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【短編小説】「あほくさ」

 ユーチューバーN氏の新着動画「新しいメンバーが増えました!」を見たとき、ケイコは特に何も思わなかった。ずいぶんと愛嬌のいいトイプードルが、「これ、なーに?」といった様子でカメラにじゃれている。見切れているN氏が「みなさまにも見えています通り、あたらしい家族が増えました! トイプードルのモカちゃんです!」と懸命に声を張り上げるのが聞こえてくる。
「ペットショップでかわいい子がいたので、もう即断即決でした。店員さんに道具とか注意事項とかいろいろ聞きまして、これからモカの様子も上げていけたらなぁと思います!」
 まぁ、よくある話だ。再生数稼ぎだと陰口を叩くやつもいるが、別に飼い主としての責任をきちんと果たせるのであれば、その目的が再生数稼ぎであろうがなかろうがどうだっていいとケイコは思う。モカはしっぽを振って嬉しそうにしているが、N氏になついているというよりは新しい環境に好奇心がくすぐられているかのような振る舞いであった。
 だから後日、ニュースサイトでN氏の炎上を知ったときケイコは本当に驚いたのだ。
 炎上の理由は「ペットショップで犬を購入したから」だった。コメント欄を見ると「影響力考えろよ」「ペットショップ????ハァ?????馬鹿じゃねぇの」等さんざん言われていた。N氏はTwitterで「モカについて様々なご意見を頂いております。モカは偶然見かけた犬でした。私にとって一目ぼれだったんです。保護犬のことも考えなかったわけではないのですが、ペットの飼育に不慣れですのでショップを使った方がいいのかなと思いました。保護犬でもそうでなくても、大事に育てていきたいと思います」と弁解をしたが、炎上下では何を言っても火に油である。
「保護犬が飼いづらいみたいな言い方が信じられない」「保護犬ネガキャン」「お前みたいなやつが犬を飼うな」「保護犬が初心者に不向きっていうのがまず思い込み。ちゃんとトライアルもあるし、明らかに初心者お断りの犬はスタッフ側からNOが出る」……と、燃える燃える。
 ケイコはそこまで考えていない。「ああ、N氏は犬を飼い始めたのか。かわいいなぁ」くらいの認識でいたので「ペットショップで犬を購入する」だけでここまで騒ぎになる方がおかしいと思った。
 そんな中でも、N氏は他の動画をちょくちょく投稿し、モカが乱入してくるサービスシーンなんかもあった。が、燃えてしまえば謝罪動画が出てくるのは時間の問題。案の定、真っ黒い背景に白い文字で「お知らせ」と書かれたサムネの動画が出てくるのに時間はそうかからなかった。
 あーあ、かわいそうに。とケイコは思う。一般人がペットショップで大枚はたいて犬猫を買うのと、有名人がペットショップで大枚はたいて犬猫を買うのとではそんなに違うのか。そんな疑問を抱いたところで表には出せない。正義気取りの連中のサンドバッグになる予定はないので……。
「みなさんのアドバイスを受けて、動画をいくつか削除しました」
 少し疲れているように見えるN氏の動画に、ケイコは恐怖を覚えた。先日の動画――モカを迎えたという動画では確かに存在したペットグッズがひとつ残らず消えている。場所を移動させただけなのかと思ったケイコはコメント欄を見た。それと同時に耳に密着したイヤホンから嫌な声が聞こえた。
「お前みたいなやつが犬を飼うな。犬がかわいそうすぎる、というご意見が大変多かったので、モカは親戚のところに連れて行きました。今後ともNチャンネルをよろしくおねがいします」
 コメント欄は当然大荒れだった。N氏を攻撃するコメントだけではなく、リスナー同士での殴り合いも勃発している。
「保護犬厨よかったな! 大勝利だぞ^^」
「あの炎上コメント全般の意図を『トイプーを捨てろ』って意味で読み取ったとしたら国語力終わってる」
「でも実際、『犬を飼うな』コメント多かっただろ」
「誰 が 実 際 に 捨 て ろ と 言 っ た」
「実際に捨てると思わなかったから『犬を飼うな』って無責任に言ってたんですか!?」
「親戚に引き取ってもらったんならまだいいかなぁ。折衷案って感じがする」
「正気?」
「N氏:店で犬飼いました!
アンチ:保護犬のこと考えないお前は犬飼うべきじゃない
N氏:すみませんでした。犬は捨てました
うーんこの」
「この騒動の一番の被害者はトイプーのモカちゃん」

 N氏の声が聞こえる。親戚は元々犬を飼っていたが、その犬が先月虹の橋を渡っていたらしい。新しい子をお迎えしたいと言っていたところだったので、モカにとっても悪くない話だなと思って打診した。
「ちょっと怒られたし、N氏ちゃんは悪くないと言ってくれたけれど、もう決めたことです」
 ケイコはコメント欄をスクロールし続けた。

「これでお前ら手叩いて喜べるの?」
「ペットショップで買いました、の事後報告に対して叩いたのが間違い。これが犬を飼い始める前であれば保護犬を視野に入れてほしいとかいろいろN氏にアドバイスできたけど、もう既にお迎えしたのに方法に文句言ったって仕方ないでしょ。結論:モカが不幸になったのはアンチのせい」
「N氏が犬捨てたことに対して文句言っていいのはN氏叩かなかった奴だけ。N氏叩いてたやつもトイプー捨ての戦犯」
「犬を二匹飼っています。片方はペットショップで、もう片方は譲渡会で出会いました。どちらもかわいい家族です。ペットショップの問題点は確かにそのとおりで、動物たちのことを考えればできれば譲渡会や里親募集で保護されているコを迎え入れる方が動物たちにとっては優しいです(ペットショップで迎えたとしても、迎えた子は幸せになるかもしれませんが、その子がいたケージに別の不幸な子が入るだけですので・・・)
でも、だからといってモカちゃんを捨てるのは間違いだと思います。今からでも間に合うと思うので、モカちゃんを連れ戻してきてください。お願いです」
「この動画見てN氏のこと応援できなくなった。なんでモカ捨てたの?」
「まぁでも親戚のところにいるって話だからセーフ(震え声」

 動画からはエンディング曲が流れてきている。それはほどなくして広告動画に切り替わった。声の調子からするとシャンプーか何かを紹介する漫画動画だろう。

「N氏にこれを言うのは酷かもしれないが、アンチに負けずにモカちゃんと一緒に過ごしてほしかった。あの動画で嬉しそうに部屋を歩いていたモカちゃんが保護犬かそうじゃないかなんて関係ない。N氏にこのような決断をさせてしまったのは間違いなくたたいた連中のせい。でもだからといってモカちゃんを親戚に譲渡してもよい理由にはならない」
「安心しろよ。N氏はもう動物を飼うことはないから。仮に保護犬や保護猫をもらってきたとしてもこの騒動を引っ張り出されてボロクソ叩かれるのが目に見えてる」

 ケイコは動画を閉じた。そして呟いた。
「あほくさ」

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)