【短編小説】うそつきへの報い
店内の席は全部埋まっていたので、ノアとラスターはテラス席にやってきた。最近オープンしたこの店のクロックムッシュがとても美味いと評判だったので、二人はブランチにしゃれこんだというわけだ。オシャレな盛り付けが目を引く料理に、二人の顔が輝く。が、ノアの表情が一瞬きょとんとしたのを、ラスターは見逃さなかった。
「何かあったか?」
ベーコンチーズクロックムッシュにかぶりつきながら、ラスターは尋ねた。
「俺の席の下に何か、……忘れ物があるみたい」
一方のノアは、フレッシュトマトサラダを食べている最中……ということをすっかり忘れて、ラスターの質問に答えていた。
ラスターはそっとノアの席の下を覗いた。少し大きめのカバンがある。こんなものを忘れるものなのか? と言いたいが、このあわてんぼうが誰なのか分かれば何とかなるかもしれない。
ラスターは一度、手元のおしぼりで指先をぬぐってから、そっとカバンの中身を見た。そして思わず飛び上がった。頭上にはテーブル。
そりゃあ、したたかに頭を打つに決まってる。
がん! という衝撃にテーブルの料理たちがわずかに踊るのが、ラスターにもなんとなくわかった。
「ラスター!? 大丈夫?」
「だ、だいじょーぶ……治癒の魔術が必要ない程度にはぁ……」
と言いつつ、よろよろとはい出てきたラスターの頭には小さなコブができていた。何なら本人もちょっと涙目になっている。
「何があったの?」
「おっきなカバン……」
ノアはかがんで、自分の椅子の下を見た。そっと中身を確認しようとすると、ラスターに「頭、気をつけろよ」と忠告を食らった。
そっとファスナーを下げる。なるほど、これなら頭をぶつけるのも道理。ノアは息をのんだ。
バッグの中にはギッシリと銀貨の袋が詰め込まれていた。これを丸ごと忘れて行ってしまったということは、持ち主は今頃大慌てだろう。ちょうど近くに治安部隊の詰め所がある。忘れものとして届け出ても困りはしないはずだ。
「帰りに届けようか?」
頭をぶつけないよう、ノアはテーブルの下からはい出てきた。
「そうだな。近くに治安部隊の詰所があるからな」
ラスターは既に食事に戻っている。ノアもちょっと急いで食事を終えた。ラスターは「急がなくていい」と言ったが、ノアとしては何とか早くこの忘れ物を届けてやりたい気分だったのだ。ノアが会計をする間、ラスターはカバンを持った。
「…………」
腕に力を入れる。カバンは軽々と持ち上がる。
「ラスター?」
いつの間にか、会計を終えていたノアが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「トレーニング?」
「違う違う。さっさと届けたくてうずうずしてた」
ノアは「ほんとに?」と疑いの目を向けてきたが、ラスターは気が付かないふりをして歩き始めた。その時、なんともうだつの上がらなさそうな、薄汚れた男が、ひょこひょことこちらの後をつけてきたことには気づいていた。
詰所に到着した時、ラスターは「ちょっと外で待っててくれ」とノアを待たせた。ノアは深く考えずにそれを了承した。
穏やかに晴れている。とても心地の良い一日だ。ぽかぽかとした陽気はこちらの眠気を誘ってくる。ノアはちょっとだけ、うとうととした。そのタイミングで声をかけられたものだから、結果として意識は覚醒することになるのだが。
「こんにちは」
飛び上がったノアは慌てて「こんにちは!」と元気な挨拶を返してしまった。
視線をやや下へ向けると、にやにやと笑う禿頭の男がひょうきんな仕草で会釈をした。
「さっきのカバン、おれのなんだ」
やたら早口だな、とノアは思った。
「だから、返してもらいたいんだ」
ノアは詰所の扉を見た。開く気配はない。
「今、友人が詰所に届け出ているところなんです。私のところにはありません。もっと早く声をかけていただければ、お返しできたのですが」
「ああ、そうかい。だったら後で詰所に行こうかな」
ノアは首を傾げた。
「今行っても、問題ないと思いますが……」
男は答えなかった。代わりに、扉の方をちらっとみて、慌てた様子で去って行ってしまった。
ノアは後を追おうとしたが、ふとその足が止まる。そもそも、あの人があのカバンの持ち主であるという根拠がない。ノアとラスターの会話を偶然聞いていて、カバンの銀貨目当てに落とし主を詐称する可能性だってある。
「どうした?」
固まったノアに声をかけてきたのは、他でもないラスターだった。手には何も持っていない。カバンを無事に届け出ることができたのだろう。
「落とし主を名乗る人が声をかけてきたんだ」
「あー……」
ラスターは周囲の気配を探った。近くの茂みから変な気配を感じるが、わざわざつついてやる必要はないだろう。
「まぁ、本物なら詰所にはいかないだろうな」
「え?」
ラスターはすたすたと歩を進めた。ノアは慌てて彼の後を追う。
「どういうこと? あんなに銀貨があったのに」
「中身がさ、ちょっと軽かったんだよな」
ノアにだけ聞こえるぎりぎりの声量で、ラスターは言う。
「――カバンの底に違法薬物の袋がギッシリ詰まってた」
ノアが目を見張る。
「大丈夫だったの?」
「そりゃあ、俺がクロだったらわざわざ詰所にそんなもん持ち込むわけないでしょ」
確かにそうだ。ノアは黙り込んだ。
背後の気配が詰所の扉を開く。ノアもラスターも振り向くことなく、黙々と道を踏みしめる。
「取引の一環だったのかな」
「だとしたらカモフラージュに銀貨の袋は使わないだろ」
ラスターの肩が笑った。
「あんなもん持ったまま食事するのも、あまつさえそれを忘れていくのも、なんともおマヌケな話だよ」
ノアはちょっと頷いた。
遠くが、それとなく騒がしい。
気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)