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【短編小説】人の見た目がこの世の全て なんて言葉があるけど悪いやつがそれを逆手に取るので中身もなんやかんや重要 第四話

 こちらの続きです。


 数日後。
「俺は冬よりもこっちの方が恐ろしいね」
 酒場・髑髏の円舞ワルツで、コバルトはラスターに写真を渡した。ラスターは恐る恐るその写真を見る。ヒョウガから金を巻き上げた女がいる。確かナントカ(ラスターはもうそいつの名前を憶えていない)って名前の彼氏がいた気がするが、彼女と一緒にいる男はそれとは別で――。
 思わず、写真をテーブルに投げる。
「なぁ、俺はこれをどういう気持ちで見てりゃいいんだよ」
「ゲラゲラ笑ってればいいと思うが」
 女の隣にいる男をラスターはよく知っている。そりゃあもう、とてもよく。
「こいつ、自分の顔をどう見せればいいのかが分かっているね」
 コバルトは感心しているが、ラスターも正直舌を巻いている。カメラマンもおそらくノリノリで撮影していたに違いない。雑誌か何かに掲載されていそうなアングルの写真が腐るほどある。
「で、この人はいったい何をしてるんでしょうか」
「金を巻き上げてる」
「……はい?」
「女から金を巻き上げている。この女がアマテラス人の子供にしたようにして」
 ラスターは写真をまじまじと見つめた。
 ヒョウガから金を巻き上げていた女が鼻の下を伸ばしてコガラシマルを見つめている写真。女も鼻の下を伸ばすものなのか、とラスターは思った。わざと胸元を開けたりだとか、酒で酔い潰して既成事実を作ろうとしている様子だとかが写真にばっちり収められている。まぁ、コガラシマルにそんな手段が通用するわけがない。あの精霊が興味を持つのはヒョウガと刀と冬と酒であり、その酒についても驚異的な強さで酔いつぶれるということがまずない。実際、次の写真では酔いつぶれた女の隣で「他愛もない」という顔をしている彼の姿があった。次の写真からは場面が変わっている。
「この後どうなったんだ?」
「支払いを女に丸投げして店を後にしたらしい」
「…………」
「女本人が『お金のコトはあたしに任せて』って言ってたし、いいんじゃないか? 既に銀貨千枚貢いでるらしいが」
「千枚!? せっ、千枚!? まだ二日三日しか経ってないのに!?」
「現金の分だけで、だぞ」
 コバルトは呆れた様子でため息をついた。ラスターは目をぱちぱちさせた。
「現金だけでってことは、何? プレゼントとか?」
「酒場の支払いだな。毎日高級アマテラス酒かワイン……そのほか諸々の酒を飲んでいるようだ」
「…………」
 どうやら彼の言っていた「死よりも無惨な目に遭わせてやる」というのは、徹底的に金を搾り取るということらしい。それはそれとして、毎日アマテラス酒かワインを消費し続けているというのはさすがに肝臓が心配だが。
「でもなぁ……」
 写真をなぞる。グラスが大量に置かれたテーブルで平然としているコガラシマルの隣では、女がソファー席で横になっている。膝枕のオプションはない。
「仮にこの女が一文無しになったところで、またテキトーなカモ見つけて元通りになると思うんだけどなぁ」
 ラスターはそう言って、安酒を一口飲んだ。


