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人材の多様性

とある沿線のマンションの一室。
片付いたリビングで、ママと息子がテーブルに座っている。
ママは雑誌を読んでいる。息子は画用紙に何かを書き込んでいるようだ。
バスルームからシャワーの音が聞こえてくる。
ママがため息をついて雑誌を閉じると、息子がちらりと顔を上げる。

挿絵_1

息子:ねえママ。
ママ:なに?
息子:ママはどうしてパパと結婚したの? 
ママ:どうしたの急に。
息子:ママとパパって、ぜんぜん違うタイプに見えるから。不思議だなーと思って。
ママ:さあね。それよりもう、何時だと思ってんの。
息子:ごめんなさい。
ママ:宿題終わってない息子を夜中までゲームに付き合わせる親ってどうなのかしらね。
息子:久しぶりのダウンロードコンテンツだったから。
ママ:あんたがちゃんと断らないとだめじゃない。
息子:はい。
ママ:けど珍しい。あんたいつも、宿題は早めに終わらせるのに。
息子:たまにはそういう日もあるよ。
ママ:どういう宿題?
息子:グループ発表の準備。
ママ:準備って?
息子:テーマについて調べて、画用紙にまとめて、原稿作って、みんなの前で発表するんだ。
ママ:……それ全部あんたがやんの?
息子:うん。
ママ:グループ発表なのに? 
息子:それが一番早いからさ。あいつらに振っても時間かかるし、結局僕が修正しないといけないから。
ママ:グループって誰?
息子:木村、川西、坂本、田中。
ママ:ふだんあんまり遊ばない子たちね。
息子:そうなんだよ。
ママ:いいんじゃない。仲良しグループで固まるんじゃなく、たまには違う人とやってみても。
息子:よくないよ。木村は作業中もうるさいし、川西は見てないとすぐサボるし、坂本はスピードが遅い。田中は真面目だけど、学童だからすぐ帰っちゃう。
ママ:みんな個性的じゃない。 
息子:あーあ、いつもの面子なら指示出さなくても勝手にやってくれるのにな。
ママ:そこはあんたが工夫してあげな。その子たちがやりやすいように。
息子:例えば?
ママ:例えばお調子者の木村くんには発表をやらせてみるとか。あんたの作った堅苦しい内容も、楽しくプレゼンしてくれるかもよ。
息子:なるほどな。
ママ:川西くんは絵がうまいから、発表用紙のデザインとカラーリングとかよさそうね。坂本くんは字がすごく丁寧だから、下書きの清書とか。集まりに参加できない田中くんには、別々でできる作業をやってもらう。どう?
息子:そっか。仕事を等分するんじゃなくて、適性に合わせてピンポイントで振っていくやり方もあるんだ。
ママ:そういうこと。仕事は全部一人でやるより、それをどう人に任せるかで苦労したほうが生産的でしょ。
息子:ていうか、詳しいね。クラスのこと。
ママ:授業参観、何回行ったと思ってんの。名前と特徴くらい覚えてるわよ。
息子:パパ、担任の先生の名前すら怪しいよ。
ママ:あのひとが覚えてるのは駐車場の入り方ぐらいでしょ。
パパ:俺を何だと思ってるんだ。
息子:わ、びっくりした。
パパ:ママの言うとおりだ、息子よ。ひとりひとり能力や性格は違う。それに合わせて多様な働き方を可能にすることで、組織全体の生産性を高められる。
ママ:服着なさいよ。
パパ:最近、ようやく政府もそれに気付きだしたのか、柔軟な就業体制を促進するよう、国内の企業に働きかけている。「働き方改革」がまさにそれだな。
息子:(なんか急にきて語りだした)
パパ:多様な人材を確保することは、組織が生き残るための戦略でもある。ダーウィンがこんな言葉を残してる。「強いものが生き残るのではない。変化するものが生き残るのだ」……この世界で最後まで生き残るのは、力があるものではなく、変化に対応できるものってことだ。

挿絵_2

ママ:その言葉、よく聞くけど……どの著作からの引用?
パパ:ん? そりゃあ、あの、「種の起源」だろ。
ママ:わたしそれ一通り読んだけど、そんな言葉どこにもなかったわよ。
パパ:え、そうなの?
ママ:だいたい、ダーウィンが進化の要因として説明しているのは自然選択であって、生物の方から積極的に環境に適応できるとは主張してない。彼、本当にそんなこと言ったの?
パパ:さあ、どうだったかな、ははは……(バスルームへ消えていく)
息子:(ママはやっぱりパパに厳しいなあ)
ママ:さっきの話だけどね。
息子:ん?
ママ:どうしてパパと結婚したのかって質問の答えだけど。全然違うタイプだから一緒になったとも言えるんじゃないかしら。
息子:え、そうなの?
ママ:あの人、基本的に総合的に高頻度でダメダメだけど、発想とか独創性とか、わたしにはないものを持ってるから。自分に足りないものを補うって意味では合理的な選択だったんじゃないかしら。
息子:生存戦略。
ママ:そうそう。……まあお互いフリーだったし、タイミングが合ったってのも大きいけど。
息子:?
ママ:ねえ、もう12時なんだけど。まだ終わらないの? 
息子:うーん。まだ時間かかるかな。
ママ:わたしもう寝るわよ。
息子:いいよ。おやすみ。
パパ:じゃあパパが手伝っちゃおうかな?(服を着たパパが出てくる)
息子:え、本当?
パパ:俺が手伝えば一瞬だぞ。
息子:やったあ。
ママ:は? じゃあわたしもやるわよ。
パパ:なんだよそれ。
息子:(結局この二人、似た者同士かも……)

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文:エマダ
挿絵:わたせあつみ

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