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うつと診断され、せつなかった春の日。

今日もお読みいただき、感謝です。

前回の続きです。

無事に手術は終わり、その夜は開腹手術後の痛みを鎮痛薬の座薬だけで乗り切り(切腹した武士の痛みをはっきりと想像出来ました(泣)。

麻酔医が居ないってこういうことだったか…。
この段になって思い知りました。

翌朝、不眠と痛みでふらふらの私に看護師さんは、体温計振りながら「明日から歩いてもらいますからねー」と明るく促し。

術後1週間。腫瘍は良性で右卵巣〈チョコレート嚢腫〉左は〈皮様嚢腫〉という違うタイプの病気だったことが判明しました。

そんなこんなの手術のトラウマに加え、私は腹部の痛みにその後2年ほど悩まされることになるのです。

その上、トリプルパンチのような更年期障害(41歳の女ざかり?で、あったはずの卵巣がある日を境に突然なくなってしまったのだから、からだがビックリするのも無理からぬ話で…)になり。


絶え間ない腹部の痛みと不眠とホットフラッシュが一度に私に襲い掛かってきたのです。

当時の私は、反抗期真っ盛りの15歳の長男と中学に入学したばかりの12歳の次男、多忙な仕事と遠距離通勤で家事も子育てにも不参加の夫との4人暮らし。

思うようにならない心と体を抱えて、私はキッチンで忍び泣く日々。
お腹の奥の方からずーんと繰り返す痛みは、そのうち尾てい骨の方へ抜けるようになりました(慢性通は次第にけもの道のように通り道を作っていくように思えたものです)。


術後1ケ月の検診でT先生に痛みのことを相談したら…
「卵巣嚢腫の術後にそんなに痛むって話はあんまり聞いたことがないわね。他に悪いところがないか探してみた方がいいかもよ」と軽くいなされ。

その頃、するっと一篇の詩が書け…。
(この作はその後「婦人公論」に掲載されました)。

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待合室

少子化とは
どこの国のことやらと思えるほどの
ベンチシートに並んだ妊婦たち
弾けるような笑顔で
おしゃべりの花を咲かせる
午後の産婦人科待合室

薬の匂いも
不吉な慌しさもない
その陽だまりのシートに
まるめた不安を抱くように秘めて
ただひとり座る

いのちの芽吹きを預かった
重そうな肢体から匂い立つ
甘く青い幸福は
いつかの私にも訪れた
純白で良い香りのする
柔らかな夢の形象だった

私の膨れたお腹にいるのは
頑なで性悪な細胞塊だとは
この 春のような
岸辺のような
なんだか眠たい休日のような
この待合室には不釣り合いだ

はるか生命の営みから離脱し
執着だけを頼みに生きても
再びこの世に産み落とせるのは
魂と交合し
宿した小さな細胞塊ひとつ


名前が呼ばれ 席を立つ
第一診察室のドアを開ける
部屋に充満した和らぎの粒子が
一斉に姿を隠す
清潔な寝台の下へ 白い衝立の後ろへ
髪を束ねた女医の足元へ
子ヤギのように 怯えながら

「さてと 今日は
方法と日取りのご相談でしたね」
低い小声で女医が向き直る

「自然分娩
というわけにはいきませんよね」
私の冗談に 若い女医は
口角を動かしもせず
乾いた動作で超音波写真を指差した

胎児の小さな頭のようにも見える
その漆黒の影に
女医の細い指先が触れている

もうすぐ今年も終わる

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私は普段、詩なんぞ書いておるからか…言葉にはかなり敏感なタチで。
「他に悪いところがあるかも」という先生の言葉だけが脳の理解の80%くらいを占めてしまった。

私はそこから怒涛のようにドクターショッピングを始めました。
診察券でババ抜きが出来るほど、あっちこっちの病院、専門医を訪ね歩いた。

術後1年が経とうとしていた頃、都内の研究施設がある大きな病院の女性科で「痛みは精神的なショックやストレスなどでも発現することもあるし、続きやすいのです。院内の精神科を紹介しますから、そちらとこちらの両方で経過観察しましょう」と言われました。

私はそれまで精神科とは縁遠い生活を送っていたので「精神科」という言葉にショックを受けたが、同時に「痛みとストレスは関係があるのか…。これで痛みが消えるかもしれない」と、安堵と同時にわずかな期待を持ったのです。


後日、精神科で長い問診を受け、その日のうちに「うつ病」という診断が伝えられました。
「うつ病?私が?」。
泣きたくなったのを覚えています。


抗うつ薬と安定剤を処方されて、地下鉄に乗るために、とぼとぼ駅まで歩いた。
街には春の装いで颯爽と歩く会社員や子連れのお母さんや声を上げてふざけ合う学生さんが(当たり前のように)歩いていました。

私だけが取れない痛みを抱えて、眠れなくて、食べられなくて、不安な人だ。
私だけが…。

彼らと私の間に見えないシールドが降ろされている。
健康な人と、そうでない私。
明るい春の陽光までもがうらめしかった。

(続)


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