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【三本目:時そば椿事】『いま、なんどきだい』【第十六回の配信】

 はじめましての方、ようこそいらっしゃいました。
 二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
 虎徹書林ぷれぜんつ、木曜日のチョイと怖いお話――略称『虎徹書林のチョイ怖』をお届けします。

 今回の第六話、紙又は電子書籍に収録することが前提の短編小説の三本立て構成です。週に一度の連載で、完結まで五カ月ほどかかります(2024年7月ごろに完結予定)。一回分のボリュームは約5000文字ほどです。
 収録する書籍の出版予定は未定ですが、書籍化するにあたり加筆・修正がされます。また書籍化の規約上、noteでの公開が中止になることもありますのでご了承ください。

<さん>
※無料公開中は虎徹書林作品のご紹介(真ん中へんと最後あたりの二回)が含まれます

 太陽が西に少し傾き、店内の照明の色に温かさを見出せるようになった頃。
 もう何度目になるのか?ガラガラっと景気よく開いた引き戸から大学生風の男子三人が転がり込んできた。壁衆の一番後ろに悪びれなく並び、腹ヘッチャッタヨナ!なんて無邪気に笑いあっている。
 彼らが加わったことで、壁衆はきっちり十人になった。誰かがトザイトォォザイィィ……なんておっぱじめれば、長ッちりの外国人グループが拍手喝采すること間違いなしな状況である。
 しかし、今の詠にとって、事はそう単純でお気楽なものではない。
 すかさず例の女性店員がやって来て、苦笑いとも愛想笑いともつかぬ、なんとも煮え切らない表情でひぃ、ふぅ、みぃ……と数えだす。
 詠は曰く言い難い胸の高鳴りと共に、彼女が次に言うであろう一文を推理し、今か今かとその瞬間を待った。
「お席の都合で順番、前後しますねぇ」
 ほぉら、やっぱり!と詠は小躍りしたくなる気持ちを抑え、大将と目くばせで『答え』の一致を確かめた。
 そして女性店員は詠たち、後回しにされっ放しの壁衆の前を、今しがた入店したばかりの男子三人を例の最奥の席に誘導しながら、
「一番さん、ごあんなーい」
 帳場に向けた独特の抑揚は、歌のひとくさりのように店中に軽やかに響き渡った。
 あー、まただ。彼女は詠と大将、そして壁衆筆頭を務めて久しい男性二人組にごめんなさいね……と一言詫びはするが、その実、まるで悪びれる様子はない。むしろ、なんでこんな厄介な事になってるんだかと言いたげな、不満の色が口元に浮かんでいる。
 すると大将の隣、壁衆筆頭の二人が俄かに、落ち着きなく囁き始めた。
「なあ?」
「ああ、うん」
「やっぱ変だよ、言った方が良いって」
「まあな、でもほら、俺ら先頭だしさ。たぶん、もうすぐじゃね?ここでクレームつけんのもなんかさあ、空気読めない奴みたいじゃん」
「いや、おかしいことはおかしいって言わないとさぁ。俺らお客よ?神様よ?」
 ここまであからさまだと、流石に気付かない方がおかしいか――詠は苦笑いを空っぽの胃袋に押し込めつつ、彼らに同情した。そして、ヒソヒソやってるつもりで実は丸聞こえなことと、某国民的歌手の名言『お客様は神様です』の明らかな誤用はさておいて、限界寸前であろう彼らの堪忍袋の緒が今しばらく持ちこたえることを切に祈った。
(そりゃそうだよ。満腹で蕎麦屋に来る人なんていないだろうしさ。相手が居る以上、説明責任てのは少なからずあると思うんだよ、店員さん?)
 説明責任――詠の脳裏にまたしてもあの、忌々しい取締役の顔が浮かんだ。

