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【短編小説】タヌキの歌とウグイスの太鼓

 ぽかぽか森には、音楽隊がありました。
 ……といっても、タヌキのタヌくんと
 ウグイスのカナちゃんのコンビです。
 カナちゃんがぽんぽこぽん、と太鼓を叩いて、
 タヌくんがお歌を歌います。
 一羽と一匹の音楽は、森のメンバーに大人気。
「タヌくん、今日はこっちで歌ってよ」
「ダメよ、今日はこっち。カナちゃんが約束してくれたんだから」
 と、引っ張りだこ。今にも喧嘩になりそうな面々に、タヌくんは笑顔で提案します。
「じゃあ、みんなで集まろうよ!」
 そして、毎晩森の泉のほとりでコンサートです。

 ある日、ぽかぽか森に新しい仲間がやってきました。
 タヌキのキヌちゃんと、ウグイスのスイくんです。
 キヌちゃんがぽんぽこぽん、と太鼓を叩いて、
 スイくんがお歌を歌います。
 スイくんは言いました。
「ぼくたちウグイスは、歌が上手いんだ」
 キヌちゃんも言いました。
「私たちタヌキは、お腹を叩くと良い音が出せるのよ」
 森の仲間たちは、びっくりしました。
 そして、どうしてタヌくんとカナちゃんは役割が逆なのかなと、思うようになりました。

 タヌくんは言いました。
「ぼくは、歌が歌いたかったんだ」
 カナちゃんも言いました。
「わたしは、太鼓を叩きたかったのよ」
 森の仲間たちは、「ふぅん」と納得してくれましたが、
 コンサートには、来なくなってしまいました。
 タヌくんよりお歌の上手なスイくんと、
 カナちゃんより太鼓の上手なキヌちゃん。
 どちらのコンサートに行くか? と問われて、
 みんな、スイくんとキヌちゃんの方に行くのです。

 タヌくんとカナちゃんは、スイくんとキヌちゃんに頼んで、一緒に演奏をしてみました。
 しかし、どうしても音が上手くかみ合いません。
 タヌくんとカナちゃんは、
「このまま、スイくんとキヌちゃんの足を引っ張ったらダメだ」
 と思いました。
 四匹が一緒に演奏することは二度とありませんでした。

 タヌくんとカナちゃんは、スイくんとキヌちゃんの演奏に合わせられるよう、太鼓とお歌を一生懸命練習しました。
 毎日、十時間も太鼓を叩いたせいで、カナちゃんは上手く飛べなくなりました。
 毎日、十時間もお歌を歌ったせいで、タヌくんは喉が痛くなりました。
 練習を、すればするほど……
 タヌくんは、上手く歌えなくなりました。
 カナちゃんも、太鼓を叩けなくなりました。
 二匹はもう、何も出来なくなってしまいました。
 毎日のように演奏をしていたはずの二匹が、
 ちっとも音楽をしなくなったのです。
 でも、誰も心配をしませんでした。
 誰も二匹の音楽を必要としていないからです。

 でも、同じ音楽家のスイくんとキヌちゃんは、二匹を心配しました。
「音楽ってのは、誰かのためにやるものじゃないよ」
 スイくんは、タヌくんにそう伝えました。
「自分が楽しく演奏できるかどうかが大事なのよ」
 キヌちゃんは、カナちゃんにそう伝えました。
 二匹は顔を見合わせて、そして、力強く頷きました。

 ぽかぽか森の仲間たちが、スイくんとキヌちゃんの演奏に、うっとりと酔いしれている頃……。
 タヌくんとカナちゃんは、太鼓と楽譜を持って、
 森の泉にやってきました。
 昔はよく、ここで演奏をしたものです。

 みんなが、楽しそうにしてくれて、
 手を叩いたり、木を叩いたり、
 一緒に盛り上がって……。
「楽しかったね」タヌくんは言いました。
 カナちゃんは泣きながら頷きました。

