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大学に行く意義ってなんだ

もしも

2018年
10月頃の知識を持った私が3月にいたら。
大学に行かないという選択をしたかもしれない。

割と本気でそう思う。

3月までの私には大学に行かないという選択肢は存在しなかった。

もちろん少しくらいは考えたこともある。
でも私の周りでは大学に行くのが"普通"で、行かないなんていうのは現実的ではないと思った。第一、行かなかったら昼間どうするのか、何をして過ごすのか、全くビジョンがなかった。

やっていることが普通になってしまった今では信じられないような話だけど、3月までの私はTwitterをやっていなかった。オンラインサロンというものも知らなかった。個人でネットで稼いで生きている人たちがたくさんいることもほとんど知らなかった。noteのこともよく知らなかった。知ってたのは多分Youtuberくらいかな。それだって名前知ってるくらいのもの。

ビジネスにも興味なかったし、だから有名なベンチャーの社長とかも知らなかった。今だって少ししか知らないけど。

知っていたら、やりたいことやりつつ、浪人するなり、せずに学んだりしていたかもなぁって思う。やりたいことならたくさんあるんだ。

無知は怖い、本当に

やりたいことのビジョンが全く無いならば、「本当に無いのか」考えてみるべきではあると思う。

それでも本当に見つからないなら、時間とお金があるのなら、大学に行っても良いと思う。その期間に見つければいい。 ただ、進んだ学科や専攻が合わなかった時。病む、ほんとに。

今の私は出欠取られるがために授業に出ていて、席に座ってスマホいじってるか、内職してるか。出る価値があると思えないものほど出欠をとる。やめてほしい…
とまあ要するにモチベーションが無い。皆無に等しい。

あと、通学時間が長すぎるのも問題だなぁ。満員電車はストレスになるし、行く気が失せちゃう。

そんなこんなで後期、私はあまり大学に行かなかった。行けなかった。頑張って通えていた曜日すらも最後のテストの日を休んだ。前日、前々日と持込可のカンペ作りに時間を割いたのに。

さすがにこれは本当にバカだと思った。後期、いったい私はいくつの単位を取れるのか…
(めちゃくちゃ落とす。ほんとにまずい)

ただ、それもこれも受かればいい。受かれば、笑い話にできる。笑い話にしたい。切実に。

何が何だか分からなくなってきたけど、要するに、選択を間違えると苦しいってことかな。

今の大学にいることに意義を見出せなくて、属している意味がわからなくて。

大学に通うことを就職への切符だと考えても、残念ながら私は就職したいとは思ってない。じゃあ何するんだってところはまぁとりあえず置いといて。となるとますますわからないし、入りたい研究室もない。

致命的。

だから仮面浪人の道を選んだ訳だけど。

ここで、今のところを辞めるという選択じゃなくてもう1回チャレンジという選択をしたのはやりたいことがあるからだ。学びたいことがある。やってみたいことが溢れてる。

色々思うけど、過去のこと言ってもどうにもならない。今を、未来を、どう生きるか。ぼけーっと生きてること多いから、きちんと考えながら生きるようにしなきゃなーと。

とりあえず頑張る。笑えるようにあと少し。

あ、写真はね、大学にいた子(^^)


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