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HALCA -星空のパラソル- #21 (LAST)

Last #「未来へ」

※本作品は2008年に執筆、2009年に追加修正したものです。

「――去年の九月頃でしたね。HTVがISSとのドッキングを成功させたのは」
 二〇〇九年九月十一日午前二時一分。H‐ⅡA(エイチツーエー)に次ぐ新たな日本のロケット、H‐ⅡB(エイチツービー)ロケット一号機によって宇宙へ打ち上げられたのは、JAXAが開発したISS補給物資の輸送機「HTV」。無人宇宙船であるこのHTVは、秒速7.7キロで地球を周回するISSに接近し、ISSのロボットアームでドッキングさせるという当初の計画を見事成功させた。これは世界初の例であり、スペースシャトル退役後の物資輸送機としても世界から注目を浴びていただけに、宇宙開発の歴史に新たな一ページを刻んだ出来事だったとも言える。
「日本も独力で宇宙船を開発して打ち上げられる時代になりました。しかも、世界に誇れる高度な技術が詰め込まれた宇宙船を。いつかそう遠くない未来に、日本も有人宇宙船を打ち上げる事だって、きっとできる。HTVの例は、俺にそう実感させてくれました。だから、ランデブー飛行とロボットアームによる、デブリを除去する為の有人宇宙船だって、いつかは開発されるんじゃないかって思うんです」
『明日人くん、まさか君が宇宙飛行士を目指すというのは――』
 俺は頷く代わりに、照れ笑いの声をもらした。
「どうせなら、自分の手で終わらせてあげたい、と思うのはおかしいですか」
『いや……そんな事はないさ。まったく、君の考えも壮大だね。だが、けっしてそれは不可能ではない計画だ。未来予想図とは、実に言い得ている。ありえない話じゃない』
「そう思いますか」
『君の発想力はきっとJAXAにとって必要不可欠な、大きな力になるよ。私も今から期待している』
 比良橋先生ほどの人からそう言ってもらえる事は、実に感激だ。電話で姿が見えないというのに、俺は窓辺で恥ずかしそうにしながら頭を掻いた。
『ところで、今日も娘に会いに行くのかい』
「あ、はい」
『私は仕事の都合で無理そうだから、ついでによろしく頼む。それじゃあ、勉強頑張って」
「ありがとうございます」

 電話を終えた俺は、自分のアパートを出た。道路の向こうに、今日もまた缶ドリンク片手に桜を眺めている通行人の姿が見えた。本当によく晴れた晴天の日。心地の良い微風を肌に受けながら、俺は町の中を歩く。やがて桜は道の両側に見られるようになり、奥まで続くその桜並木にはソメイヨシノが満開の花を咲かせていて、宙に花びらを撒いている。さながら、桜の彗星群といったところか、なんて事を俺は思った。思わず目を細める。

   「明日人」

 ふいに、背後から聞こえた声に、俺は振り返った。

 桜並木には似合わない、黒地に点描のように星が描かれた傘を持つ女の子が、そこに立っていた。初めて会った時と同じ、白いワンピース。そして、宇宙を描いた傘。それをいっぱいに広げ、くるくる回しながら、彼女はヘッドフォンをした首を傾け、にこりと微笑んでいた。
 優しげなその笑顔。明朗快活で、天真爛漫で。好奇心に満ち満ちていて。ジェットコースターなどの絶叫マシンが大好きで。「Redio Emission」を始めとした音楽好きで。雨の日でもウキウキしながら傘を差して出かけたりして。記念写真を撮るのが凄く好きで。パソコン自作しちゃったり、日用品まで自分で作っちゃったりして。
 比良橋先生ともすごく仲良くて。宇宙研の人たちとも馴染み深くて。誰にでも優しくって、明るくて。みんなに太陽のような温かさを振りまいた。
 俺が出会った、そんな素敵な女の子。
 比良橋、遥。

 ――明日人にはこれからも宇宙を好きでいてほしいんだ。

 一年前の、彼女の言葉が頭に蘇る。
 好きだよ、遥。俺は今も子供の頃も、変わらず宇宙が好きだ。大好きだ。君の言葉を受け継ぐ訳でもなく。俺は、ずっと、ずっと、宇宙を夢見てる。遠く果てしなく、無限に広がるあの世界を。今もまだ、俺は夢見ているよ。この気持ちを忘れる事は永遠にない。
 遥。
 俺、君に出会えてよかった。心の底から、そう思っている。
 君に会えた事を、神様に感謝している。
 だから――。