 コガラシマルは偽名を使って毎日女の下にやってきた。定期的に存在しない弟の話をした。「弟が感謝している」というどこを拾っても完全な嘘を女に告げた。女は完全に舞い上がって、コガラシマルに大金を貢いだ。たまに貴金属類をよこすこともあったので、コガラシマルはそれをすべて換金した。いい質屋がある。わざわざ地区の外にある質屋――あのナリの女なら、間違いなく入り口で追い払われるような――を選んで金に換えた。
 声も変えてある。風が時期によってその印象を変えるようにして、コガラシマルは声を作って話しかけていた。いつもよりも柔和で、砂糖を混ぜたかのような声。女はますますこちらに夢中になっていった。
 自分の顔の良さを、ここまで明確な武器として扱ったのは初めてだ。今まではただの枷だった。こちらが特に何かしたわけではないのに、勝手に相手が見惚れて勝手に相手が自爆する。首をかしげる、背筋を伸ばす、手をいかにして優雅に動かすか。今までの経験を全てつぎ込んで、コガラシマルは女を一人罠にかけた。こちらも若干引くくらいに、女はコガラシマルに貢ぐ。ヒョウガもこんな感じだったのだろうか。そう思うと腹が立った。
 銀貨はどんどん増えていった。財布に入りきらなかったので銀行で口座を作った。精霊族なので口座が作れるか分からなかったが、ナナシノ魔物退治屋の登録証明書を提示したらあっさりと通った。「これで全財産を持ち歩かずに済む」と言って行員を笑わせた。彼女も少しだけこちらに見惚れているような様子があった。
 預金は銀貨千五百枚。今後ますます増えていくだろう。事実その通りであった。女が風俗の仕事を増やしているのも知っている。会えない日が続くこともあったが、コガラシマルは必ず例の酒場の入り口付近で彼女を待った。店員がさすがにこちらを不審に思ったようだが、「彼女に呼び出されて」と言うとあっさり引き下がった。
 金はどんどん増えた。銀行員への説明が一番苦労した。行動を共にしている者(ヒョウガのことだ)の金も一緒に管理することになって、と説明しておとなしくさせたが、何か事件に関係するのでは、と思われたかもしれない。それも自分に見惚れさせて胡麻化した。自分でも引くくらいに上手くいっている。
「ねぇ、ゲンたん」
 その日も女は金をよこしてきた。ゲンたん、というのはコガラシマルの偽名――ゲントから来たあだ名である。
「あたし、けっこー一途なんだよ? あたしならゲンたんもゲンたんの弟も一緒に養えるよ?」
「ありがとう。でも、そんなことでは君が疲れてしまいますよ」
「あーん、ゲンたんやさしい。でもいいの、これはなぁが好きでやってることだから。ゲンたんの弟がよくなっても、あたしはゲンたんが生きててくれてたらいいの」
「そうはいきません、いただいた金は必ず返します」
「もう! お金なんていらない! 返さなくていいの!」
 コガラシマルの口元が弧を描く。女は顔を赤くした。
 ……彼が内心で何を考えているかを知らずに。


