときにはいつもミスドに行く。
 この前ネット掲示板で、カフェの店員をストーカーしていた男の話を読んだが、私も道を間違えればそいつの仲間入りだと思う。普通の感性であれば、落ち込んだときに何か甘いものでも食べようという目的でカフェであれなんであれそういった店に行く。しかし私が拗らせた風邪は皆の想像を容易く超える。既に日が昇り、遮光カーテンからも「日差し」の気配がする時刻に起きたとき、私はどうしようもなく惨めになる。布団から起き上がることも出来ず、ただじっと得体の知れない寂しさに耐えるのだ。
 たまに、なんとか立ち直って這い出ることが出来る。しかし相当のレアケースであることはお伝えせねばならない。そのまま昼になり、夕方になる頃になって薄情者の胃袋がめちゃくちゃに騒ぎ出す。生きていれば腹が減る。悲しくても嬉しくても。何もしたくないとしても。何かを食べたくなる。
 生物としての本能に駆られて、私は適当な服に着替える。財布とスマホを持って、近くのミスドに足を運ぶ。
 自動ドアが開くと同時に、いらっしゃいませー! と店員が声を張る。ショーケースの前では子供が二人(兄妹だろう)、ピカチュウのドーナツを母親らしき人にねだっていた。
 甘い匂いがする。
 トレイとトングを手に取った私は、ポン・デ・リングとストロベリーリングを優しく掴む。子供たちが「ママ、ピカチュウ!」と騒ぐのをどうすれば良いかと迷っていたら、母親が「お先にどうぞ……」と申し訳なさそうに伝えてきた。
 会釈をして、レジにトレイとトングを置く。
「イートインで」
 お持ち帰りですか? と聞かれる前に先手を打つのが私のやり方だ。イートインですねー、とハキハキした返事が来る。くりくりした目の女の子(多分私より年下だと思う)が颯爽とレジを打つ。
「ご一緒にお飲み物は如何ですか?」
「あー……じゃあ、烏龍茶お願いします」
 かしこまりましたー、と言って、彼女はレジを操作する。
 元気がないときにはいつもミスドに行く理由。
 それは、金さえ払えば他の人とおんなじ扱いをしてくれるから。
 ここの店員は私がどんなクズで臆病で惨めな人間かを知らない。全て「ドーナツを買いに来ただけの人」という扱いをしてくれる。私がいじめで中学時代不登校だったことも、なんとか進学した高校も上手く馴染めず中退したことも、前のバイト先で酷いセクハラとパワハラに遭って、いよいよ壊れてしまったことも知らずに。
 こんな空っぽな私でも、他の人とおんなじようにしてドーナツを食べて良いって、そう、教えてくれる。
 お会計をした私は、少し重いトレイを持って窓際の席についた。硝子越しに女子生徒の集団が「あ、ミスド新作でてんじゃん」と唇を動かしたのが見えた。
 私は新作でも何でもないポン・デ・リングを頬張りながら、それとなく外を見る。

 ――よぉ、通行人ども。私はどうにもならない無価値な人間だけど、ここでドーナツを食べることはできるぞぉ。万が一私とおんなじような、もしくはもっと酷い状態にある同胞が居たら、自信を持って自動ドアをくぐると良い。ポン・デ・リングは皆平等にもちもちで、エンゼルフレンチは皆平等にふわふわで、ゴールデンチョコレートは皆平等にざくざくしているぞー。

 そんな気分。広告塔のような気分。CMのような小綺麗さは出せないけれど、軽くなった気持ちでドーナッツを頬張る。
 自動ドアの開く音がして、「いらっしゃいませー」と店員の声がした。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)