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【詩を食べるレシピ】抱きしめてもらえない春の魚では(夏井いつき)/フュメ・ド・ポワソン

「切ない」という感情を知ったのはいつだろう?

わたしが覚えているのは、幼稚園生のときに読んだアンデルセンの「人魚姫」。

おんなのこが、恋にやぶれて、泡になってしまう。

わたしの静かな衝撃はしばらく続き、水たまりの端の泡をながめては、恋をして、そして泡になった女の子のことを思った。

思えば、あの時であった感情こそは「切なさ」だったのかもしれない。

切ない想いを、からだごと包み込む

抱きしめてもらえない春の魚では

抱きしめてもらえない春の魚では…なめらかなリズムとイメージの力で、この句に出会った高校生の時の新鮮さをずっと保っている句。さいきん調べたら夏井いつきさん(今、プレバト!という番組の俳句のコーナーで大人気の先生)の作だと知った。

「抱きしめてもらえない」と、どうしようもない強い悲しみを歌ったあとに、「春の魚」ということばが続く。

春の魚、というと、やわらかくてとらえようのない、透きとおった魚が思い浮かぶ。

「魚」は、種族を超えるほど不可能性を感じさせる恋なのか、透明でとらえどころのない恋を歌っているのか。いずれにせよ、ことばにならない切なさを感じる。「切なさ」とは理屈を超えたところにあるのだろう。

「春の」がなんといっても、この句のよさだと思う。冬だとひたすらに厳しく切ない終わりになるが、春の海はゆったりとあたたかく、生命を愛おしむように包みこむ。「抱きしめてもらえない」切ないからだも、そっと。

人魚姫の恋の終わりはせつない。でも、恋が終わったからすべてがなくなるわけではないのだ。また生命のゆりかごにもどっていく。

ふかい慈愛のスープ、フュメ・ド・ポワソン

この句をイメージしてつくるレシピは、フュメ・ド・ポワソン。白身魚のアラ(=fumet de poisson)と香味野菜(玉ねぎ、セロリなど)でとるフランスのお出汁だ。あったかくて、豊かで、深い。

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春色の連子鯛と、人魚姫の海のお友だちをイメージした小エビを使用。(※手に入りやすい白身魚でよいです)

①魚は内蔵をとり、170度のオーブンで30分ほど焼く。(旨みを凝縮するため)

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②刻んだ玉ねぎ、にんじん、セロリをオリーブオイル(分量外)で炒め、小エビを加えて炒める。

③魚を加えて炒め、塩を小さじ1ほど加える。

④白ワイン150ccを加え、15分ほど中弱火で蒸し煮する。

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⑤水350ccを加え、中弱火で煮る。
火加減はミジョテ(微笑みの意味)。鍋がしじゅう微笑んでるくらい。ボコボコに沸かすと雑味が出る。

⑥さらし等で2度濾す。味見をしてもし味が足りなければ塩を足す。(とてつもなく豊かな味に驚くはず)

⑦アスパラ菜(菜の花でもよい)をさっと煮、手向けの花のようにそえる。 

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アスパラ菜を口にいれると、みずみずしくてほろ苦い。そしてスープを一口ふくむと、豊かなふくよかさがそれを押し流す。かすかに甘い後味。

"抱きしめてもらえない春の魚では"

破滅的な恋も、抱きしめてもらえなくても、それでもなかったことではないのだ。春の魚はもう一度、ひれを動かして泳ぎだす。

作者について

夏井いつき(なつい・いつき)1957年〜愛媛県生まれ。

中学校の国語教諭を経て俳人に。俳句集団「いつき組」の組長として、「句会ライブ」やメディアなどで幅広く活動。テレビ番組『プレバト!!』で人気を博す。著書に『子規365日』『夏井いつきの俳句ことはじめ』など。

エッセイもお上手な先生。パートナーさんとのおだやかな日常が描かれていてキュンとします。テレビの姿とはまたちがう、おちゃめな先生がかわいい。こんなふうに生きていけると素敵だなぁ。



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