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願いの届かぬ空【ショートショート】

「二回も出来婚しといて二回とも離婚って。それはもう貴女に問題があるでしょ」

一番の親友だと思っていた美希は突然、私を責めた。


数年前に職場で知り合い、同い年だった事もあり意気投合し、大人になってから唯一長く続いていた女友達だった。

美希は真面目な仕事人間で、独身。子供が大好きで、私の子供たちをよく可愛がってくれた。

ここ一年ほどは、私が現在の夫とうまく行っておらず、家事や子育てにも疲れ果てて、精神的に限界である事、軽度のうつ病だと診断された事など、色々と相談もしていて、いつも話を聞いてくれていたが、私と夫との離婚が決定した事を話すと、別人のように豹変した。


親身になって相談に乗ってくれたし、私の知らなかった国の制度をオンラインで調べて教えてくれたり、下の子の検診がある時に上の子を預かってくれたりなど、色々と助けてくれた。

それでも、たまに美希の口から出てくる

「自己責任」

「母親なんだから」

「麻里自身も、もう少し努力すべきだと思う」

などのセリフは、チクチク、といった感じではなく、グサグサと私を傷付けた。


何か言い返したくなる度に、

『子供が居ない人には分からないから仕方ない』

『彼女もいつかライフステージが変われば分かる』

と、自分を納得させていた。


美希は経済的にも精神的にも自立した女性であり、そこに大変誇りを持っているようだが、まだ結婚や出産というライフステージの変化を経験した事が無い。

その為、結婚を二度経験した私から見れば、想像力や共感性に欠けると感じる発言も多々あった。二度離婚したという事は、二度結婚出来たという事だ。彼女からすれば、嫉妬もあるのかもしれない。


私が初めて結婚したのは、18歳。17歳で妊娠が発覚し、18歳の誕生日に籍を入れた。

相手の実家に住んで、子育ても家事も、何もかも一生懸命にこなした。二人子供を産んだが、相手の母親と反りが合わず、一緒に住む事に限界を感じた。

結婚の条件が同居だった為、別居イコール離婚という運びとなった。

そして、離婚の条件は二人の子供を置いていく事。それが21歳の時。

離婚以来、子供達とは一度も会っていない。

誕生日には手紙とプレゼントを送っているが、子供達に渡されているかは分からない。


今の夫とは26歳で知り合い、半年後に結婚。

今の結婚が完全に破綻したのは、夫との二人目の子供を妊娠した後だが、結婚直後から、いや交際中から、既に違和感はあった。

交際中に一度浮気が発覚したし、暴力は無かったが、機嫌によって優しさを感じられない発言も多々あった。

しかし、別れを決意したと同時に妊娠が発覚し、結婚する事となった。


モラハラ気質なところがある夫は、結婚後も、手伝いもしないのに私の家事にいつも文句を付けてきた。

離婚をすればシングルマザーになる。働きに出ないといけない。そう思い、子供達の為に何度かやり直そうと試みるも、ついに私に限界が来てしまった。


離婚の条件は、またもや二人の子供の親権を向こうに渡す事だった。

当然簡単に受け入れられるものではなかったが、自分自身の精神が限界の為、他に選択肢は無かった。


ここ4年ほど専業主婦をしていたので、大した貯金が無い。

離婚が決まり、すぐに働きに出る必要があった。ある程度の貯金が出来るまで同居は続けたままで、子供たちを保育園に預けて、家の近くの工場で働く事になった。

二人預けるとなると、保育園にかかる費用は私の手取りの半分弱。

何のために働いてるんだろう、と毎日のように思いながらも、『私は限界なんだ。あいつと縁を切るためだ』と自分に言い聞かせた。


夫は保育園代を出してくれない。理由は、保育園に出す事自体育児放棄の様なものでそもそもあり得ない事、そして、それでも働きに出るのは私の自分勝手な理由だから、という事だった。


日曜日。『今日くらいは平和に過ごせますように』といった願いも虚しく、いや、もう何年も平和な日曜日なんて過ごしていないのだが、この日はまた違った。

上の子が耳が痛いと言い出したので、念のため救急で診てもらう為に、二駅離れた病院に行く事になった。下の子は夫が見てくれる事に。


駅で電車を待っていると、昔同じ職場で働いていた花とバッタリ遭遇した。4年ぶりに会ったので、私の子供とは初対面だった。

花は子供を見るなり、同情するような表情を見せた。それは本当に悲しんでいるような顔ではなく、どちらかと言うと彼女が私の事を人として下に見ているのだと感じた。


花は息子に聞こえない様に小さい声で

「お子さんかわいそうね」

「私も子供居るから、母親である前に女で居たい気持ちは分かるよ。でも子供を捨てるっていうのは・・・考えられない」

そう言って去って行った。


私は挨拶すらしてない。ただ攻撃されただけの状態。この気持ちを誰にどうぶつければいいの。

何も知らないクセに、何でみんな何もかも私のせいだと決めつけるの。

その場で泣いてしまった。

息子は生まれた時から毎日母親の涙を見ているので、私が泣いても取り乱さない。

それが異常だと言う事は最近知った。


月曜日、工場に行くと新しい女性が入っていた。みんなすぐに辞めるので常に新しい人がいる。

昼休憩。その女性に子供が三人いる事が分かった。優しくて心が広そうな彼女と育児の話をしていると、つい、口が滑ってしまった。

一人でもいいから味方が欲しかったのだと思う。


私の過去と現在の状況を知ると彼女は、蔑んだような目をして完全に口を閉ざした。

私はその空気に耐えられず、「だから今頑張って貯金してるんだ」と言った。

彼女は私のパック寿司を指差し、「じゃ何でお寿司食べてるの?」と聞いた。

私「え、安くない?398円だよ」

彼女「お弁当ならもっと安いよ」


彼女は手作りの弁当を持参していた。

この瞬間を持って、彼女の世界の中で私は、正式に、ただ子供を作っては捨ててを繰り返す、改善の為の努力を一切しない、浪費家として認定されたような気がした。

帰り道、初めて涙が枯れたような感覚を覚えた。
本来であれば美しいのかもしれない夕焼けを、ごちゃごちゃの電線だらけの地上からフィルターを通して眺めた。

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