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#18 次の世は茄子でもよし(折笠美秋)/冷やしなす

いま、うちの庭になすが育っている。
なすを育てよう!と思ったのは、実は、「食べたい」というよりも純粋な興味だった。わたしの頭には折笠美秋(おりかさ・びしゅう)の歌。

次の世は茄子(なすび)でもよし君と逢わん

・・・なす・・・?

これはず〜っと謎だった句。
折笠美秋は難病に倒れてのち、看病の妻へ「ひかり野へきみなら蝶に乗れるだろう」という愛の秀句を残している。

そんなゆるぎない愛を詠んできた彼。次の世も愛する妻に再び「めぐり逢いたい」気持ちを歌った句なのはわかる。しかし、なぜ、「なすび」!?
俳人はうりざね顔だったのかしら…(ググったらそうでもなかった)。

だから4月に家庭菜園で育てる苗を買いに行った時、ひしっと苗をつかんで「なすを育てよう」と誓ったのであった。

長年の謎が、解ける時が来たぜ・・・(コナンくんの顔)

神さんからいただいた素材

さて、なすの苗。

植えて大した手入れもしていないのに、すくすく育ち、紫の花をつけた。

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なんて控えめで、しとやかな花なんだろう。お花を観察しながら、やはりあの句がチラつく。でもまだわからない。

やがて静かにすんなりとした実をつけたなす。隣のトマトなどは「ほら!実がなりましたよ!赤いでしょう!」くらい元気に主張してくる感じがするが(それはそれでカワイイ)。なすはごく控えめだ。

わたしも息をひそめてそっとなすを収穫する。ぽってりとした重さがいじらしい。

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さて、どう料理しようか。普段、麻婆茄子とか揚げなすとか、油をトロリとまとわせて濃いめの味つけをすることが多いけど、今回ばかりは、次の世に会いに来たなすびだもの、そんなわけにはいかない。

よいお出汁で、ふくふくと煮てみよう。遥かな時間のなかにすーっと回帰していくような、淡く深みのある味。そして妻への清冽な想いも浮かべたい。

京都の老舗料亭「菊乃井」の村田吉弘さんがこう言っている。

"日本料理は淡是美味。神さんからいただいた素材を水で洗い清め、そして本来の味わいを淡さのなかに探る。いわば精神性の深い料理なんです"
ー平松洋子「大人の味」よりー

うむ、やはり、ここはどこまでも淡く。とはいえ、日本料理の心得などないので、茅乃舎さんの上品なお出汁に頼って作ります。清冽さは針生姜で。

冷やしなすの作りかた

材料
なす 1本
お出汁 300cc
薄口醤油 小さじ1
新生姜 ふたかけ
作りかた
・新生姜を千切りにする
・なすをお出汁のなかでゆっくりと煮含める
・最後に薄口醤油と生姜を加える
・冷やす

ごくごく淡く煮ふくめたなすは、じわ〜っと沁み入るおいしさ。
味わって、儚く消えようとする味を舌で追いかけながらまた一口、また一口。

なすは、地味だけど、しみじみとかわいいし、美しい。
もしかしたら、折笠美秋の愛したひとは、なすをやさしく手にとってほほえみながら味わえる人なのかもしれない。

折笠は、病床にあって人工呼吸器をつけベッドに固定される中で、

思いがけぬほど晴朗な気分でいる
深い海のような静謐な時間にいる

と言っている。表現者だからなのか、ほんとうに勁(つよ)い。


前掲歌「次の世は茄子でもよし君に逢わん」など、やわらかな言葉を使っていながら、山のように背すじが通っている。

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写真は島根は石見銀山の他郷阿部家のあしらい。心に残る美しさ。


余談。

ピアニストのKieth Jarrettも、看病してくれた妻への愛をこめてThe Melody at Night, With Youという死ぬほど美しいアルバムを残している。(語感が悪くなるのにWith Youって言っちゃっているあたりが愛おしさMAXで最高)
折笠美秋の句とともにどうぞ。

作者とおすすめの本

作者についての私的解説
折笠美秋(おりかさ・びしゅう 1934-90)神奈川県生まれ。
 早稲田大学出身。早大俳句会に参加、東京新聞の記者をしながら俳句や評論を精力的に発表。1982年、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症し(バケツチャレンジのあれです)、翌年入院。全身不随となり、わずかに動く口と目だけで妻・智津子さんに意志を読み取ってもらい句作を続けた。それが話題となり、句集『君なら蝶に』は広く読まれ、ドキュメンタリーやテレビドラマ「妻よ妻よ」も放映された。
 55歳で病のため逝去。長男・冬航氏の葬儀での挨拶に『太陽のように輝き、大地のように広く、鋼のように勁(つよ)かった父』ということばがあった。病をかこつこともなく抑制のきいた作風が、人間の尊厳とはなにかについて考えさせてくれる。句集が出来たときの手記「装丁もよく、妻と共に喜ぶ」などの短い言葉に、人柄とまっすぐさと、愛がビシビシ伝わってきて泣ける。
 すっっごいどうでもいいけど、「おりかさ?おりさか?」(正解:折笠)「びしゅう?美愁?」(正解:美秋)と、好きなのに名前が曖昧な歌人ナンバーワン。

おすすめの本
句集『君なら蝶に』

妻・智津子さんによる手記


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