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ヴェトナム語なのかベトナム語なのか....。

日本語の"V"を書き写す方法は時々揺らぎがあるので困ることもある。私は「べ」トナム語だと考えていたので、リストの語順の基準にしている『世界の言語入門』で、「ベトナム語の順番はまだ」だと思い込んでいた。しかし、まさか「ヴェ」トナム語だったなんて...、資料の確認ミスである。その正しさについては言及しないが、資料上「ヴェ」であるため、「ヴェトナム語」ということにしておく。

ということはベトナムではなくて「ヴェ」トナムなのか?確かにヴェトナム語でヴェトナムは"Việt Nam"だ。なので、"v"が使われている。そのため、ヴェを重要視するのであれば頷ける音訳だ。

ところで、最近はベトナムから来た実習生やら技術実習生やらがいろいろな職場で働くようになった。そのため、これをお読みの方も、ヴェトナム語で書かれた張り紙や看板を見る機会が多くなった、と感じる人が多くなったのではないだろうか。

かく言う私もその一人だ。会社に工場があるのだが、中に入るとベトナム語や中国語で書かれた看板がペタペタ貼られている。東京のようなところはよく分からないが、うちの会社のような地方工場はこの2〜3年で特に言語の景観、目に見える帳票物・掲示物の多言語化が一気に加速したように思う。

また知人にもヴェトナム人と結婚する人も出て来た。ビザの条件の緩和によりますますヴェトナム人が増えて、ヴェトナム語の掲示物を目にしたり、聴いたりする機会も増えてくるだろう。

オーストロ・アジア語族

ヴェトナム語はオーストロ・アジア語族と呼ばれる語族に属している。この語族はヴェトナムのように東南アジアの大陸側、インドシナ半島からインド内陸部にまで分布している。

しかし、話者の数はかなり多いが、日本ではあまり聞きなれない言語のグループといえよう。それもそのはず、恐らく日本で生きている中で、言語学やヴェトナム語の個別研究などを行わない限り、オーストロ・アジア語族に属している言語の話はいくつかを除き、ほとんどないだろう。日本で名前を聞いて、「あ〜、あの国の言葉だね」と、普通に言い当てられる言語は二つしかないと思う。ヴェトナム語とクメール語だ。

また、ヴェトナム語とクメール語が属しているグループの他にインドなどで話されているグループもあると言及した。これには例えばサンタリ語がある。私は全くこのグループについて門外漢。"It's Greek"ならぬ"It's Santali"である。なので、Wikitonguesにアップロードされている、インドのサティさんという人がサンタリ語を話している動画へのリンクを貼っておくだけに留める。

印象としてはヒンディー語の影響を受けたベトナム語のように聞こえる。ただし、何を言っているかは類推できない。

別の言い方をすれば、ヴェトナム語とクメール語は親戚関係といえる。この親戚に実はアイヌ語も含まれるのだ、という説もある。チェコのマサリク大学ではアイヌ語をオーストロ・アジア語族に分類できるのではないか、という論文がある(1)。

これはまず「オーストロ大語族」というベトナム語やタイ語が属するタイ・カダイ語族などを包括する、大きな語族が存在することを前提にした研究だ。88の単語をアイヌ語と他の再構築した祖語を比較したもので、その結果からアイヌ語もこの一角を占めるとしたものである。

だが、研究の結果については私も「ふーん、そうなんだ」程度しか言えない。研究結果を吟味する、包括的な東南アジアの諸言語の比較言語学の知識があるわけでもない。ここでは「そういう考え方をする人たちもいるんだな」程度の紹介にとどめたい。

孤立語

ヴェトナム語は孤立語である。いや、孤立といっても一人ぼっちであるわけではない。むしろ前述したようにたくさんの言語の仲間がいる。

孤立語とは各単語が語形変化や人称変化せず、単語を一定の規則によって並べるだけで成り立つ言語のことだ。例えば中国語の標準語が代表的な例といえる。また、前述したアイヌ語も人称変化を起こすものの、日本語やお隣のロシア語などと比べてばかなり孤立語的性格が強い言語だと言える。

例えば、次の文は私の多言語友達でもある春遍雀來さんの多言語ブログからお借りした例文を見てみよう(2)。

Tính đến nay có lẽ tôi đã ghé thăm khoảng 50 nước,
(私は今までもうだいたい50カ国を訪れたと思います)

英語に直すと恐らく"I've visited in 50 countires until now"のようになる。こう見ると英語もかなりヴェトナム語に負けず劣らず孤立語のように見えるが、英語では"visit"が"visited"に変化している。