 ……更に一週間後。
「ノア、……報告書どう?」
「こっちは大丈夫。ヒョウガくんの方は?」
「お、オレの方は終わったよ」
 ナナシノ魔物退治屋の拠点で、ノアとヒョウガは報告書を作成していた。
 本当であればヒョウガにすべて請け負ってもらったうえで、ノアが内容に相違ありませんのサインを記す方が楽だ。が、もらったクレームに難があった。穏やかに淡々とヒョウガの非を伝えるものであればヒョウガにまるっと任せることができるが、どうも世の中そんな人ばかりではないらしい。非のある相手であれば何をしてもいいと勘違いしている輩のクレームには正当性がないとノアは思う。死ねだのバカだのといった暴言が並ぶようなクレームは、例えヒョウガの行いが悪かったという前提があったとしても彼に読ませる意味はない。
 だからノアはヒョウガに見せるべきクレームとそうでないクレームを分けたうえで、見せるべきクレームの方の報告書を書かせていた。
「ノア、ほんとにごめん」
「話はラスターから大体聞いてるよ」
「う……」
「困ってる人を助けたいっていう気持ちは間違ってはいないし、魔物退治屋の仕事で得たお金を使うのも間違ってはいない。でも、だからといって別の困ってる人のことをないがしろにしていいってわけじゃないからね」
「……反省してる」
「それならよろしい」
 かわいそうになるくらいにしょんぼりとするヒョウガは、ノアのとりかかっている報告書に手を伸ばそうとした。それを見越してノアは、ヒョウガに注文を投げる。
「この前の煮物を作ってくれる?」
「煮物? あの六時間くらいかかるやつか?」
「うん。あれを食べると元気が出るんだ!」
 ノアは少し語気を強くした。ヒョウガは伸ばした手をおずおずとひっこめて、「分かった」と言った。
 ほっとする。ペン先をインクに浸そうとしたとき、ノアはインクがもうないことに気が付いた。引き出しを開ける。転がり出てきたインクは報告書用のブルーブラックではなく、日記をつけるときに使用している彩度の高い青だった。
「待って、えっ、嘘」
「どうしたんだ?」
「インクを切らした」
「オレ、買ってこようか?」
 ヒョウガの目がテーブルに行く。「その瓶と同じ奴だろ?」
「大丈夫。俺もそろそろ気分転換したかったんだ。行ってくるよ」
「あ、じゃ、じゃあオレも! 材料、買いに行きたい」
「本当? それじゃあ一緒に行こうか」
 ノアはにこりと笑う。ヒョウガがぱっと表情を明るくするが、その様子はややぎこちない。
「ノア、ほんとにごめん」
「俺はもう怒ってないよ。大丈夫。ラスターだって依頼主の女の子にいいとこ見せたくてやたら張り切ることがあるし……。畑の凍結がどうこうも蓋を開けたらトマト畑がちょっと凍ったくらいの話で被害総額としては弁償できる範囲だったから」
「でも……」
 気持ちは分かる。そう簡単に「そっか、ありがとう!」と元気になれるわけがない。嘘に踊らされて他人に迷惑をかけた挙句、財産の大半をむしり取られてはしばらく立ち直れなさそうというのがノアの見解だ。商業都市アルシュに行くことで、多少気が晴れるといいのだが。
 食材の前にインクを見に行く。いつも決まった色を使っているので選ぶ手間はない。少し多めにボトルを買った。これでしばらくは安泰だろう。と思いつつ道を歩いていると、ヒョウガが「あ」と声を上げた。
「コガラシマルだ」
 人ごみの中でも目立つ出で立ちをしている彼は、手に何らかの袋を持っていた。結構な大きさがある。ヒョウガの視線に気づいたらしい彼は、ヒョウガにニコリとほほ笑むと、人ごみをかき分けてこちらに近づいてきた。
「どうしたの? ずっとこっちに来てなかったから心配してたんだよ」
「夜遅くに戻ってきてたみたいだけど」
「いやはや、夜の酒場で各地の酒に舌鼓を打っていただけのこと。それよりヒョウガ殿、こちらを」
 コガラシマルはそう言うと、手に持っていた大きな袋をヒョウガに手渡した。その瞬間、ヒョウガが少しよろめく。
「コガラシマル……なに、これ? 重いんだけど」
「銀貨千枚と銀行通帳だ。つまりは銀貨五万枚の入った袋だ」
 コガラシマルは穏やかな微笑みのまま、ヒョウガの問いに答えた。
「ごっ!?」
 ヒョウガとノアの反応がシンクロした。
「別に何も、後ろめたい方法で回収したわけではない。ただヒョウガ殿の財布が寂しくなっていたような気がするのでな、少し稼いだだけのこと」
「で、でも銀貨ごっ……五万って」
「待ってコガラシマル、ちょっと話聞かせて。さすがにこの額はおかし……」
 ノアの問いかけはコガラシマルに届かなかった。コガラシマルは既に姿を消していた。ノアならきっとあの金の出所について尋ねてくるだろうと思っていたからだ。ギルドの依頼で稼いだという嘘を最初は考えたが、報告書と言う形で依頼の履歴が残る。それがないという矛盾で嘘がバレる。そうなればもう、茶を濁すしかない。
 銀貨五万枚。相当な大金だ。金稼ぎに躍起になったあの女は、店から大量の苦情を受けて大変なことになっているらしい。
 ……ちょうどいい。
 女は昼間から飲んでいた。路上で小さめの瓶を片手に飲んでいた。
 そこに姿を現すと、女の顔がぱっと明るくなった。
「ゲンたぁん」
 酒臭い息がかかる。心底不愉快な気分になったが、コガラシマルはぐっとこらえた。
 だって、これで最後なのだから。
「おかげさまで、弟の容体がよくなりました」
「えっ! 本当!?」
 顔を輝かせる彼女に、コガラシマルは次の一手を加える。高揚が顔に出ないよう、一度だけ舌を強めに噛んだ。
「これで、出稼ぎを終えて故郷に帰ることができます」
「え――」
 女の笑顔が急激に力を失い、絶望が顔面を支配する。女の思い込みがガラガラと崩れていくさまが見える。弟が元気になったら晴れて結ばれるものだと勘違いしていた女は、「あ、」「ぇ」と妙なうめき声を吐き出すのに手いっぱいだった。
「本当に、ありがとうございました」
 背を向ける。女が叫ぶ「待ってぇ!」という叫びが濁った響きで地区に満ちたその瞬間、コガラシマルは音もなく刀を抜きながら答えた。いつも使っているものではなく、護身用の懐刀だ。
「あなたが好きで貢いだだけでしょう?」
 風が凶器となる。コガラシマルの腕はそのままだ。狙うは女の――。
「っ、あああああ!?」
 顔と眼だ。
 ……ラスターから地区の特徴を聞いている。アルシュよりも治安が悪く、傷害事件の件数が多い。人が悲鳴を上げた程度では民は動かず、そのせいで事件に対する初動が遅れる。
 それは今のコガラシマルにとって最高の環境だった。


