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【短編小説】新人教育の依頼 #3

 こちらの続きです。


「あの森は穏やかなものだよ、ゴブリンが住処に選ぶくらいだからね」
「魔物以外に危険な生き物はいないかな」
「時々あの森で狩りをするの、イノシシやシカを罠にかけるのよ。でも、最近罠ごと持っていって逃げる個体がいるのよね」
 順調に進む聞き込みは筋書き通りの展開である。シルヴィアとエイベルの顔つきがどんどん自信に満ちあふれる一方、ステファニーは淡々とメモを残していた。
「よし、それじゃあ森に行くわよ!」
「おー!」
「ちょっと待って」
 ノアが乗り気の二人に水を差す。
「森に何をしに行くの?」
「ゴブリン退治よ」
 何を当たり前のことを、と言わんばかりのシルヴィアに、エイベルはうんうんと頷く。
「ゴブリンはどこに居るの?」
「森の中でしょ、みんなそう言ってたじゃない」
「それはそうなんだけど、森のどこに居るの?」
 黙り込むシルヴィアに対し、ステファニーが代わりに声を上げた。
「多分、洞窟の中にいると思います……。ゴブリンの生態を考えればそうかな、と……」
「そうよ、そう言いたかったの! ステファニー、余計なことしないで!」
 野鳥が空を飛んだ。何かから逃げるようにして、大空の奥へと羽ばたいていく。
 ラスターはため息を無理矢理飲み込みながら「隊列は――」と言いかけて、やめた。ノアが不思議そうな顔をして、代わりに仕切り始める。
「隊列は、先頭にエイベル。その後ろにステファニー」
「え!? シルヴィアじゃないのか!?」
「シルヴィアは最後尾だね。基本的にリーダーは隊列の前か後ろに居た方がいい。後衛職なら尚更だ、前線に立つメリットがない」
 一気に不機嫌になるエイベルを見て、ラスターは「ギルドじゃなくて幼稚園にぶち込んだ方がいいのでは」と思った。が、これを言ってしまったら依頼どころではなくなるので、黙っておいた。
「どのみち先頭にはラスターをつけるから、大丈夫。最後尾には俺がつく」
 ノアがラスターを見た。ラスターは指でオーケーサインを作った。
「それじゃあ、森に行こうか」
 穏やかな森だった。本当ならこんなに警戒した動きをする必要は無いのだが、あくまで新人研修なので動きの練習をさせる。
「この森の危険性は?」
 ノアの問いに答えるのは、もうステファニーしかいなかった。
「罠がかけられているかもしれません」
「イノシシ用でしょ」
「人が踏んでも、発動します……」
 ふん、とシルヴィアは鼻を鳴らす。エイベルはシルヴィアとお喋りがしたくてたまらないらしい。ソワソワとして落ち着かない。
「ねぇ、エイベルくん」
 そんな彼に、ラスターが話しかける。エイベルは「なんすか」と怠そうにラスターを見た。返事はなかった。
「だらだらと歩いてここまで来たけど、もう行き止まりみたいだぞ」
「え」
 足音が止まる。
 目の前には切り立った崖。近くには薬草の群生地があった。ここまで一本道になっていたのは、この薬草目当ての人々が頻繁に通行するかららしい。
「ゴブリンの巣、ないじゃない。戻りましょ」
 シルヴィアが口を尖らせる。エイベルは「そうだな!」と言って、元来た道を戻ろうとして振り向いた。そのとき――彼の目はもう一つの道を捉えていた。
「あ! ここ!」
 斧を使い、派手に草木を切り開いたエイベルは獣道の発見に喜んでいるようだった。これにはノアも素直に感心した。
「ほら、通れる!」
 浮かれているエイベルが獣道に足を踏み入れようとしたその瞬間、ラスターが思いっきり彼のベルトを掴み、がむしゃらに引いた。
「んぐぇっ!?」
 変な声を上げ、尻餅をついたエイベルは「なにするんだよ!」とラスターを怒鳴ったが、怒鳴られたラスターは全く気にする素振りを見せず、エイベルが踏み込もうとした道に近づく。
 不自然に重ねられた草の下から、鋼鉄の歯が姿を現した。
