ルーブル美術館、再訪(フランス・パリ)
グラナダから25時間かけて急いでパリに戻った。その理由は、2019/10/24〜2020/2/24にルーブル美術館にて開催されている「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」に行くため。それだけ。
わざわざそこまでしてこの展示会に行きたかった理由は2つある。
1つ目は、アンボワーズでたまたまレオナルドが眠る城と出会ったことで、ある種の運命を感じ、彼に対する興味が湧き出でてきたため。
レオナルドが晩年住んでいたクロ・リュセ城にて、彼が手がけた作品は世界に13〜15点しかないことを知り、そのうち10点が展示されるこの展示会には行かない理由はないと判断した。(ちなみに同時期に中田敦彦のYouTube大学でもレオナルドが紹介されたのは奇跡…笑)
2つ目は、絵画のみならず数多くの習作(下書き)が展示されているため。ルーブル美術館が10年がかりで世界各国からそれらを集めて公開している。こんな奇跡とも言えるイベントはなかなかない。
未知なる体験に胸を踊らせる少年心のようにワクワクしながら、遥々グラナダから向かった。25時間の電車とバスの移動も不思議とへっちゃら。
到着。
22歳の男が1人でここまでワクワクできるんだと自分でも驚きながら、期待に胸を膨らませていざ館内へ。
皮肉にも、早速お土産コーナーがお出迎え。この興奮を抑えられず、節約を忘れてトートバッグ2つとマグネット2つとクリアファイルを50€で購入。物を買って喜びを感じるのはいつぶりだろう。
膨大な数の展示品があったので、印象的な箇所のみ紹介していく。
当時彼が師としたヴェロッキオとの共同制作の習作から始まる。
この『キリストの洗礼』もヴェロッキオとの共同作品で、背景と左端の天使を描いている。(これは本物ではなく、筆跡を分析できる赤外線で照らされたレプリカ)
左の天使をよく観察すると、リアルな瞳孔とまつげを仕上げたことに加え、首をひねらせる難しい構図で描かれており、師のヴェロッキオは挫折のあまり、筆を折って以後握らなかったという逸話も。
これは世界最古の風景画と言われている作品。
そしていよいよ絵画の展示へ!
『ブノアの聖母』
聖母マリアの表情に柔らかさが感じられる。キリストの肉感もリアルに表現され、真理を追求したレオナルドの精神がこの時期から読み取れる。
『荒野の聖ヒエロニムス』
未完の作品。自らの欲に打ち勝とうという聖ヒエロニムスの苦悩の表情がまざまざと描かれている。
レオナルドによる作品だという証拠はないが、この時代にここまで解剖学的に正しく描ける人は彼しか考えられないとのことで断定付けられている。確かに首から顔にかけての繊細さには脱帽。
手前にライオンが配置されているのは、レオナルドがメディチ家で飼われていたライオンを観察したからではないかとの憶測もある。
また聖ヒエロニムスの顔周辺に着目すると、切り取られた跡があるが、顔の部分はくり抜かれた後、靴屋の椅子の裏に発見されるまで貼り付けられていたという、奇妙で滑稽な歴史を抱えている。
『ミラノの貴婦人』
本展示会のアイコンにもなっている。以前マドリードのプラド美術館で紹介したラファエロの『枢機卿』と同じく、赤と黒のコントラストが非常に美しい。何なんだろうかこの感覚は。思えば『赤と黒』というスタンダールによる長編小説がある。この2色の組み合わせには、僕に美しさを感じさせる″何か″があるのだろう。
**『音楽家の肖像』 **
これも『ミラノの貴婦人』同様、コントラストが美しい。しかし、これをレオナルドの作品と見なさない説もあり、未だ真偽は闇の中である。
**『岩窟の聖母』 **
これはレオナルドの真理を追求する挑戦的な姿勢が反映された作品である。特徴は2つある。
1つ目は、作品の中の人物が誰であるかを特定するアトリビュートという技法が使われていないこと。例えば、幼いキリストとヨハネの頭上には光輪が描かれていない。 その代わりに右下のキリストは手のポーズで断定できるように工夫がなされ、見事にアトリビュートを回避している。
2つ目は、天使の羽を直接描かず、布で膨れたように描いて間接的に羽を表現していること。(天使はウリエルとガブリエルどちらなのかは意見が分かれている)
この挑戦的態度に注文者は激怒して裁判になり、結局は後に弟子主体で描いたものを贈ることになる。それは現在ロンドンのナショナルギャラリーに所蔵されている。
ここからは一旦作品を離れ、レオナルドのメモへ。
**
幾何学**
解剖学
レオナルドはキリスト教世界でタブーとされていた人体解剖を何度も行っていたそう。人体の仕組みを知らずして正確に絵を描くことは出来ないという信念だろう。狂気染みたまでに真理を追求する一貫した姿勢はここからも垣間見える。
建築
天文学
動植物の観察
他にも色々。
例えばこれはプロペラの考案図。
過去のトゥール編でも紹介した通り、現代にも通ずる数多くの発明品を500年前に既に考案している。時代が時代なだけに、これらが叶うことはなかったことを思うと残念極まりない。
https://note.mu/pompompompeii/n/n352f0c4dfb9d
そして!中でも最も有名なウィトルウィウス的人体図
人体のプロポーションの美しさを教えてくれる。簡単にでも調べてみると面白いかも知れない。
これはヴェネツィアのアカデミア美術館所蔵で、保存状態が悪くルーブル美術館での展示も直前に決定したそう。そのためルーブル美術館では2か月間のみの展示なのでお早めに!