 男性二人と詠、或いは大将。この組み合わせで、いとも簡単に三人相席ができるというのに。
 店側、というかあの女性店員は、元から三人連れのグループのみを優先的に選んでいる。 
 優先的、というのは些か正確さを欠くかもしれない。見知らぬ客同士をやり繰りしてどうにか三人、あの席に通してしまう方が理に適うのを判っているのに、それを敢えてやらない。その選択に確固たる理由があるのか定かでないけれど、その『近道』には何人たりとも決して通させないという強い意志が感じられた。
 三人のグループを予め作っている客でないと、あの席には通してもらえないらしい、その法則まで辿り着いた詠は、俄然、その秘密に踏み込んでやりたい欲に駆られた。
(客が不信感を抱いても、絶対に明かせない秘密……客に空腹を強いても守らないといけない御蕎麦屋の『掟』って何?)
 あの席にどんな秘密があるのか?こうなったら、なにがなんでもあの席に座って見たくてうずうずしてきた詠は、今こそこの店を自分だけのとっておきとして、親友のミヨにも秘匿してきたことを後悔していた。
 すると、大将が二時間ほど正座して足の痺れがどうにも堪えきれない時のように唸った。
「やられっ放しってのもなあ。いっちょ、鎌ァかけてみるか」
 そう呟くと徐に、ヨゥと右手を挙げた。
 年若い男性店員がハイただいま!と、気持ちの良い笑顔をぶら下げて駆け寄ってくる。
「あの、ホレ、あそこのよ?あの席、四人席なのに、さっきから三人組しか通さないようだけどよ。あそこは相席はダメなのか?さっきからあの姐さんが『前後します、前後します』って。俺はともかく、こっちの兄さん二人と嬢ちゃん、若ェお三方の腹の虫は元気があり余っちゃってるぜ?」
 二人連れに相席でひとりくらいねじ込んでもよくねえか?さっきから気の毒で見てらんねえよ……詠にいたずらっぽく目くばせをした大将は、なおも店員に食い下がり、融通を利かせるよう凄む悪徳クレーマーを下手糞ながらに演じ続けた。
 それとなく、あの席に詠を潜り込ませようという魂胆なのは見え見えだ。乗り掛かった舟とばかり、詠も身振り手振りで大将に即興芝居に話を合わせる。
「えーっと……そう、そうです!私、今日は朝に食パン一枚と牛乳食べたっきり、ここの御蕎麦だけを唯一の希望にして理不尽な新卒面接をこなしてきたんですよ。ホラ、こちらのお二人だって、辛抱強く壁衆を務めてるってことは、どおぉぉぉしてもっ!こちらの御蕎麦を手繰りたい事情がお有りでいらっしゃったのでは?私、相席は全ッ然気にしないんで」
 男性店員は参ったなぁ、という表情を隠そうともしない。
「ああ、はぁ、ですよねえ……でもスイマセン、私が勝手することはできないんですよ」
 あの席、マジ勘弁。そう、店員が小さく吐き捨てるのを詠は聞き逃さなかった。
 そこへ、どうしたの?と割って入ったのは、件の前後シマス店員である。
 彼女は表情一つでここは任せてと若い店員からその場を引き継ぐと、取って付けたみたいな満面の笑みを大将に向けた。
 しかし、大将と詠もここで引き下がるわけにはいかぬ。
 大将はなおも芋臭い演技を続け、彼女に詰め寄るのだが、なんとも……その……。
 大将の芝居はサマにならない、を通り越して妙な小物感が滑稽味を帯び、場の雰囲気が思わぬ方向に流れ始めていた。百戦錬磨の女性店員に挑む、ぽんこつクレーマーの運命や如何に?
 そんなシチュエーションを、大将自身楽しんじゃってるんじゃないの?と思ったのは詠だけではないはずだ。
「三人じゃなきゃ、どぉぉぉしても駄目だってんなら、しょうがねえ、こっちの!先頭の兄ちゃんたちと、俺か嬢ちゃんのどっちか、二足す一は三だろ?相席で良いって言ってんだよ。簡単な話じゃねえか。しかも、だぜ?俺が一肌脱ぐって言ってんだ。嬢ちゃんと兄ちゃん二人、こいつらの腹の虫を先に、とっとと黙らしてやれと、こう言ってんだ。こんだけ筋道噛み砕いて御提案申し上げてんのに、何がわからないことがあんだよ?」
 やはり、というか、なんと言うか。詠以外の壁衆のみならず、店内のさざめきも大将と店員に注目している。