「俺があんたのベルトを引っ張っていなかったら、今頃コイツがあんたの足に噛みついてたぞ」
 大きさを考えると、おそらくイノシシ用のトラバサミだろう。しかし、普通こんなところに罠は仕掛けない。もっと森の奥の方、それこそ、普通の人が絶対に通らないところに仕掛けるはずだ。
「多分、結構賢いゴブリンがいる。仕掛けられていたイノシシ用の罠を、勝手にこっちに持って来てるんだ」
 シルヴィアが眉をひそめた。
「村人は気づかないの?」
「罠ごと持っていって逃げるイノシシがいるって言ってただろ、おそらくそれのことだ」
 トラバサミを解除したラスターは、青ざめるエイベルの肩を叩いた。
「大丈夫だって、俺がキチンと見てやるから。後ろの姉ちゃんたちにいいとこ見せたいだろ?」
 そう言ってやると、エイベルはシャキッとした。こういう輩は扱いやすい。
 獣道に入ると、罠が所々に仕掛けられていた。今回のゴブリンはちょっと新人には厳しいかもしれない、とノアは思った。
 巣窟に近づいている緊張感を三人は感じ取っているのだろう。静かに道を歩いていたが、ふと先頭の動きが止まった。
 ゴブリンが住み着いた洞窟の入口が見えたのはいい。しかし、見張りのゴブリンがいるのは想定していなかったようだ。
「どうしよう?」
 エイベルが振り向く。見張りのゴブリンは、一匹。暇そうに、欠伸をしていた。
 シルヴィアが魔術書を取り出す。ぱらぱらと使えそうな呪文を探し、「任せて!」と高らかに宣言する口を、ノアは慌てて防いだ。
「静かに。気づかれるから」
 惚れた女がそんな扱いをされていても、エイベルは随分と冷静だった。ラスターは彼の耳元でそっと囁いた。
「あんた、弓が使えたよな?」
 エイベルの目が白黒したが、ラスターの問いの意味を理解すること自体はできたらしい。「え、あ、一応……」とやや心許ない返事をした彼に、ラスターは続けて問いかけた。
「あのゴブリン、撃てる?」
「や、やってみる……」
 弓を取り出し、そっと矢をつがえる。緊張から来る震えが狙いを僅かに狂わせている。ラスターは愛用の投擲用ナイフを取り出した。
 同時に、エイベルの矢が見張りのゴブリンを貫いた。
「あ、……!」
 弓矢をそこそこ扱っているエイベルは、矢がゴブリンの急所を捉えなかったことに気づいたらしい。しかし、襲撃に応援を呼ぼうとしたゴブリンの声は届かない。ラスターがサポートに投げた投擲用ナイフがゴブリンの喉笛を貫いていたからだ。
「心臓よりも喉。万が一仕留めそこなっても応援を呼ばれずに済むことがある」
 必要事項を伝えたラスターはさっと物陰から飛び出して、ゴブリンにとどめを刺した。エイベルが慌ててついてくるが、ラスターの仕事が速すぎたので彼の出番はなかった。
「エイベル、大丈夫?」
 物陰から真っ先に駆け寄ってきたノアに、エイベルは申し訳なさそうな顔をした。
「どうしたの?」
「外したから……」
「大丈夫。外した時点で仲間がサポートする」
「ちょっと、人の口を塞ぐなんて……!」
 文句を百発言っても言い足りないと言わんばかりのシルヴィアが噛みつくが、ノアは静かに、と短く告げた。
「洞窟の中に音が下りる。折角綺麗に見張りを倒せたのに勿体ないよ」
 ラスターが入口から洞窟内の様子を窺う。幸い、中のゴブリンは気づいていないようだった。
「それじゃあ、迅速に行こうか。エイベル、行こう」
「あ……」
 何か言いたげなシルヴィアを置いて、エイベルはノアと共に先に行ってしまった。
「ほら、俺たちも続くぞ」
 ステファニーとラスターが急かすと、シルヴィアは不機嫌そうな振る舞いで洞窟に足を踏み入れた。
 新人三人も流石に敵地のド真ん中となれば大人しくなるらしい。ラスターは影の魔物・フォンを通じてノアと会議をする。エイベルの調子は良好。ノアのサポートなしでもゴブリンを倒せるくらいにはなっている。ただ注意力はやや散漫――ラスターが思ったことと同じ内容の言葉が返ってきた。
