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【長編小説】ノアと冬が来ない町 第九話 町の真実


 階段を下りていく。
 先頭のラスターが迷わず進んでいくので、シノは少し不安になった。あまりにも慣れている。まるで一度ここに来たことがあるのではないか、と思ってしまうくらいに。
「ねぇ、ラスター。こっちで――」
 あってるの、と尋ねようとしたシノに対し、ラスターは口元に指をあてる。静かに、という意味だ。そして、ごく自然な動きでシノの耳元に唇を添えて、囁く。
「音が響く。できるだけ静かに」
 シノは頷いた。いつもだったら距離が近い、とか言って冷たくあしらっているのだが今はそんなことを言っている場合ではない。
 階段が終わって、長い廊下が続く。ときどき部屋らしきものがあるが、ラスターはそれに目もくれない。突き当りを右に行くとまた下へ向かう階段がある。
 足が、止まる。
 ラスターが唇を動かす。声こそ聞こえなかったが、何と言っているかは分かった。
(だれかが、たたかっている)
 ノアが奥を覗く。
 申し訳程度の明かりがぽつぽつと続く中では、その先の景色は見えない。
 ノアは(どんなおと?)と唇を動かした。ラスターがジェスチャーをする。
 右手で、左の掌を殴る。ノアは少し小刻みに頷いてから、言った。
(すけたちにいこう)
 そして、先陣を切って階段を降り始めた。
「行くか、シノちゃん」
「喋っていいの?」
「……あんな派手に階段を下りてたら、足音が聞こえるだろうよ」
 なるほど、とシノは思った。ラスターに続いて階段を駆け下りると、剣の打ち合いの音が聞こえてきた。ノアが既に交戦している可能性が高い。奥が明るくなっている。どうやら大部屋になっているようだ。
「!」
 部屋に入った途端、シノは顔面を殴られそうになった。あまり見たことのない衣装の男がこちらに拳を突き付けてきたのだ。胸には例のバッジがある。間違いなく町長の私兵だろう。シノはどこからともなく薙刀を取り出して、お返しと言わんばかりに男の首を刎ねた。が、男はその一撃を気にするそぶりもなく攻撃を続けてくる。
 無防備な体に、男の一撃が食い込もうとしたその時だった。
「シノ!」
 がん、と強い衝撃音とともに、その攻撃が阻まれる。氷の壁に守られたシノは、術の主を探した。
「大丈夫か?」
「え、ええ。なんとか……」
「あいつら中身が弱いんだ。ナイフとか武器とかを刺してやって、そこから魔力を注ぐとあっさり倒せる」
 やたら早口のヒョウガがどうしてここにいるのか分からないが、今はそのようなことを言っている場合ではない。見るとノアもヒョウガの言っていた方法で私兵を倒している。……ラスターは魔力を持っていないので、無力化した私兵をノアの方に投げてとどめを刺してもらっていたが(普段ならフォンに頼っているところ、この部屋は例の魔力の濃度がやや高い。フォンは外に出られないようだ)。
「これで、最後!」
 ノアの声が響く。
 七人ほどいた私兵たちは、みんな細かく砕けて死んだ。ところどころに小さな光が落ちているのは例のバッジのせいだろう。シノはふう、と息をついて長刀をしまった。
「それで、どうしてあなたがここにいるの?」
 シノはヒョウガの方を見た。ヒョウガはすねた子供のような口調で、シノの問いに答えた。
「……霊山を下りようとしたら、ヘンな結界に阻まれた」
「結界?」
 ラスターが疑問を投げる。ノアが「日輪島の方では、障壁魔術のことを結界というんだよ」と補足を投げた。
「それで気を失って、目が覚めたらここにいたんだ。実際にはここのフロアより下にある檻に閉じ込められたんだけど、脱出した」
「どうやって?」
「檻の隙間に氷を作って、そこからぐいっと……」
 おおー、とラスターが感心する。鉄格子の間に氷を形成し、その圧力を利用して体が入るくらいの隙間をこじ開けたということだ。普通の氷では氷の方が砕けるところ、彼の生成する氷は魔力の影響で鉄よりも固いものができる。地下空間の魔力濃度は町より低いとはいえ、ヒョウガの体質を考えると相当つらい環境であることに変わりはない。相当頑張ったといえる。
