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【短編小説】持つ者、持たざる者

 魔術学校には公営のものの他に、私設の魔術学校がある。諸事情で学校に行けなかった人や改めて勉強にいそしみたい人向けのものだったが、だんだん魔力を持たずとも魔術を学びたい者もやってくるようになった。一部の魔術師はそれをえらく嫌っており、時折幼稚な行動で学校運営の妨害をしてくることがあった。
「これはまたずいぶんと暇な警備任務だなぁ」
「警備任務は暇なのが一番いいでしょ」
 ラスターとノアの会話は声を使わずに行われている。ラスターと行動を共にする影の魔物・フォンが間に立って二人の意識に直接相手の言葉を流し込んでいるからだ。
 扉の向こうでは面接試験が行われている。口述試験の後に志望動機や将来の夢などを訪ねているようだ。時々心理テストのような問題が聞こえてくるが、そのたびにラスターがまじめに答えるのが面白かった。
「あなたは森を歩いていましたが、迷ってしまいました。するとそこに、ある動物が現れて正しい道を案内してくれました。いったいどのような動物でしょうか?」
「俺は森に迷うようなミスはしない」
 ラスターの答えがノアに届いてから少しして、受験生が「ラッキー……私の飼い犬です。彼女なら私のことを導いてくれると思ったからです」という答えを述べるのが聞こえてきた。
 時計の針が静かに回っている。もうじき最後の受験生だろう。
「何事も起こらなそうだね」
「そうだといいけどなぁ」
 ラスターは窓に視線を置いて、こんなことをのたまった。
「油断した頃になってやべーのが来たりするだろ」
「それもそうだけど、私設魔術学校の面接にそんな人が来るかなぁ」
 教室の扉が開いて、受験生が退室した。ノアとラスターにぺこりと頭を下げた彼女は、やや足早に去っていった。緊張しているのが分かった。
「次の方、どうぞ」
「失礼します」
 きびきびとした声が聞こえてくる。名前と年齢を聞いた後、早速口述試験に移っていった。
「Aさんは水槽に水を溜めるため、水の魔術を使うことにしました。しかしAさんは水の魔力を持っていません。水の魔力を使わずに水を溜めるにはどうすればよいですか」
「……どうするの?」
「擬似魔力の錬成問題だね。風と火の魔力を八対二で織り交ぜて、光の基礎術式を発動させながらゆっくりと反応を待つんだ」
 少し遅れて、ノアの説明とは違う内容の答えが教室から聞こえてきた。
「……あってる?」
「間違ってるね」
「基礎だったりする?」
「内容自体は簡単だけど、あまり現実的ではない設定かな。正直水の魔力を持つ人を引っ張ってくる方が早い。俺だったらそうする」
「そうするも何も、あんたはすべての魔力を扱えるようなもんだろ」
「だから、ラスターも水槽に水を溜めたいときは俺を呼んでね」
 ラスターは「呼ばない呼ばない」とジェスチャーをした。ノアは唇をわずかに動かして笑った。
「カルロス・ヴィダルが発見した魔術定理は全部でいくつありますか」
「百二十八」
 ノアの即答に、ラスターはちょっと笑いをこらえた。受験生は「百三十」と答えていた。
「何の科目?」
「現代魔術史だと思う」
 その他、簡単な計算問題や有名な詩の問題が並び、口述試験は終わった。続いて面接試験に移っていく。
「それでは改めて、一分ほどで自己PRをお願いします」
「はい、私は――」
 名前は聞き取れなかったが、はきはきとした受け答えは面接官にも好印象だろう。ノアは「この子、合格できるかな」と言い、ラスターは「ペーパーの結果が良けりゃ可能性はある」と言った。そのときだった。
「私はルーツですが――」
 ノアとラスターが同時に顔を見合わせた。
 ルーツ。原初の魔女から授かったはずの魔力を持たない人間のことを指す言葉で、ややポジティブなニュアンスがある。残念なことに世に浸透しているのは「魔女から愛されなかった」という侮蔑のニュアンスを持つ「アンヒューム」という呼称なのだが。
 魔力がない人間が魔術学校を受験するというのは珍しい話である。魔術師社会の中でルーツはいつも迫害の対象だった。それに魔術を学んだとしても魔力を持たないルーツにはそれを扱うことができない。
「珍しいな」
 ラスターがそう言った。ノアは頷いた。
「ルーツであるあなたが、魔術学校で魔術を学ぼうと思った理由を教えてください」
 面接官もそこが気になったのだろう。「ルーツであるあなたが」というパートがなければ、ありふれた志望動機の質問である。一体彼女はどんな理由で魔術を学ぼうと決心したのか、ノアもラスターも気になった。ラスターに関しては人目がないのをいいことに、壁に耳を当てて余すことなく彼女の言葉を聞こうとしている。
 しかし、ラスターの行動は全く意味がなかった。少し離れたところで普通に音声を聞いていたノアですら、彼女の言葉を聞き取ることができたのだから。
「ルーツは魔術を学んではいけないのですか!?」
 一触即発という言葉はこのために存在するのではなかろうか。突然の怒声にラスターは思わず仰け反った。
「魔術師もルーツも同じ人間です、教育の機会は平等にあるべきです! 私がルーツだからといって魔術を勉強してはならない理由がありますか!?」
 殴られ続けて育った子供が、頭をなでようとしてきた大人に敵意を示すのに似ている。ラスターが「止めるか?」とノアに尋ねた。その間にも、感情的になっている受験生が延々と叫んでいる。
 ノアは魔力を凝縮した台を作って、欄間の窓から中を覗いた。ラスターがそれを見つめている。教室の中は面接用に机の配置を変えられており、怒りに震える女子受験生が延々と呪詛を吐いている。面接官の一人がこちらに気がついて、大丈夫だとジェスチャーを送った。
「落ち着いてください。魔力がないのに魔術を学んで何の意味があるのか、という意味で聞いたわけでは――」
「絵心のない人も美術をやるし、音痴も音楽を学ぶのに、ルーツが魔術を学ぶのがどうしておかしいのですか!」
 ――話が通じない。
「そうですね。あなたの言う通りです。大変申し訳ございません」
 面接官がさじを投げた。ノアは台から下りて、魔力の箱を消滅させた。
「どうだった?」
「もうじき終わるよ」
 ノアが答えるのと同時に、教室の扉が勢いよく開かれた。
 女子生徒はこちらを向くことなく、怒り任せに廊下を突進して帰っていった。
「学校も大変だな」
 フォンに頼らず、ラスターは自分の意志を声に出した。
「あの学生を落としたら、騒ぎになるだろうなぁ。『魔力無しアンヒュームを理由に落とされた』って」
「あのレベルの口述試験をまともに答えられないようじゃ、魔術師でも落とされると思うよ」
「テストの成績はいいかもしれないぞ」
 どうだろうね、とノアは肩をすくめた。
 少しして、教室から面接担当の教師が二人姿を現した。ノアが「お疲れ様です」と少し同情した口調で声をかけると、眼鏡の教師が「ありがとうございます」と言った。泣きそうな声だった。
「彼、初めての面接官だったんですよ」
 ひょうきんな印象を受ける中年の教師が、つやつやと輝く禿げ頭を搔きながら言った。
「ひとまず、皆さんに怪我がなくてよかった」
 ノアがほっとした声で言うと、教師たちは深々と頭を下げた。

