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【短編小説】何って……挨拶をしただけだが?

 ――聞いてほしい。
 俺、鈴木……鈴木、王子はこのキラキラネームと外見――ぼったり膨れた一重にぽってりとした頬。お世辞にも王子とはいいがたい外見から小学校デビューと同時にいじめられた。まずこの名前を読めるやつがいない。たまに勘が働いて「プリンスくん」なんて呼ぶ奴がいるが、俺の親のバカさをナメているとしか思えない。俺の名前は鈴木王子。王子と書いて「キング」と読む。
 だから俺は、トラックに撥ねられて異世界に転生することにした。なろう小説をほぼすべて読破してきた俺は、こういうヤツが異世界でチート能力を得てかわいい女の子にチヤホヤされて「え? 主人公クンの目、私は大好きだよ?」とか言われてそのまま流れでヒロインを押し倒してしっぽりオタノシミ……するのを何度も見ている。どうせこの世界には俺の居場所なんてありはしないので、そういう世界に流れ着いてもいいはずだ。
 さて。目論見通りトラックに撥ねられた俺の目の前で、神様とやらがにこにこと笑っている。でっかい乳と尻を強調した、よくいる女神の類ではなくて、しわくちゃになって枯れはてた爺さんの姿をした神様だ。
 俺は少し腹が立ったが、「異世界に転生させてくれ!」と言った。
 爺さんは少し困った顔をして「もう異世界転生の枠はいっぱいなんじゃよ」と言った。
「ここ最近、異世界側でも転生者を迎えるブームが下火になっていて、もう異世界転生は前ほど盛り上がっていないんじゃ」
「はぁ!? じゃあ俺は犬死にってことか?」
「まぁ、落ち着け。異世界に転生はできないが、お前さんの生前の行いを見る限り地獄行きということもなかろう。天国でやすらかに過ごすといい」
「天国はどんな場所なんだ?」
「いたって普通の場所じゃよ。苦痛も悲しみもない、穏やかな世界……」
「女の子と××することはできないのか?」
 爺さんは露骨に困った顔をして「そういう場所ではない」と言った。
「クソッ! せっかく転生して女の子たちにチヤホヤされる俺の夢が全部台無しだ!」
 俺は地面(と言っていいのかわからないが、ともかくニュアンスとしては地面だ)を殴りながら怒りをまき散らした。爺さんはわざとらしいため息をついて、持っていたデカい杖でトントンと音を立てた。
「……そこまで言うのなら、転生させてやるか」
 俺は地面を殴るのをやめた。最初からそうしろ、とも思った。
「おなごにチヤホヤされる世界がいいんじゃろ?」
「かわいい女の子だからな!」
 はいはい、と爺さんはため息をつきながら、俺を異世界へ送り込んだ。

 草原に放り出された俺は、なんとかして街に到着した。
「さて、まずはギルドに行くとするか……」
 俺は異世界でどうふるまうべきかを知っている。大量のなろう小説で予習済だ。ギルドのかわいい女の子が「こんにちは!」と声をかけてくれた。俺は早速、ギルドに登録しようとした。
「この水晶に触れてください。これは触れた人の魔力量や戦闘技能を数値で示してくれる装置です」
 女の子の指示通り、俺はその水晶に触れた。占い師がするようにして手をかざすワンクッションを置いてから、俺はその手で水晶に触れた。その瞬間、水晶は黒い稲妻を吐き出し、ばっこりと割れてしまった。これは相当なものだろう、と女の子を見ると、もの凄く驚いていた。
「大変申し訳ございません。あなたはギルドには……」
 俺は何がなんだか分からなかったが、ギルドに入れないということだけは分かった。きっとあふれ出る才能のせいで手に負えないと判断されてしまったのだろう。
「こちらに」
 俺の返答を待つことなく、受付嬢は俺を廊下の奥へと案内した。
 栗色の髪がかわいらしい素朴な彼女と××できないのは残念だが、俺は新たな出会いを求めて、受付嬢の案内に従った。途中、何度も鉄格子をくぐったのが気になった。
 最後の扉を開くと、施設長らしい女が「待っていたよ!」と両腕を広げながら迎えてくれた。この手の話にはよくあることだが、乳がデカい。受付嬢は彼女と二言三言交わした後、部屋を出て行ってしまった。
「ずいぶんと元気そうな子だね!」
「……」
 俺は女の胸元をガン見しながら、何かしゃべらなければと思った。だが、それより先に施設長の女が大声を張り上げた。
「さあ、こちらに!」
 でかい廊下を進んでいくと、ギルド職員みたいな女がいっぱいいた。が、それ以上にいろいろなリハビリをしている子供たちがいた。
「今日からここが君の家だ!」
 開けたプレイルームみたいな場所で、様々な人々が様々な訓練をしていた。どれもこれも見た目は普通の人間たちだ。障害があるようにも見えない。
 職員の女が「こんにちは」と声をかけてきたので、俺は「こんにちは」と返した。
 部屋が静寂に包まれる。職員の女たちがみんな驚いた顔をしていた。
「今、なんと?」
「何って……挨拶をしただけだが?」
 まさか初めてのなろう台詞がこのようなシチュエーションによるものとは思っていなかったが、俺はいよいよわけがわからなくなった。
「すみません、ここは何の施設なのですか?」
 俺は施設長のデカいケツを見ながら問いかけた。
「おや、知らなかったのか」
 施設長はちょっと驚いていたようだが、すぐに気を取り直した。
「ここは、魔力に障害がある人たちの収容施設だよ。普通、魔力を乗せた声で意思疎通をするから、魔力がないと相手に自分の言葉が伝わらないんだ。だけど君は魔力がないのに私たちと意思疎通ができるんだね」
 俺は思わず、リハビリ中の男を見た。「助けてくれ、尊厳をくれ」と言っているのが分かる。が、職員たちには通じていないらしい。職員は「暴れないでねぇ」と甘い声を出しながら、暴れそうな男を手際よく拘束している。
「ささ、せめて魔力が使えなくても一般的な暮らしができるよう、リハビリを頑張ろうね」
「キングくん、頑張りましょうね」
 ピンク髪ツインテールの女が、俺ににっこりとほほ笑んだ。
 俺は神を呪った。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)