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はじめてカメラにふれたのは、精霊流しの日だった

カメラ、触ってみるか?

父がそういって小さなデジタルカメラを手に持たせてくれたことをよく覚えています。おそらく、5歳のころ。その頃、一般家庭でも買えるような小さなデジタルカメラが流行っていて、普段は特に流行りに興味がなさそうな父が珍しく買ったものだったと記憶しています。

赤いボディの、5歳児でも両手で難なく持てる重さのカメラ。

落とすと大変だから、とストラップチェーンを小さなカメラのこれまた細い穴に通し、首にかけてもらいました。ここを押すと電源が入る。画面がついたら、撮りたいものをこのボタンを押して撮る。あまりぶつけないこと。教えられたのはこのくらいでした。

今考えるとそんなに安いものでもないだろうに、よく5歳児にもたせてくれたなと思います。

その日はお盆で、父の知り合いを訪ねるために熊本県天草に遊びにきていました。8月15日につき、フェリー乗り場から車で移動。運転中に外の景色を眺めるとなにやらたくさんの提灯をつけた船が家の前に鎮座しており、大人たちが準備をしています。子どもながらに、なにか特別なことをしているんだなと眠たい目をこすりながら眺めていました。

海水浴をし、知り合いのお家で休憩させてもらっていたときのこと。もらった棒アイスを食べながら、仙人みたいなおじいちゃんとテレビを見ていると父がカメラを手渡してきました。姉や妹もいたのに、なぜわたしだったのか。もしかしたら、持ちたいといってごねたのかもしれません。あまり覚えていませんが、そうだとしたら姉が譲ってくれたのでしょう。

手に入れたカメラは、なんだか万能の機械のようでした。

レンズを向ければ大人たちがこちらを見てくれる。撮ってみるといい写真だと褒めてもらえる。姉たちは恥ずかしがって逃げ回るものですから、それもおもしろい。

嬉しくてパシャパシャと撮りまくっていたらあっという間に容量がなくなり、父にメモリカードの整理をしてもらいながらも、時刻は夕方。遠くから爆竹の爆ぜる音が聞こえ、賑やかになってきました。みんなで川沿いまで歩いていくと、提灯に明かりを灯し、海へ運ばれていく大小さまざまな船たちが見えました。

生まれてはじめてみた精霊流し。
精霊流しは長崎・熊本・佐賀で行われるお盆の伝統行事で、故人の霊を弔うために船を造り、海に流すというもの。

盆前に逝去した人の遺族が故人の霊を弔うために毎年8月15日に行われる伝統行事です。手作りした船を曳きながら街中を練り歩き、極楽浄土へ送り出すという長崎を象徴する盆風景です。
各家で造られる船は主に竹や板、ワラなどを材料とし大小さまざまで、長く突き出した船首(みよし)には家紋や家名、町名が大きく記されます。故人の趣味や趣向を盛り込んで装飾し、特徴的な船が造られます。

ながさき旅ネットより引用

今は環境保護の観点から海に流すことはしなくなったようですが、わたしが幼い頃は海に流すまでが一連の伝統行事でした。

はじめて見る光景は美しく、熱のこもった空気と賑やかさなのにどこか静かな雰囲気で、子どもながらにいつもと違うお祭りなのだと感じました。爆竹もめちゃくちゃなっていましたし、屋台もでていたのでお盆はそういうものなのだと思っていましたが、それが長崎や熊本、佐賀特有の盆風景だと知ったのはずいぶんあとのことになります。

家族総出で担がれ、運ばれる船に幼いわたしには取り憑かれたようについて回り、写真を撮りました。小さくて桃色の提灯の船、大きくて家紋がはいったこれまた大きな提灯をぶら下げた船。途中父たちとはぐれたことにも気づかず、夢中で撮った写真はデータこそ残っていないものの、何となくこんな写真だったなとおぼえています。

浜に運ばれ、ずらりと並んだ船は圧巻でした。
途中、父を見つけ出会い頭に写真を見てくれとしゃべりまくるわたしに「お前はよく泣かんな」と呆れられました。合流した姉たちといっしょに端から端まで船を眺めていきます。談笑する大人たちはどこか静かで、なにかを待っているようでした。

少しすると船を担ぎ直し、海へ入り始める男の人達。一度落ち着いていた雰囲気が一気にざわざわとしだし、叫び声も聞こえました。今思うと、こらえきれなかった叫び声だったのだとわかります。船のひとつひとつに亡くなった人が乗っているのですから。

ぷかり、と浮かび、赤い提灯を水面に反射させながら遠くなっていく船。

今もよくおぼえています。
帰り道、カメラを父に渡すといい写真だな、と改めて褒められました。家で0歳の妹と留守番をしている母に見せてやろう、と。そうか、持って帰れば母に見せられるのかとちょっと衝撃を受けました。

このときの原体験が、今の写真好きにつながっているように思います。


Nikonのフィルムカメラで撮った写真。



今の愛機はGRⅢ。コンデジやフィルムカメラなど触るだけ触ってみた結果、小さなこのポケットサイズの相棒に落ち着きました。ささいなことでもさっと取り出して撮れるこのカメラは、美しいと思った景色を残し、だれかに届けられる素敵な機械です。スマホでも撮れるけれど、このサイズのカメラで撮ることに、どこかこだわりを感じています。

またいつか見に行きたい景色を残せるように。
スマホでも事足りるこの時代に、カメラを持ち歩くことを続けていこうと思います。

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