 ノアの隣を歩くラスターが熱心にパンフレットを読んでいる。
「ラモトーネ魔術学校」と大きく印刷されたそれは、先ほどノアたちが警備任務をしていた学校の名前だ。
「ここ、魔力無しアンヒュームも基本的には歓迎しているんだな」
「私設の魔術学校は基本的にそうだね。普通の魔術師なら一般的な公営の魔術学校に行くから」
「来年から方針変わったらどうするんだろうな?」
 ラスターがやたら神妙な顔でそんなことを言った。
「大丈夫だよ。ルーツの人がみんなああいう感じじゃないんだから」
「でも、声のでかくて迷惑な奴が一番目立つだろ」
「……随分と不安そうだね」
 ノアが目をぱちくりさせた。ラスターは何かをごまかそうとする顔をして、手をひらひらと振った。
「地区の連中の顔が脳裏に浮かんできてさぁ、ああいうのが原因であいつらも苦労してるんだろうなと思うと」
「……難しいね」
「難しいな」
 ラスターがパンフレットのページをめくると、ラモトーネ魔術学校の卒業生のインタビューが掲載されていた。彼はルーツでありながらも優秀な成績で卒業し、魔道具開発の会社に就職したようだ。

 ――ルーツの人たちは、長い間苦しい思いをしていたので、つい攻撃的になってしまうことがあります。でも、僕は魔力がないことを卑屈に捉えたくなかった。魔術師の人たちがどうしてルーツを恐れるのか、魔術を学べばそれが分かると思ったのです。

 その一文が、ラスターには眩しく見えた。面接会場を飛び出した女も、魔力無しアンヒュームであることを相棒ノアに隠し続けているラスターも、この卒業生が持っているものを共通して持っていないように思える。何を食えば、何を見れば、何を聞けばここまで明るく自分を「魔力無しルーツ」と言えるのだろうか。
 思わず足を止めてパンフレットに読み入るラスターのことを、ノアはのんびりと待っていた。その気配を肩に感じるラスターは、帰ったらこのパンフレットを即座に捨ててしまおうと考えていた。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)