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【短編小説】バケモノと海の村

 むかし、むかし、ずっとむかし。
 ちいさな漁村があったとさ。
 ちいさなちいさな村だけど、
 みんな幸せに暮らしてた。

 そんな平和な村だというのに、海からバケモノがやってきた。
 とっても大きなバケモノだった。
 村人怯えて逃げる中、バケモノは大きな声を出す。
「おれは、確かにバケモノだけど、みんなと遊びたいだけなんだ」
 しかしすっかり怯えた村人は、扉を閉ざして出てこない。

 海底そこで生まれたバケモノの、仲間はひとりも居なかった。
 ひとりぼっちが寂しくて、泳いで海の外に出た。
 きらめく水面でバケモノは、初めてその目で陸を見た。
 キレイに輝く砂浜も、はしゃぐ人間ひとの子らも見た。
 ひとりぼっちのバケモノは、自分もあそこに行きたくなった。

 少し悩んでマグロは言った。
「おまえさんの見てくれじゃ、やつらはきっと怖がるだろう」
 臆病者のエビは言った。
「僕からすれば君よりも、ニンゲンの方が恐ろしい」
 やさしいやさしいクジラは言った。
「君の抱えた寂しさを、我らが癒やせればよかったのに」
 とってもきれいな人魚が言った。
「この真珠を、持っていきなさい。
 たくさん持って、行きなさい。
 そうしたらきっと仲良くなれる。
 あなたはとっても優しいコ。
 私たちちゃんと分かってる。
 だからきっと上手くいくわ」

 そしてバケモノは真珠を持って、海の底から上がってきた。
 しかし村人、扉を閉ざし、バケモノが去るのを待っている。

 そこに一人の男がやってきた。各地を回る旅人だった。
 彼は物怖じしなかった。バケモノを恐れはしなかった。
「もしもし、そこのバケモノよ。ここに一体何のようか?」
 バケモノはとっても嬉しかった。だからすぐに答えてやった。
「おれはバケモノ、海のバケモノ。
 暗い暗い海の底、ずっとひとりで暮らしてた。
 ここで遊ぶ子らを見て、仲良くしたくてここに来た」

 かわいそうなバケモノは、自分のことを語り出す。
 ひとりぼっちの海の底。寂しい寂しい海の底。
 ひとりぼっちのバケモノは、仲良くしたくてここにきた。
 そりゃ見た目は怖いけど、なんにもひどいことはしない。
「うんうん、なるほど、なるほどね」
 旅人が応えたもんだから、バケモノはホントに嬉しくなった。
 ――ああ、この人になら、分かってもらえる。例え仲間になれずとも、陸の人らはやさしいと。例え仲間になれずとも、ひとりぼっちじゃないのだと。

 自分を見つけた村人たちに、一目散に逃げられて。
 可哀想なバケモノは、冷たい態度に悲しんだ。
 しかし今のバケモノは、ちっとも悲しくなんかない。

 ここになってようやっと、バケモノは土産を思い出す。
 人魚のあの子が持たせてくれた、うんとたくさんの真珠の山を。
 光で輝く大きな粒を、バケモノは旅人に渡そうとした。
 そのときだった。そのときだった。旅人は冷たい視線を向けてきた。
「私はチンケな旅人だがね、君はそもそもおかしいよ」
 寂しいバケモノ、どきりとした。心の臓が跳ね上がる。

「君の身の上、寂しさだとか、そんなものは関係ない。
 君はバケモノ。恐怖のバケモノ。まずは自分の見た目をなんとかすべき。
 村人を無駄に恐れさせ、自分の寂しさを紛らわすために
 君はみんなを恐怖のどん底に陥れた。
 その時点で、君はバケモノ。
 自分のことしか考えられない。自分の都合だけを考えて、相手の都合を考えない。
 外もバケモノ、中もバケモノ。
 そんなヤツと仲良くなんて、まっぴらごめんだ。しっしっしっ」

 バケモノはとっても驚いた。やさしいやさしい声色で、話を聞いてた旅人は、ホントにこの旅人なのか?

「俺は旅先のきまりに従って、服装、行動、習慣を変える。
 おまえはどうだ? どうなんだ? 誰かに受け入れてもらうには、相応の態度が必要だ」
 バケモノはオロオロした。とにかく自分の気持ちを伝えなきゃ。
 バケモノは何か言おうとした。しかしバケモノ、分からない。
 どうすりゃ誤解を解けるのか。
 あれだけ優しい旅人になら、自分の気持ちが伝わると、バケモノはそう思っていた。
 ほんとに、ほんとに思っていた。

 しかし、しかし、どうだろう。旅人はハナからこうだった。
 理解する気も毛頭無ければ、共感なんてもっての外。
 このバケモノがどこから来て、何をしようとしているのか。
 それを聞き出すこと以外、一切興味がなかったのだ。
「分かったか? 分かったらさっさと海に帰れ。
 ここにおまえの居場所はない」
 怖い顔した旅人は、近くに置いてあった銛を構えた。
 ああ、かわいそうなバケモノは、海の底へと戻っていった。

 傷ついたバケモノはオンオン泣いた。マグロやエビやクジラや人魚が慰めても、バケモノは変わらずオンオン泣いた。一粒も減らなかった真珠を見て、人魚もちょっぴり涙をこぼす。
 バケモノはずっとひとりぼっち、寂しい寂しい海の底。
 かわいそうなバケモノは、二度と姿を見せなかった。


 はてさて、陸の漁村では、旅人を英雄と呼んでいた。
 村人たちからもてなされ、彼は舟で旅立った。
 けれどもしばらく経った頃、舟は村へと戻ってきた。
 不思議に思った村人が、船の様子を見てみると、そこに転がる死体がひとつ。
 村人、知らない。誰も知らない。嵐に遭った旅人は、荷物を全て失って、舟の上で干からびて、哀れ、死んでしまったのだ。
 しかし村人分からない。誰も分かるはずがない。
 旅人が嵐に遭ったことすら、彼らは知らない。分からない。

 何も知らない村人たちは、一人残らずこう思った。
 ――あのバケモノの復讐だ。
 ――旅人さんが死んだ今、次の狙いは俺たちだろう。

 村人たちはとっても怯えた。
 外で遊ばぬ元気な子供。
 海に出るのを恐れた漁師。
 猫も杓子も犬も娘も、悪夢にうなされ飛び起きる。
 生活のための仕事もできず、村人みんなで話し合う。
 結論出るのに時間はかからず、みんな即座に準備する。
 大事な荷物をまとめた村人は、全員漁村を去っていく。

 海岸近くの松の木で、あほう、とカラスが鳴いていた。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)