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#25 眼をあげよもの思ふなかれ秋ぞ立つ(若山牧水)/秋立つ日のすだちそうめん

まだ日中は蒸し暑いけれど、朝夕はぐんと涼しくなった。歩いていてぱっと目を上げたら、空がずいぶん高く、空気まで澄んでいくような…。

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眼をあげよもの思ふなかれ秋ぞ立ついざみづからを新しくせよ 
ー若山牧水『死か芸術か』(明治45年)

秋のはじまり、もそうなんだけど、感情の「清算」が起きそうなときに思い出す歌だ。さあ、目を上げて、前に進まねば。もう夏が熟れきって、清々しい秋がきたのだから。きりりと、歩いていかねば。そんな気持ちにさせてくれる。

夏と秋のあいだの、すだちそうめん

夏と秋が入れかわるこの時期は、すだちやカボスが出回る時期でもある。まだ暑い、でも体内は徐々に夏から秋になっている、そんなときにピッタリなのがすだちそうめん。キリリと、「みづからを新しく」してくれる。

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そうめんをゆがき、流水で洗ったら(箸を使う)、うすめた白だし、氷を浮かべた器にそうめんを盛り、スライスしたすだちを浮かべる。

たったそれだけなのに、一口すするたびに「う〜〜ん!」とうなってしまう美味しさだ。心を秋へと向かわせるすだちの香り高さが口いっぱいに広がり、思わず目をとじた。

ちなみに…「そうめんを洗う時に手を使うな、箸を使え」とは、『弦斎夫人の料理談』という料理本の教え。手を使うと「オホホ、それでは油気が出て味が悪くなります」と夫人に笑われます。明治の美食家で鳴らした弦斎先生の夫人だから信じてやってるけど、正直、ちがいがわからないです、夫人。

↓国会図書館デジタルコレクションで読めるよ!

いざみづからを新しくせよ。失恋の痛手から立ち上がれ!

さて。
9月は、なぜなのか、「いざみづからを新しくせよ」的出来事が起こる。

永遠に目をそむけていたい過去と向き合わざるをえなかったり。
大事な人と心はつながっているはずなのに、溝が深まってしまったり。
そのたび、「いざみづからを新しくせよ」と自分を鼓舞する。
もはや牧水という詠み手を離れ、あらゆるクライシス・モーメントにおいてお守りのように口にする歌だ。

とはいえ、ここで立ち返って牧水によりそうと、これは恋愛の破綻からの再起の歌である。

恋の相手である園田小枝子さんは(抜群の美人だったそうだ)、牧水と出会った時すでに人妻で二人の子どもがいた。にもかかわらず牧水はすっかり夢中になり、口づけの歌をめちゃくちゃ詠んでいて、その高揚感と熱量たるや、ものすごい。

くちづけは永かりしかなあめつちにかへり来てまた黒髪を見る
天地に一の花咲くくちびるを君を吸うなりわだつみのうへ

牧水は「互いに惚れてる」と信じ真剣に結婚を考えるけれども、彼女のほうはちがったらしい。やがて彼女は従弟の庸三と深い仲になり、妊娠。そして牧水の恋は本当に終わった。

生活も困窮する中、いつでも死ねるようにヒ素を持ち歩いてた牧水(そのお金で米を買うべき)。この歌は『死か芸術か』という中二病的なタイトルの歌集におさまっているが、ほんとうに「死」は彼のすぐ隣にあって「芸術」を打ち立てたのだ。

眼をあげよもの思ふなかれ秋ぞ立ついざみづからを新しくせよ 

それを踏まえて読むと、たぶん、これ詠んだときも心はズタズタな状態だったんだろうな、と思う。

でも、そういうふうにキリッと切り替えがきかないところが人間らしいし、「いざみづからを新しくせよ」と自分に言い聞かせ、自分の足で立とうとしているのがいい。たくさん泣いて、心からはまだ血がボタボタたれているような状態でも、目をあげて立った時、秋のすずしい風はほおをなでる。

余談

恋愛短歌ラジオでも、「夏に別れがち」という話をしました↓

作者とおすすめの本

作者についての私的解説スクリーンショット 2020-09-17 23.35.10

若山牧水(1885-1928)宮崎県生まれ。
ハッシュタグは #旅 #酒 #熱愛 #自然 。旅好きで、旅先のあちこちで歌を詠んでいる。(ご子息の名前は「旅人」。)
友人は早稲田時代に同じ九州から上京していた北原白秋。北原白秋も人妻と不倫してるし、このコンビなんだかなぁ。そんな泥沼にもかかわらず、死ぬほど美しいうたを生みだす二人ではある。

それはさておき、いまなお口ずさまれる歌をたくさん詠んだ歌人、若山牧水。

幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく
白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

といった代表歌は、どこかで聞いたことがある人も多いのでは。わたしのファースト牧水は「白鳥は…」を教科書で。空の「青」と海の「あを」と書き分けられているのが新鮮だったのと、イメージの美しさとスケール感に魅せられたことを覚えている。ノートに鉛筆で書き出したときの美しさ!見ても字面が美しいし、声に出してもすばらしい。大きなうねりのある感情を、理性的になりすぎることなく31字のリズムに乗せる力量や、言葉の選び方はさすが…の一言。

ただ、トマトをめっちゃ褒めたたえていたり、「骨もとけよ」と酒を飲みびたっていたりして、一人で酒を飲みながらゆるゆると牧水歌集を詠むのはおすすめです。あちこち旅行しているので旅行記的にも楽しめ、旅のおともとしても最適。

牧水のトマトの歌はこちらで読めます。

おすすめの本


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