アラスカの写真家、星野道夫の言葉 - 死の前に

アラスカの写真家、エッセイストとして知られる星野道夫は、1996年の展覧会で日本に帰国しました。

シベリアで熊に襲われて亡くなる、半年前の言葉が残っています。

「アラスカに熊っていますよね、あの熊が一番すごいのは一撃で人間を倒せるからなんです。」
「どこか近くに熊がいて、いつか自分がられるかもしれない、と感じながら行動している時の、あの全身の神経が張りつめ、敏感になり切っている感覚が僕は好きです。」
「あるインディアンの友人が言ってたんだけど、人類が生き延びてゆくために最も大切なのは"畏れ" fear だって。僕もそう思います。我々人類が自然の営みに対する畏れを失った時、滅びてゆくんだと思うんです。今僕たちは、その最後の期末試験を受けているような気がするんです」

命への畏れといえば、星野道夫は亡くなる前に子供を持っていました。

そして、生前最後の本となる『旅をする木』に収録されたエッセイに「ワスレナグサ」の章を設けて、詩のような文章を綴っています。

十一月のある晩、吹雪の北極圏で、
初めての子どもの誕生を知った。
アラスカを旅するようになって、
いつのまにか十六年が過ぎていた。
頬を撫でる極北の風の感触、
夏のツンドラの甘い匂い、
白夜の淡い光、
見過ごしそうな小さなワスレナグサのたたずまい……
何も生み出すことのない、
ただ流れてゆく時を、大切にしたい。
そんなことを、いつの日か、
自分の子どもに伝えてゆけるだろうか。

星野はシュラフ(寝袋)のなかで、この夜は眠れなかったそうです。

ちょうど同じ頃、偶然の一致から、アラスカのパイロット、星野の友人であるドンが、同じ題の詩を英語で書いていました。

わすれな草(Forget-me-not)

忘るるなかれ、解き放たれし風を、
忘るるなかれ、凍れる海を、
忘るるなかれ、大いなるものの力を、
忘るるなかれ、花に秘められし愛を、
われは君を永久とわに忘れじ、
忘るるなかれ(Forget-me-not)
わすれな草よ(Forget-me-not)

ドンは、星野道夫との最後の飛行の前に、草原でわすれな草をみつけ、逝きすぎたひとたちを思ってこの詩を書いたとのことです。


『旅をする木』星野道夫 (最近、文庫化もされました。)
『魂の旅 地球交響曲ガイアシンフォニー第三番』龍村仁 角川ソフィア文庫 2007


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