「なんだ、迎えに行こうと思っていたのに」
 俺は笑顔を浮かべて、目の前の彼女にそう言った。彼女も、ふふっ、と笑う。
「だって、明日人の一人暮らしの部屋がどんなのか、やっぱり見てみたいじゃない。でしょ?」
 遥はそう言って俺の傍に寄り、傘の中に俺を招き入れた。晴れの日に相合傘というのも、どうにも奇妙なものだ。
 遥、俺は君に会えた事を、神様に感謝している。だからあの時、君がこうして無事に地球へと生還できた事も、俺は神様に感謝しているんだ。
 一年前、遥は唯一残った電波生命体サテラに自らぶつかり、互いに消滅させようと考えていた。でも、それよりも前にサテラの乗っ取った人工衛星は太陽風のダメージで完全に壊れ、サテラはそのままコンピューターとして死んでしまったらしい――というのは、後から遥に聞いた話だった。ゆえに、あの時、遥が自分を犠牲にする必要はなくなった。
 だから遥は、静かにそのまま、「はるか」を離れた。
 わずかに残ったスラスター燃料も吐き出し、一九九七年のΜ‐Ⅴ一号機での打ち上げから約十二年もの長い期間を経て、電波天文衛星「はるか」は、ようやく眠りについた。最後にその命と引き換えに、人類を守って。彼女は真っ暗な空で、今もまだ輝き続けている。
 二人肩を並べて桜並木を歩きながら、俺は遥の傘を内側から見上げた。
「思えば、やっぱり俺たちが出会ったのって、運命だったのかな。人工衛星『はるか』はよく花には例えられるけど、傘みたいだって思った人間は多分少ない。でも、そんな俺の前に『はるか』に見立てた傘を持つ君が現れた」
 俺の言葉に、遥も「うん」と頷く。
「そうだよ、明日人。私たちが出会ったのは、きっと運命。だからこれは、私たちにとっての運命の傘。明日人、早く会いに行かなくちゃ」
 明るくそう言って、遥は傘を持ったまま前に進み出て、こちらを振り返った。桜の並ぶ隙間に差し掛かり、太陽の日差しが彼女を照らす。風に、遥の長い黒髪がなびく。斜めに差し込む陽光が傘の内側の金色に反射して、微笑む遥の表情をきらめかせていた。

 再来年にはASTRO‐Gも完成し、宇宙に飛び立つ。俺だっていつまでも宇宙に憧れを持ったまま、ただ地上で燻ってはいられないのだ。この目で、ずっと遠くに広がる真っ暗な宇宙(そら)を見たい。そして、その中で太陽の光を受けて輝き続ける、金色の傘をこの目にする。
 遥か遠くの頭上で燦然と輝く星々の姿を頭に描きながら、俺は空を仰いだ。

<了>

 → 作品内容のおことわり・参考資料

#小説 #連載 #SF #宇宙 #宇宙科学 #人工衛星 #はるか

※本作品に登場する地名、団体名、曲名、科学衛星名などは実在のものを使用していますが、電波天文衛星「はるか」のプロジェクトマネージャーのみ、ストーリーの都合上フィクションの人物に置き換えています。実際の「はるか」のプロジェクトマネージャーは、平林久氏になります。
また、実在のものは全て2008~2010年当時の状況を描いています。

※2012年打ち上げ予定だった「ASTRO-G」による「VSOP-2」計画は2009年に技術課題が判明し、予算と開発期間の関係でプロジェクトは2011年に中止されました。

※劇中で「はるか」が電波照射を行っておりますが、フィクションのストーリーにおける設定であり、実際に電波を照射する事が可能かどうかは定かではありません。

※本作品は宇宙、宇宙科学について一から調べて書いたものですが、最終的に宇宙周りに詳しい方の監修等は受けていない為、ご指摘等あれば後学のためにも戴けると助かります。
また、仮に数学的、物理的な点での間違い等があれば、同様に後学のためにご指摘ください。

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