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【超短編小説】いつもみてるよ

「なぁ、お前大丈夫か?」
 夜十時三十二分。友人から電話がかかってきた。推しのVtuberの放送中は電話に出ないと言っているのだが、今回ばかりは理由が推察できるので素直に電話を取ったのだ。佐々木ささきたけるの推しVtuber、水上みなかみみなの生放送は炎上していた。ゲーム実況中に男の声が混ざったからだ。水上は「おにいちゃんだよー」とごまかしたのだが、もしも妹のことを「ただいまぁ、みぃなたんあいしてるよぉ」と甘い声で呼ぶような兄がいたらそれはそれで問題だろう。
「大丈夫、って炎上のことか?」
「それ以外何があるんだよ。お前、水上みなガチ勢だろ」
 尊は視線をゲーム実況配信動画から部屋の壁へと移した。水上みなのポスターが大量に貼られている。棚にはフィギュアやアクリルグッズ、無限回収中の缶バッジが規則正しく並べられたケースがキレイにディスプレイされていた。
「水上みなに男の影があったから取り乱してるのかと思って電話したんだ」
「いやぁ、本当のファンなら取り乱さないよ」
 尊はケラケラと笑った。
「気持ちはわかるけどな。みなちゃんは俺たちファンのことを第一に考えるスタンスでの活動だったから」
「そこに男がいたんじゃなぁ」
 尊は再び動画に視線を戻した。「説明してよみなちゃん」から始まるお気持ち赤スパが、コメント欄をすさまじい速さで流れていく。
「ていうか、俺は正直みなちゃんに彼氏がいること知ってた」
 尊の爆弾発言に、友人は本当に驚いたらしい。ゴトンという鈍い音に尊は思わず耳元からスマートフォンを離す。友人がスマホを落としてしまったのだ。
 ゆっくりとスピーカーに耳を近づけると、「ごめんごめん」という声が聞こえた。尊は「大丈夫」と答えた。
「で、なんで彼氏がいるってわかったんだ?」
「ん? そりゃ、いつも見てるから……」
「そうじゃなくて、具体的に」
「声の感じとか……」
 へぇ、と納得した友人の声がする。尊は続けた。
「トークで急に兄の話を執拗に始めたときとか……」
「さすがガチ勢だなぁ」
「でも決定的だったのは、みなちゃんのアパートに男が入っていくのを見たときかな」
「なるほど、そりゃあそうなる……って、うん?」
 尊は、ケラケラと笑いながら、水上みなの配信にスパチャを投げた。

 ――いつもみてるよ。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)