「コガラシマルは?」
「分からない。オレと一緒に捕まったと思うんだけど……どうしよう」
 不安げなヒョウガの頭を、ノアがよしよしと撫でる。
「もしもコガラシマルが死んでいたとしたら、ヒョウガくんの魔力は消えているはずだ。精霊族と契約した者は、精霊族が死んでしまったときに魔力を完全に失うから」
 確かに、という顔をシノがしたのもあって、ヒョウガは少し落ち着いたようだった。
「心配ならシノちゃんに死者の世界でも見てきてもらうか?」
 ラスターがそう言うと、シノは「おあいにく様」と返した。
「精霊族は死んでも死者の世界に行かないわ。自然に還るの。もしも死者の世界を覗けるのなら、あたしはその方法でアカツキの生死を確認してるわよ」
「ともかく、下に降りていこう。ラスター、先頭をお願いできる?」
「オッケー。ここまできて嫌なんて言うわけないだろ」
 ラスターは地図を見て、近くの階段を降り始めた。シノとヒョウガ、ノアも後に続く。似たような階段だ。申し訳程度の明かりがぽつぽつとある以外は、何の変哲もない階段。時々部屋らしき場所にでるが、大抵荷物置き場かなにかになっているだけだった。ラスターが中身を漁ったが「腐ったジャガイモ」「あんま見ない方がいいな」といった感じで、あまり成果はなかった。シノがのぞき込もうとしたときに上手く興味を誘導していたので、もしかしたら小屋の中にあったものに近しい何かも紛れていたかもしれない。
「なぁ、ノア」
 途中、座る場所がある大部屋での休憩で、ヒョウガが口を開いた。
「あの変なやつら、いったい何なんだ? コガラシマルが胴体真っ二つにしたときも中身がなかったっていうし、頭落としてもすぐくっつくし……」
「……分からない。性質としてはゴーレムに近いけれど、やってることは人間なんだよね。喋ったり、考えたり……」
「ごーれむ?」
 ヒョウガが首をかしげる。
「魔術で動く人形のことだよ。大昔は岩や石をそのままつけて人間の形にしていたみたいだけど、今はもっと人間に近い形で動いていることが多いかな。基本的に魔術師の命令通りのことしかできないし、考えることもできない。例えば、戦闘をさせるとなったらどういう条件の時に回避をするとか、攻撃を受け止めるとか、そういったものを全部術式に組み込む必要がある」
「へぇー、大変だな。アマテラスにもカラクリっていう人形があるけど、多少人の操作が必要だからゴーレムとはちょっと違うかも」
「ゴーレムの対処法は二つ。どうにもならないくらいに粉々にしてしまうか、術式を発動しない状態に持っていくか」
「なるほどな。ゴーレムの理屈で動く私兵の体の中に魔力を注げば、術者の魔力の循環が上手くいかなくなってバラバラになる。これがゴーレムの対処そのものに近いってことだな」
「あの兵たちはかなり強固な術式で動いているようなものだから、粉々にするのは現実味がないかもしれない。それこそミキサーに入れてぐっちゃぐちゃに潰すとかしないと」
 ノアの言葉に、シノとヒョウガが顔を見合わせる。
「ノアってさ、たまに涼しい顔してすげー過激なこと言うよな」
 ラスターはそう言って、笑った。
「出発するか」
 ラスターは地図を示して、魔力炉のすぐ近くの部屋を示した。
「俺たちは今、ここにいる」
 シノが即座に立ち上がる。ラスターは落ち着くよう彼女に告げて、下へ続く階段を降り始めた。やはり味気ない階段だ。他と違うのは、部屋に続く扉が固く閉ざされているということだろう。
「こういうのはたいてい鍵が必要だ。そういったものは入り口近くに隠されていることが多い」
 ラスターが取り出したのは、町長の庭の茂みで拾った指輪だった。よくみると扉に指輪の宝石と同じ形のくぼみがある。
 指輪を差し込むと、がちゃんと音がした。やたら重い扉を開くと、地図の通り魔力炉が見えた。やたら雑に取り付けられた機械の奥には、人が一人入る程度のカプセルがある。中には人が眠っている。