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9%E7%9A%84%E4%BA%BA%E4%BD%93%E5%9B%B3
このように万学に精通してもなお、「私は無学だ」と言う彼の姿勢には驚かされる。まさしくソクラテスの無知の知である。
旅をしていると「○○という街は良かった」「△△という街は微妙だった」と日々思うが、たかが数日の滞在で知ったつもりになって判断しがち。四季すら感じていない人間がある地域を評価できる訳がない。
街のみならず、僕は究極的には何も知らないのだろう。それでも謙虚に、世界の一片でもいいから何かを知りたいという好奇心を持って、一生懸命勉強することが大切なんだろう。この姿勢をレオナルドから学び取ったような気もする。
話が逸れたが、続いて『アンギアーリの戦い』に関連する習作が集まるエリアへ。アンギアーリの戦いはフィレンツェ共和国とミラノ公国間の戦いで、レオナルドはフィレンツェからの依頼で描くことになった。
自由に表現できる絵画では、通常勝者を勇しく描くが、彼は現実的な戦争の凄惨さと醜さに焦点を当ててこれを描いた。これも真理を追求した彼の姿勢である。
しかし残念ながら未完で終わってしまい、習作だけを残してレオナルドによる作品は現存していない。
以後、数々の画家がこれを模写し、中でも有名なのがルーベルスによるもの。
バロック美術のダイナミックで動的な作風がより戦争の激しさを際立たせている。
次は女性の習作を3枚。
僕はレオナルドの女性画には格別な美しさを感じる。柔らかく穏やかな女性の表情は、見ているだけで温かく包まれたかのように感じる。
『聖アンナと聖母子』
聖アンナは聖母マリアの母親である。言わば三世代が朗らかに戯れている様子を描いている。レオナルドの晩年の作品だけあって、輪郭をぼかすスフマート技法成熟も確認できる。
また構図も非常に面白い。3人がまとまりのある三角形を構成している同時に、背景の地平線と重ねて十字架のようにも見せている。後に若手のラファエロは、これを参考に同じ構図の絵を描いている。
最後に、レオナルド最後の作品。
『洗礼者聖ヨハネ』
これを一番の楽しみにしていた僕は感激のあまり30分間この作品の前に立ち尽くしていた。
暗闇から浮かび上がってくるような不気味なタッチに不気味な笑顔の聖ヨハネ。一方で髪の毛は今にも暗闇に消えていってしまいそうな程淡く繊細に描かれている。そして肌と背景のコントラストも大変美しい。スフマート技法の完成をここに見ることができる。
モネの『日傘の女』以来の絵画の衝撃だろうか。ここまで作品にのめり込んでしまう自分にも衝撃を受けた。遥々パリに戻ってきて心底良かったと思えた最後だった。
以上で見学終了。(実は飽き足らず2周しました笑)
この旅で一番ワクワクして充足感を得たのは間違いない。やはり500年の時を超えて世界中の人々を魅了する彼には、それだけの精神が宿っていたのだろう。
真理を追求するという精神がなければ、学問・解剖・挑戦的姿勢・スフマート技法などは全て無かったかも知れない。それ以前に、歴史に名を残してすらいないかも知れない。
そんな奇跡的な存在たるレオナルド・ダ・ヴィンチの、奇跡的な展示会に是非足を運んでみてはいかがでしょうか🤔?
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