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 大多数の人間というのは悲しいかな、下世話な出来事に巻き込まれるのは嫌だけど、それを遠巻きに見聞きするのはちょっとした娯楽として楽しんでしまうのである。
 大将のかけた鎌は、女性店員のみならず、蕎麦を嗜んでいた巷談好きに深々と刺さり、たとえ三文芝居と言えど彼らのか細き義侠心を焚きつけた。元より、壁近くで事情を察していた客たちは、壁衆の声に耳をそばだてて居たのだろう。
 ――ほら、やっぱりよ
 ――なんか妙だと思ったんだ
 ――さっきからずっと前後します前後しますって、ネェ
 ――なんだ、後からホイホイ通してたのって、予約の客じゃないのかよ?
 しかし店員は客商売のプロ、早々に首を縦に振らないだけの根性が座っている。
 少々お待ちを……と番頭と思しき年かさの店員に耳打ちしに行くと、何事か知恵を授かったのか、晴れ晴れとした顔で帰ってきて、
「やっぱり駄目ですって!特に今日はきっちり、贔屓も忖度も無し。こればっかりは、店の方針ですので誠に相済みません。とのことです」
 一息に言ってのけ、その場の雰囲気をひっくり返して見せた。そうして店中がナーンダ……と伸ばした首をそろそろと引っ込めたのを見届けてから、詠と大将の肩を引っ張り寄せ、壁際に小さな円陣を拵えたその陰でこっそりと囁いた。
「番頭さんから、秘密の伝言です。おふたりとも、今日に限らず、あの席は絶対に駄目だそうです。大将は特に、お嬢さんは番頭さんの見立てによると『たぶんそうじゃないか?』て。なんかね、あの席はお二人とも『刺激が強い』んですって」
「なんだよそりゃあ。ますます訳がわかんねえな」
「どうしようもないんですって……モゥ勘弁してください。一字一句伝えたら、大将は全部わかるからって、番頭さんが言うんですもん! 私には詳しいことは判りません。ただ、番頭さんの目利きは絶対ですからッ」
 じゃ、よろしくお願いします!と女性店員は居直ると深々と頭を下げた。
 大将の作戦は概ね良き手応えを得たように思えたが、実際に引き出された事実は謎の色を更に深めるものだった。
 互いに顔を見合わせる詠と大将とは対照的に、女性店員は重大任務をやり遂げたとばかり、すっかり元の仕事に邁進する顔に戻っている。
「すいませんけども、あと少し!あともう少しだけお待ちいただけましたら、お席の準備が整いますので、もうしばらく御辛抱くださいましね」
 そう言ってパタパタとサンダルを鳴らし、そろそろ〆に入ろうかという赤ら顔の紳士が待つテーブルへ、注文取りに行った。

「ははぁ……訳アリなのは違ェねえが、そっちの方の訳か?」
 ひとり思案顔の大将に、先頭の男性二人と詠の視線が集まった。
 詠の喉が、ゴクリ、と上下する。
「な、なにか心当たりがッ?」
「ん?ああ、まあな。さっきあの姐さんが言ってたろ。番頭からの伝言で『今日に限らず、俺が特に駄目』だって。それと此処の番頭の『目利きは絶対』てのがどうもなあ、引っかかんのよ」
「それはつまり……大将と番頭さんに、何か深い因縁が?」
「違う違う!俺たちには客と従業員以上のことは無ぇさ。因縁は因縁でも、恐らくは……まあ、ぼんやり目鼻は付いてきたってとこだ」
 俺はこう見えて休みの真っ最中なんだがなあ……と、大将はなんとも歯切れの悪い事を言いながら、あの席をチラリと見、そして目元を指先でぐりぐりっとマッサージすると、ウーンと低く唸って首を捻った。
 詠も見よう見まねで、目を凝らしてみたが、特段に怪しげなところは見受けられず、大将の一連の言動や動作が意図するところを汲み取れずにいた。
「座っちゃいけない理由があるって事ですよね。私にも」
 番頭の『見立て』では、詠にとってあの席に座ることはある種の刺激になるらしい。
「さあな。無駄に腹が減るのは気に食わねぇから、余計なことに首を突っ込みたくはないが、番頭の言う『理由』とやらが的外れって可能性もあるわけだ。まさしく、鬼が出るか蛇が出るか。これだけヤキモキさせられた上に未だ道理の通らねえ隠し立てをするんなら、多少は突いてほじくり返しても罰は当たらねえかもな」
 もう一度テーブル席を観察するため、詠はぐいっと首を前に突き出し、これまでに通り過ぎていった客の姿をそこに重ねた。
「あ?」
 テーブルにはきちんと四脚の椅子がある。が、座るのは三人の客だ。
 三人の客が座る椅子は『いつも決まって』いた。
 彼や彼女が座るのはいつも同じ三つの椅子――つまり、この店内でたったひとつの椅子だけは、常に空席。もし、その状況が、店の都合とやらで作り出されているのだとしたら?
「壁際の、テレビの真下の席だ」
 大将が、お?嬢ちゃんも気が付いたか……と低く囁く。
「そう、あのテレビの真下だよ。何故だかみんな、店員に指図されるまでもなく、あの席を避けて座ってやがる。間違いなく自発的に、だ。どうにも妙だよなあ」
 そうこうするうちに、とうとう長ッちりの限りを尽くしべろべろに酔っ払った外国人グループが番頭さんに追い立てられてひと悶着やり合った挙句、戸口で盛大に塩を撒かれるという、今どきフィクションでもお目にかかれない事態に発展した。
 その甲斐あって、八人掛けに組み合わされたテーブルが四人掛けに引き離され、大将と詠と大将の前に並んでいた男二人組がひとつのテーブルで相席になった。
 
 互いに「よろしくおねがいしまーす」と愛想笑いしながら、四人は布巾の拭き跡がみずみずしく残るテーブルに座り、先ずはめでたし、と喜びたいところだが。
 なんとも尻の据わりが悪いのは、やはり例の席に関する一連の謎が、謎のままになっていたせいだろう。

第十七回へ続く】

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