一方で、ヴェトナム語はそのような語形変化は一切、起こさない。下記の単語リストを見てわかるように、ヴェトナム語は語順に従い、単語を並べただけだ。英語でいう完了形などもない。

Tính 「思う」
đến nay 「まで」「今」
có lẽ 「でしょう」
tôi 「私は」
đã「すでに」
 ghé thăm「訪問する」
 khoảng「だいたい」
 50 nước「50カ国」

ここにはインドネシア語や中国語のように、動詞自体に時制を表すものは何も存在していない。時間を表す単語を添えればそれで事は済む。

それではヴェトナム語もインドネシア語と同じように、「ユーザー・フレンドリー・ランゲージ」、つまり語形が単純であることにより、学習者が勉強しなければならない文法事項が少なく、経済的な言語なのだろうか。

声調の鬼

残念ながらそういうわけにはいかない。ヴェトナム語で最も頭を悩ませる、いや、もっといえば喉を悩ませることがある。それは「声調」である。

ヴェトナム語は「声調の鬼」だと思っている。例えば中国語の標準語では四つの音の上げ下げで単語を区別する。これを中国語の用語で「四声」と呼ぶ。しかしながら、ヴェトナム語ではこれがもっと増えて、「六声」になる。

『くわしく知りたいベトナム語文法』から引用して、確認してみよう(3)。

ma = 平らな声調
mà = 下がる声調
mả = 尋ねる声調
mã = 倒れる声調
má = 鋭い声調
mạ = 重い声調

上記のように、ヴェトナム語では六つの声調が確認できる。そして、他の言語でも起こり得るように、適当な声調や間違った声調を使うと意思の疎通に支障が出る。この声調がコミュニケーションの核であり、これを間違えるとヴェトナム語での意思疎通は困難になる。

そのため、私たち日本人がヴェトナム語を学ぶとき、主に行う事は二つしかない。「単語をひたすら覚える事」と「声調の特訓」である。あとはいかにこれらを効率よく行うか、楽しんで勉強するかに傾注するしかない。私の場合は、音声教材をヘッドフォンで発音を聞きながらひたすらに練習した(している)が、添削してくれる人が近くにいないので、今もいまいち自信が持てない。

日本語は変わりゆくのか?

私は日本語には不必要な「ヴ」をなぜ弁別する必要があるのか疑問に思っている。しかしながら、ヴェトナム人や他のアジアの人たちが今、一段増え、日本語と英語以外の言語接触が増えている中、日本語も他の言語の影響に晒されて、そのうち「ヴ(v)」という音を区別するようになるのではないかと思っている。

また、若い人の会話では「ほかに代わりがいない、絶対無二の」あるいは強意の意味で名詞に英語の定冠詞から借用した「ザ」をつけることもよく聞く。まさか日本語に冠詞が発達するなんてことはないと思うが、それにしても日本語もずいぶん様変わりしてきたと思う。

知人がヴェトナム人と結婚した話を冒頭でした。恐らく、その人の子供が生まれたら、子供は多かれ少なかれヴェトナム語と触れ合う機会が多くなるので、「ヴ」という音をもっと鋭敏に聞き分けられるのではないかと思う。

そして、「ベ」トナムもいつの日か「ヴェ」トナムと書くことが当たり前の時代が来るのではないだろうか。それを正しく評価できるように、次や、次の次の世代が成長すれば嬉しい限りだ。

#とは

オススメ

昔はヴェトナム語といえば、マイナー言語の一角を占めていた。しかしながら、色々と状況が変わりみるみるうちに教材が増えてきた。

ヴェトナム語は言い回しなどを覚える必要はあるものの、文法は比較的単純な部類に入る。そのため、あれこれ教科書を買うのではなく、一冊通しで学んでしまい、その後、読解や単語集などでボキャブラリー増築のための手段を模索するほうがいいと思う。

ただし、会話は難易度が高いため、教科書のCDレベルでは絶対に無理だと思う。できたらネイティブに手伝ってもらったほうがいい。身近でできることといえば、youtubeやオンラインラジオなどで聞き取りとアプリを使ったシャドースピーキングをするしか暫定的な解決方法はないと思われる。

参考

(1)Bengtson, John D. ,Blažek, Václav."Ainu and Austric: evidence of genetic relationship", Santa Fe Institute&Brno, Masaryk University, https://cyberleninka.ru/article/n/ainu-and-austric-evidence-of-genetic-relationship

(2)Halpern,Jack, Van Anh, Pham. "NGÔN NGỮ NGUY HIỂM NHẤT"  http://dog-yellow-31dcff06c291e3b4.znlc.jp/wordpress/vietnam/parallel1/

(3)田原洋樹(2011)『くわしく知りたいベトナム語文法』白水社. P.19.

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