 二匹は、誰かのために音楽をしていたのではありません。
 自分たちが楽しいから、音楽をしていました。
 その楽しさは、
 森の仲間たちと、一緒に盛り上がる――その一点にありました。
「ぼく、カナちゃんの太鼓大好きだよ」
「ありがとう。わたしも、わたしもタヌくんの歌、大好き」
 二匹は泣きました。
 泣きながら、楽譜と太鼓を泉の中へと投げ入れました。
 楽譜はふわりと水面を滑り、
 太鼓は、ぽちゃんと音を立てて、冷たい水の底へと沈んでいきました。
 ぽかぽか森に、二匹の音楽は、必要なくなりました。これからは、森の仲間と同じようにして、音楽を聴く側になって楽しもうと決めたのです。
 しかし……それでも、それでも……。
 どうして自分たちは泣いているのでしょうか?
 どうして、涙が止まらないのでしょうか?

 ぽかぽか森にやってきたスイくんとキヌちゃんは、しばらくすると、他の森へと旅立って行きました。
 みんな、しばしの間二匹の音楽の余韻に浸っていましたが、
 季節が一度、二度……と巡った頃になると、
 ふと、音楽が恋しくなります。
「そうだ」と誰かが言いました。
「カナちゃんとタヌくんにお願いしよう」

 しかし、カナちゃんは太鼓を捨ててしまい、
 タヌくんも楽譜を捨てていました。
 みんな「どうして!?」と叫びました。
「ぼくたちは、音楽がききたいんだ!」
「君たちの音楽でいいから、きかせてよ!」
 カナちゃんとタヌくんは顔を見合わせました。
「ねぇ、音楽をきかせてよ!」
「もう君たちにしかできないんだ!」
 ぽかぽか森の仲間たちは、口々にそんなことを言います。


 タヌくんとカナちゃんは、森の泉へとやってきました。
 太鼓と楽譜を捨てた、あの場所です。
「まだあるかな」タヌくんが泥のような目をして言いました。
「あるとおもうわ」カナちゃんも同じ目をして言いました。
「あるとすれば……」
 タヌくんは何も言わず、ざぶざぶと泉の中へと入っていきます。
 カナちゃんも、続きます。
 泉の水は、本当に、本当に冷たくて、タヌくんは歯をガチガチ言わせて、カナちゃんは、クチバシをカチカチ言わせました。
 水底に足が届かなくなって、しばらくしたとき、
 カナちゃんが、音も立てずに水に潜りました。
 タヌくんは、慌てて後を追いました。身体から力が抜けて、上手に潜れるのです。でも、水底は真っ暗で、太鼓も楽譜も上手く探せそうにありません。
 二匹の音楽はもうどこにもないのです。
 泉の底にも、森の中にも……。
 どこを探しても……。

 カナちゃんのちいさな身体が水底へ落ちて、少しした頃。
 タヌくんの身体も、水底に受け止められました。
 二匹の傍には、半分埋もれた太鼓がありました。
 太鼓の空洞でのんびり過ごしていたお魚たちは、思わぬ来客に驚きました。しかし、二匹が返事をしないので、すぐにお喋りに戻りました。


 楽譜と太鼓を探しに泉へ向かった二匹が戻らないので、森の動物たちは痺れを切らして泉へとやってきました。
 水面は静かに青い波を揺らし、二匹の姿はどこにもありません。
「なんだ、逃げちゃったのか」
 仲間の一匹が、口を尖らせました。
「せっかく、久しぶりに聞いてあげるって言ったのに」
「期待させといて裏切るなんて」

 みんなが文句を一通り吐き終えたその時、
 長い旅に出ていたスイくんとキヌちゃんが戻ってきました。
「みんな、ただいま」
「やっぱりぽかぽか森が、一番だよ」
 ふてくされていた動物たちは、みんなぱあっと顔を輝かせました。
「やったぁ! スイくんとキヌちゃんが帰ってきたぞ、わーい!」
「さっそく、音楽を聴かせてよ!」
 森の動物たちは、二匹を快く迎え入れて、末永く音楽を楽しみましたとさ。

 めでたしめでたし。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)