「…………」
 写真を見ているのでラスターにもわかる。燃えるような朱色の髪、閉じられた目の色は分からないが、右の頬に赤いペイント……。
「アカツキ……」
 部屋に入ってきたシノが、ぽつりと彼の名を呟く。返事はない。彼は一人、カプセルの中で眠り続けている……。


 私兵の一人が、町長の目の前で膝をつき、敬意を表した。そうしてから、彼は顔を上げずにこう告げた。
「報告です。ナボッケ霊山に不法侵入した精霊族と子供を捕えました。それぞれ別の地下牢に置いてあります」
「そうか。ご苦労だった」
「もうひとつ、ご報告があります。地下に侵入した不届き者がいます。すでに同胞がやられています」
 ナボッケ町長は、豪勢な椅子の上でゆっくりと息を吐いた。
 元々何もない町だった。街道沿いにあるとはいえ、村に毛が生えた程度の町。魅力もなにもない集落。町の人々はみんな、つまらない農業をして生計を立てていた。父親の跡を継いでここの町長になったとき、町民を「憐れ」だと思った。友人とともにつまらない毎日を過ごしていたのが、遠い過去のように思える。
 ……地下に巨大な魔力炉があると聞いた時、心が躍らなかったわけがない。ここに魔力の源を入れてしまえば、町全体にその魔力がいきわたる。
 ここの町人は自分を含め大半がアンヒュームだ。生まれつき魔力を持たない人間。魔術の知識はなかったが、魔力炉の存在を教えてくれた旅人が上手くフォローしてくれた。彼を町長に推そうとしたが、政治の知識がないという理由で断られてしまった。副町長という役職を作って、なんとか首を縦に振ってもらうことができたが。
 更に幸運は続いた。ちょうど通りかかった奴隷商人が、アマテラスから密輸した精霊族を格安で譲ってくれたのだ。図体のでかい男だった。美しい男やガタイがいい男には男娼や奴隷兵としての需要があるが、この精霊族にはそういった需要がないのだという。運ぶのは容易であった。安全装置である首輪を外しても起きる気配がないそいつを魔力炉にねじ込み、あとは稼働させるだけ。
 その熱はナボッケの町を温めた。温めすぎて暑いくらいだったが、魔力の影響で作物が程よく育つ。たちまちナボッケの町は繁盛した。まさか精霊族を閉じ込めた魔力炉を使っているなんて誰にも気づかれない。何人かは町を出ていったが、それでも有り余るくらいの移住者がやってきた。大半がアンヒュームだった。
 ――その魔力炉を、救世主を狙った、侵入者。
 町長は席を立った。そして、壁に飾ってあった剣を手に取った。
「侵入者は殺せ。一人も逃すな。これはナボッケの町を守るためのものだ。魔力炉に手を出されたらこの町は終わるということを肝に銘じろ。欠けた人員は今補充・・してやる」
「はっ!」
 私兵は返事をすると、きびきびとした動きでその場を後にした。
 町長はそのまま、奥の部屋に行く。ここは来訪者からは見えない位置に入り口があるので、隠し事にはちょうどいい。
 部屋にはゴーレム生成に関する書物の他、鍋や肉の塊があった。精霊族の肉の他、人の死体もある。町人の死体もあれば、闇業者から買い取った死体もある。このために、町長は定期的に毒殺死体の調達を闇業者に頼んでいた。
「…………」
 精霊族の肉をすり潰し、ナボッケの町の魔力を注ぐ。鍋にそれを入れたのち、水を加えてしばし煮る。その間に町人の死体の腹を開き、内臓をすべて取り除く。鍋からごぽごぽという音が聞こえてきたら、それをそのまま内臓のあった場所に注ぎ、傷を縫う。
 これも、彼から教わった魔術だ。魔力を持たぬ者にも使えるようアレンジを加えてくれた。
 禁呪が書かれた紙をつつくと、死体の目元が動く、瞼が開かれた。
「行け」
 町長がバッジを手渡しながら命じると、死体だったものは返事をして、そのバッジを受け取った。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)