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観光旅行をしていたら、ソ連がこわれた③ハバロフスク

旧ソ連時代、飛行機は広い国内を旅する「足」でした。国内のネットワークを一手に引き受けていたのが国営のアエロフロート。パイロットは軍出身で航空技術は超一流と評判です。しかし…ライバルのいない国営企業の悪いクセが出た模様です。

飛行機が飛びません

18時発タシケント行きの便に乗るため、私たちはハバロフスクの空港にいました。時間を過ぎてもチェックインをする様子がないので、のんびりおしゃべりをしていました。19時を過ぎました。キムラさんによると、出発が遅れているようです。

22時を過ぎました。夕方16時に「夕飯」を食べたきりなので、さすがにお腹が空きました。カロリーメイトなどの非常食をちまちま食べていたのですが、お腹がもちません。そこで男子たちが空港から抜け出て、食料を調達することに。戦利品はイモ。小さなジャガイモを丸ごと素揚げにしたものです。ハバロフスクで食べたどの食事よりも美味しかった…。ということをしている間に0時を回り、予定ではすでにタシケントに着いているはずでした。キムラさんは何度目かの様子伺いへ行きますが、「遅れている」以上の情報はありません。空港で夜明かしを覚悟した午前3時、ホテルが取れたということで、移動になりました。

便座がありません

ハバロフスクでは何度かトイレに行ったのですが、ホテルでもレストランでも空港でも、なぜか便座がありません。一時的に避難したホテルの共同トイレにも、便座がありませんでした。汚いので、誰かが携帯用に持っていくのでしょうか。私はトイレに行く度に、空中椅子で足をぷるぷるさせながら、用を足しました。

飛行機が飛びました

服を着たままベッドに転がり、明け方の5時、再び空港へ。8時になってようやく離陸、ハバロフスクを脱出しました。飛行技術は超一流ですが機体はオンボロ。シートベルトがちぎれています。機内食はどうかというと。痩せた骨付きチキン。パン。粉末コーヒーとお湯。以上。そういえば、ハバロフスクで食べた3食にも、もれなくチキンが出てきました。判で押したような痩せこけた骨付きチキン。さすが社会主義の大量生産です。痩せ方まで画一的とは!

外国人立ち入り禁止の町、クラスノヤルスクで給油のために降り立ち、さらに南へ。頂きが白く輝く天山山脈を越え、砂漠地帯を飛行する。孫悟空の金斗雲のようなちぎれ雲が、乾いた大地に浮かぶ様を見ながら、着陸を待ちました。タシケントまでのフライトは合計8時間。ホテルに到着する頃には、もう夕食の時間かもしれません。

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疲労困憊、お腹を空かせた私たちにタシケントで待つ試練とは?続きます。

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