 こちらも、想像よりギスギスせずに済んでいる。お互いに自分のことで手一杯なのかもしれない。一か月持つか分からないといわれた新人魔物退治屋に、妙な結束が生まれている気がする。
「ラスター」
 ノアの声に、ラスターは顔を上げた。不安そうにこちらを見つめるシルヴィアとステファニーに「先に進んで」と指示をすると、二人は恐る恐る前に進んだ。
 洞窟の少し開けた場所に出た。どうやらここは物置らしい。物置といっても、食料を保存するための箱の隣にゴミが捨てられていたりとかなり無秩序で散らかっているが。
 ノアは箱の中から、随分としなびた古書を取りだしてラスターに手渡した。
「魔道書だ。十数年前のものだけど」
 所々千切れてはいるが、魔術の基礎を学ぶのには支障がない。使われている文字は人間のものだが、この書物は初心者用なのかイラストでの説明も多かった。
「魔術を使うゴブリンが属している可能性が高いな」
 新人三人に緊張が奔った。ラスターは物置のあされる箇所をほぼ全て確認したが、基本書以外の魔術指南書は出てこなかった。となれば初級の魔術を使うゴブリンがいるということだろう。中級魔術にある「動きを制限する」などという嫌らしい術は飛んでこない可能性が高い。
「素直に手前の分岐を進むしかなさそうだな」
「そうだね。ここまであまり戦闘はなかったけど、みんな無事? 怪我とかはしていない?」
「問題ないわ」
「問題ありません」
「問題ないぜ!」
 三者三様の返事にノアは微笑んだ。
「それじゃあ、行こうか」
 歩を進めれば進めるほど、先に広がる空間の広さとゴブリンの存在を嫌というほど理解してしまう。ノアが音もなく剣を抜き、ラスターも短剣を構える。斧を手にしたエイベルがノアと顔を見合わせ、頷くと同時に広間に躍り出た。ゴブリンの悲鳴と武器のぶつかる音がして、ラスターもシルヴィアとステファニーの肩を叩く。行くぞ、という合図だった。
 混戦になるかと思いきや、ゴブリンの数は十匹ほど。エイベルが倒しきれなかった個体にシルヴィアの魔術が飛ぶ。ステファニーは治療魔術を展開させて、ノアやエイベルの負った細かい怪我を治していた。
 もともと魔術に頼っていないエイベルはともかくとして、シルヴィアとステファニーは魔術の使用を制限されると戦力にならなくなる。ゴブリン側が「魔術を封じるための術」を使うとすれば、領域ではなく本人に魔力阻害の術を使うしかない。シルヴィアとステファニーに魔力強化の術をかけながら、ノアは不安を殺した。新人にこれが伝播すれば訪れるのはパニックだ。
 一方でラスターは素早く部屋の様子を窺う。一番の懸念事項がここにない。物陰にも気配はなく、巣の規模からしてこれ以上のゴブリンは群れに属していないだろう。魔術を身につけたゴブリンがそもそも存在しないのであればよいのだが……。
「これで、最後!」
 シルヴィアが声を張り、最後の一体にとどめを刺した。ゴブリンの死体が転がる中で、へなへなとステファニーが座り込む。
「おい、大丈夫か?」
 そんな彼女に、エイベルは手を差し伸べた。
「あ、ありがとう……ございます。なんか、緊張が途切れて……」
「まぁ、確かに」
 わはは、とエイベルは笑ったが、シルヴィアは唇を尖らせた。
「ちょっと、まだゴブリンの巣の中なのよ?」
「そうだったな」
「そうでした、ね」
 エイベルの手を借りて立ち上がったステファニーに、シルヴィアは息をついた。しかし、そこに悪意は全く含まれていなかった。
「さ、早く帰りましょ。私、早く帰って聖女様へのお祈りをしたいわ」
「そうだね。この先に道はないみたいだし、入口に魔物避けの魔術を仕掛けて帰ろうか」
 ノアとエイベルが先陣を切ろうとした、その時だった。
 室内に魔力が奔った。


To be continued



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)