見出し画像

【短編小説】趣味で塔を造る人 -2話-

こちらの続きです。

 翌日の朝、再度採掘所へ向かったノアたちをトルンは不安そうに見送っていた。流石にここまで来ると「隠し事だろうか」とノアの中で疑念が芽吹く。しかしトルンから悪意は感じない。ラスターがちらりとこちらを見た。そこでノアも異変に気がついた。
 採掘所の入口に、人々が集まっている。完全にこちらを敵と見なして、じっと睨み付けてくる。手にはハンマーやノミといった工具があって、その気になれば危害を加えるつもりらしい。ノアは一瞬怯んだ。
「……昨日、お金支払ったよね?」
「キッチリ支払ってました」
 ノアはますます状況が分からなくなった。
「何か、私たちが無礼を働きましたか?」
 分からないことは尋ねるべきだという単純な行動原理は、採掘所の人間たちには挑発と受け取られたらしい。顔を真っ赤にして暴言を投げつけてくる彼らを見て、ノアは精神操作の魔術師がどこかにいるのかと錯覚した。
「おいお前ら、ちょっとおちつけや」
 だから、採掘所の人間の中に話が通じる者がいたと分かったとき、ノアはとても安心した。思わず息をつくくらいには。
「こいつら新顔だろ、何も知らずにトルンの依頼を受けたヤツだ」
 長いあごひげを撫でながらノアたちの前に姿を現した鉱夫は、同情の眼差しでノアとラスターを見た。
「難儀だったな、お前ら」
「事情を説明していただけますか?」
 ノアが鉱夫を見上げたので、ラスターは驚いた。身長百八十五センチを超えるノアが見上げるくらいの大男とは、相当な体格である。
「トルンはなぁ、すげー量の石材を買っていくんだよ」
 再びラスターは驚いた。答えの意味が理解できなかった。それはノアも同じだったようで、何とかマヌケな顔をしないよう踏ん張っているのが分かる。
「…………? 正当な対価を支払っているんですよね?」
「それにしても限度ってもんがあるだろ。石は無限にあるわけじゃないんだ。大事に使っていかないとならないってのに。あいつは石を乱獲してるのさ」
 ノアは採掘場を見た。巨大な石が削られて、大きな穴になっている。トルンの塔をあと十基くらい建設してもここの石が尽きるとは到底思えないが、鉱夫たちの不安も分かる。
「この辺りはこの採掘場で成り立ってるようなものだからさ、あんなに石を持って行かれると困るんだよ。分かるだろう?」
「でも、逆に言えばトルンは太客だろ? 石材の購入を拒否する道理はないと思うけど」
 ラスターがひらりと会話に割って入ってきた。しかし、男は鼻を鳴らした。
「ともかく、ここはみんなの採掘場なんだ」
 反論を許さない態度を示した鉱夫に、ノアもラスターも何も言えなくなった。
「つまり、石材の購入は拒否するということですか?」
「ああ。トルンにもそう伝えてくれ」
「どうしても、ですか?」
「しつこいぞ!」鉱夫の大声に、周囲の連中が各々武器を構える。ラスターは無意識に脚の短剣に触れた。それに気づいた一部の人間は顔色を変える。
「……行こう、ラスター」
 ラスターの外套を軽く引っ張り、ノアは来た道を戻り始めた。ラスターは渋々と言った様子でノアに従う。背後を見なくとも気配で分かる。明らかな敵意がぶつけられている。ずっと、ずっと。
「盗んできてもいいけど」
 採掘場から大分歩いた辺りでラスターが口を開いた。
「それだけは、トルンに迷惑がかかるからダメ」
「それもそっか」
 やれやれ、と言った様子で肩をすくめたラスターは、ノアが足を止めたことに気づいて動きを止める。
「やっぱり、ダメだったか?」
 恐る恐るといった様子のトルンが、捨てられた仔犬のような目でこちらを見ている。ノアは少し言葉に詰まったが、「追い出されちゃった」と笑った。
「多分、ほら……その、俺が大賢者の息子だから、相手を驚かせたみたいで」
 ノアは、最近自分の名を利用することを覚えたようだった。コバルトの入れ知恵であるその武器を、ラスターはあまり好きになれなかった。ノアは賢いので、これが諸刃の剣であることはキチンと理解しているはずだろうけど。
 しかし、トルンはゆっくりと首を横に振った。
「違うよ。俺が塔を作ることを、採石場の奴らはよく思っていないんだ」
 ……見え透いた嘘など、吐いたところで意味はない。ラスターは助け船を出すようにしてトルンに問いかけた。
「なんでだ? あれだけの量の石なら尽きるなんてことはないだろうし、あんたの金払いが悪いわけでもない。土地の権利書だってあるし、塔の建設許可ももらっている。どこがダメなのか検討もつかない」
 トルンも「分からないんだ」と言った。ゆっくりと首を横に振る姿はあまりにも哀れだった。
「きっと、金を払っているからといって、一人でたくさんの石を使っているのが気に入らないんだと思う」
 誰かが何かを言ったわけではないが、三人は無意識に塔の場所に戻っていた。人の目がなかったが、魔物や野生動物のいたずらには合わなかったらしい。
 トルンは、まだ完成の見えない塔の土台をなでた。


To be continued


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)