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書を持って、旅に出よう。

その1:インド編 

高校時代の友人がインドに転勤になった。デリーの近郊にあるグルガオンという新興都市だ。近年のクーリエ・ジャポンやビジネス誌のインド特集では必ずと行っていいほど名前があがり、IT企業群と新しいライフスタイルという切り口で現代インドの象徴として語られる都市だ。

じつは僕もこの街に行ったことがある。まったくの偶然だ。4年前、僕は休暇を利用してインド旅行に出かけた。LCCなんて当時はないから、一番安い中華系の航空会社を使っても14万円くらいしたと思う。成田発、北京経由、ニューデリー行き。

北京での乗り継ぎでひとりの中国人の青年と出会った。僕が読んでいた小説を不思議そうに眺めながら、それを書いている作家は誰だい?と話しかけてきたのだ。僕が読んでいた本は、舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』(新潮社)。上下巻の分厚い本だ。文庫ではない。なんでこんな重い本をわざわざインドまで持っていこうと思ったのか。今となっては知る由もない。しかし、結果としてはよかった。出会いのきっかけをくれたのだから。
向こうは英語ペラペラで、僕は英語が苦手だ。彼の話を必死に聞き取り、質問を投げた。

彼はjackと名乗った。中国の天津生まれで天津大学を卒業したあと、中国のIT企業としては最大手になる華為(ファーウェイ)という会社に就職した技術者で、年齢は26歳。メガネをかけていて、細身の体。見た目は日本人とあまり変わらない。インドにある支社で3ヶ月間開発を行うためにムンバイに行く予定だが、その前にデリーで打ち合わせがあるためにこの飛行機に乗ったということだった。

年齢も比較的近かったので(このとき僕は29歳だ!)なんとなく波長があった。とりとめのない話を続けていると「今日のホテルはどこなんだ?」と彼が聞いて来た。僕はホテルは決めてない。デリーの街に出てから適当に探すと答えると、めちゃめちゃびっくりしたようだった。
「それは危ないよ。よかったら、僕の社宅に部屋がひとつ空きがある。そこに泊まればいい」と彼は言った。

僕は渡りに船と快諾し、深夜の空港につくと、路上で寝ているインド人をかき分け、彼を迎えに来ている会社の車が止まっている場所まで向かった。
インドの最大の難関は空港を出ることとよく言われる。タクシーが目的地に連れて行ってくれないのだ。夜中に旅行代理店に連れて行かれ、契約しないとここで下ろすと脅されるパターン。そんな話も聞いていたので、ラッキーだなあと思いながら、僕は車に乗った。車から外を眺める。もやっとした熱気で街の灯がぼやけて見える。

そうして、40分ほど車を走らせてついた場所が、グルガオンの一角にあるマンションだったというわけだ。

僕はファーウェイの社宅の一室に泊まらせてもらうことになった。冷房はなかった。蚊帳がベッドに吊るされていた。マンションに5人以上はいたと思う。有名な企業なのに、結構劣悪な環境なんだなと思った記憶が残っている。僕だけ、個室で申し訳ないなと思いながらも、自分の部屋にいることはなく、夜通し、jackの部屋で色々と語り合った。それは、とても今インドにいるとは思えないような、和やかな時間だった。初日からこんなにうまくいっていいのだろうか。あとからとてつもなくひどい目に会うのではないか。まるで舞城の小説のトリックにハマっているようだった。まあ、僕の予感は現実になるのだが。

part2につづく。

※この話はまだ続きますが、こういう僕が行った旅に本のエピソードが絡むエッセイの連載を掲載させてくれる媒体さんを募集します。pokkee@gmail.comまでご連絡いただけると幸いです。よろしくお願いします。

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