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ミヒャエル・エンデ『モモ』(12)モモの放浪と、勇気の対決

モモはひとりで「時間の花」の豊かさを抱えていました。

町へ出かけると友だちに出くわします。円形劇場で遊んだ仲です。モモは声をかけました。

「で、これからどこに行くの?」
「遊戯の授業さ。遊び方をならうんだ。」

モモがどんなことをするのかとたずねると、

「パンチ・カードごっこさ。」
「どのカードにも、いろんな記入事項がいっぱいある。身長とか、年齢とか、体重とか、まだまだいっぱい。」

これらを記号のように並べて、英数字で表し、個人の識別標を作るような遊びでした。

「そんなのがおもしろいの?」モモはいぶかしそうにききました。
「そういうことは問題じゃないのよ。」
「じゃ、なにがいったい問題なの?」
「将来の役にたつってことさ。」パオロがこたえました。

友だちはみんな<こどもの家>のなかへ、ふっと消えました。そしてとつぜん、灰色の男が現れました。

「われわれはおまえから友だちをみんなとりあげてしまった。」
「おまえにちょっとばかり、やってもらいたいことがある」
「きょうの真夜中に会って話をしよう。」
モモはだまってうなずきました。

しかし、そのあとでやはりモモは怖くなりました。

いちばん安全なのは、たくさんの人たちのなかにまぎれこむことだとモモには思えました。

助けを求められるし、人ごみのなかへ逃げ込めるからです。

その日の午後からずっと夜おそくまで、モモは人ごみにまじって町のさかり場からさかり場へと歩き続けました。

トラックの荷台に乗って、眠ってしまい、友だちが恐ろしい目にあっている夢をみました。気づくと、どこだかわからない高層ビル街にいました。そこで降りました。

すると、とたんに

モモは逃げる気がなくなりました。

夢を思い出し、モモはじぶんの身の安全ばかり、考えていたことに気づきました。

ずっとじぶんのことばかりを考え、じぶんのよるべないさびしさや、じぶんの不安のことだけで頭をいっぱいにしてきたのです!
ところがほんとうに危険にさらされているのは、友だちのほうではありませんか。あの人たちを助けることのできる人間がいるとすれば、それはモモをおいてほかにはないのです。
不安は消えました。勇気と自信がみなぎり、この世のどんなおそろしいものがあいてでも負けるものか、という気もちになりました。

モモは広場に立っていました。そこへ車が押し寄せました。たくさんの灰色の男たちが現れ、モモを取り囲みました。

彼らのほうでもモモをおそれているようでした。やっと口を開きました。

「率直に話しあおうじゃないか。おまえはかわいそうに、ひとりぼっちだ。」
「おまえはあらゆる人間からきりはなされてしまったのだ。」
モモはだまって聞いていました。
「いつかは、おまえが耐えきれなくなるときがくる」

灰色の男たちは、ありあまる時間の重荷から解放してほしいなら、そう言うように促します。

モモは首をよこにふりました。
「こいつは、時間のなんたるかを知っているんだ。」だれかがささやきました。
「マイスター・ホラを知っているか?」

灰色の男たちは、ホラのところに案内すれば、おまえと友だちには手を出さない、という条件を提案しました。

さむさがどっと押し寄せてきます。モモははじめて口をききました。

「マイスター・ホラに会って、どうするの?」

灰色の男たちは動揺しはじめました。かんだかいこえで叫ぶように言います。

「われわれはうんざりしたんだ、」
「ちびちび時間をかきあつめるのにはな。ぜんぶの人間の時間をそっくりまとめてもらいたいんだ。それをホラにわたしてもらわなくてはならん!」
「すると人間はどうなるの?」
「人間なんてものは、もうとっくからいらない生きものになっている。」
「この世界を人間のすむよちもないようにしてしまったのは、人間じしんじゃないか。こんどはわれわれがこの世界を支配する!」
「だが心配はいらないよ、モモ。」

ご機嫌とりのように灰色の男は言いました。われわれに手を貸せば、おまえと友だちには手を出さない、と。

「おまえたちは、遊びや物語をするさいごの人間になるだろう。」

ものすごいさむさのなかで、モモは言いました。

「たとえできたって、案内はしない。」

灰色の男たちは、カシオペイアというカメが必要であることに気づき、消えて行きました。カメの捜索に当たるためです。

モモはひとりになりました。そのとき、はだしの足にふれたのは、カシオペイアでした。


『モモ』ミヒャエル・エンデ著、大島かおり訳、岩波少年文庫、2005





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