「別に問題ない」
「…………」
「最近、というよりずっとアレの振る舞いは問題視されてたんだ。最近付き合っていたやつがドゥーム派の構成員だったからうかつに手を出せなかっただけで、今となっては俺が殺ってもよかった」
 コバルトは妙に嬉しそうに見える。薄暗いアパートの一室で彼の機嫌だけが変に浮いている。
「勝手に殺すなよ」
 ラスターは紙の束を投げた。床の上をすべるようにしてバサッと広がったそれに、コバルトは喉をぐうぐう鳴らす。
「死んだようなもんだろ!」コバルトはゲラゲラ笑った。
「美貌で男を貪ってた女が、自慢の顔を傷つけられたとなりゃあ!」
 ラスターは頭を抱えた。
 今回の自分は大変ポンコツである。コガラシマルの言っていた「死よりも無惨な目に遭わせてやる」というのは、「徹底的に金を搾り取るということ」と定義を置いた己が浅はかの極みだった。コガラシマルはヒョウガを騙した女から金を搾り取るだけ搾り取った後、二度と同じようなことができないように女の武器かおを壊したのだ。
「眼も潰された以上、あの女はもうどうにもならない! 最高の結末だ、ラスター! 飲みに行かないか!? 今ならどんな安酒も極上の美酒になるだろうよ! 俺が奢るぞ!」
「もうヤダ!」
 悲鳴に近しい声を上げたラスターを見て、コバルトはヒャアヒャア声を上げて笑った。
「治療はアングイスが携わったんだが、治癒の魔術じゃ治らない類の怪我らしい。顔の傷もどう頑張っても痕になるらしくてね。まぁ悲惨なもんだよ。残されたのは空の貯金箱だけだ」
「犯人見つけないの?」
「見つけてどうする?」コバルトは眉をひそめた。「菓子折り持ってお礼でも言えばいいのか?」
「…………」
「まぁ、本人が精神崩壊しちまった以上、犯人もクソもないだろうね。しかし目をつぶしたのは上手い。今度俺たちの情報屋組合に勧誘したいくらいだ」
「…………」
「ラスター? どうした? 口の動かし方を忘れたか?」
「もう疲れたよパパ」
 コバルトはラスターの言葉を黙殺して、ネロに餌をやった。


人の見た目がこの世の全て

なんて言葉があるけど

悪いやつがそれを逆手に取るので

中身もなんやかんや重要


〜完〜




気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)