うどんの引力
今日こそはお昼にうどんじゃないものを食べよう。
そう意気込んで街へ出たのに、容赦ない外の空気に触れた瞬間、思った。
“ああ、うどんかも”。
ガラス越しに感じていた日差しに油断していたけれど、いざ出てみると空気は思った以上に冷たい。穏やかだった秋の空気はいつのまにか、冬へ向かうものになっている。
あーあ。もっと厚着してくればよかった。今更そう思ったところでどうしようもない。身をきゅっと縮こめて、前進あるのみ。
どうしようかなあ。ここのところ、作業場から近くて安くて早いからと、お昼はチェーンのうどん屋ばかり。今日はひさびさに、違うもの食べよう!って、決めていたはずなんだけどなあ。いや、でも、この寒さは。
そんな葛藤を心の内に繰り広げつつ、てくてく歩いてゆく。
弁当屋の前を通り過ぎ、うどん屋の前も……いったん通り過ぎて、サンドイッチ屋の前でメニューを眺めてみる。うう、寒い。生レタスと生トマトの写真を見ているだけで、さらに寒い。なんだか体の芯まで冷えてきた。
さっきから脳内でちらついているのは、湯気がもわもわと立ち上るうどんの映像。なかなかの引力で私を誘惑してくる。
やむなく道を引き返し、うどん屋に吸い込まれてゆくわたし。
* * *
オフィス街の昼休みなので満席状態で混んでいる。
ひとりで訪れれば、当然カウンター席だ。
スーツ姿のおじさんに混じって、私服のわたしがちょこんと座る。こういうのに抵抗を感じなくなったのって、いつからだったかなあ。
30歳を過ぎたあたりからなのか、結婚して異性の目を気にしなくなってしまったからか、それとも東京じゃなく福岡だからか。その全部か。
はっきりと理由なんてわからないけど、混雑するうどん屋のカウンター席にひとりで座っていても、居心地の悪さを感じなくなったなあ、と思う。
「福岡はラーメンよりうどん」。そんな声もよく耳にするから、やっぱり土地柄もあるのかもしれない。
なんというか、ソウルフードとしてうどんの地位が確立されている感覚があって、女性ひとりでも、女友達同士でも、なんなら恋人同士でも、「チェーンのうどん屋、アリ」感が根付いている(ように、よそ者の私からは感じる)。そういう意味では、とっても気楽でありがたい。
20代、東京にいたころにも別のうどんチェーン店に入ることはあったけれど、やっぱりどこか「今日は仕事で忙しいからうどんなんです」と、変なプライドをまとい、戦士の象徴としてうどんをすすっていた気がする。
あのころは、仕事用のジャケット姿なら、サラリーマンに混ざっても大丈夫、とか思っていた。いま思えば、何が大丈夫なのか。いったい誰に意地をみせていたのか。
時を経て、いま私が福岡ですするうどんは、「チェーン店のカウンター席」という喧騒感と慌ただしさは等しくも、ほっと安らぐためのうどんだ。
美味しくて、親しみがあって、体を温めてくれるうどん。
他の選択肢がたくさんあるのに、選んでいるうどん。
* * *
熱々のごぼう天うどんが運ばれてきた。テーブルの上のセルフのネギを、どさりと載せる。今日はひとに会う予定もないし、多少ネギくさくたっていいでしょう。
アイ・アム・ネギラバーなので、ひとつかみじゃあ足りない。とりあえず、小さなトングで3つかみ。結局足りなくて、途中で追いネギしたけれど。
湯気立ち上る麺にふーふーと息を吹きかけて、はふはふ言いながらうどんをすする。ああ。あったかい。あったかいぞ。
道中、すっかり冷えたからだが、胃袋からじわじわと温まっていく。こわばっていた体の筋が、ほぐれてゆくのがわかる。
入り口から近くて寒い席だからと、薄手のコートを羽織ったまま食べていたら、食べ終えるころにはぽかぽかとして、なんならうっすら汗ばんでいた。
やっぱり今日は、うどんにしてよかった。
胃袋も体温も満たされて、サクッと店を出る。
気づかないうちにヤケドした舌が、ヒリヒリと痛い。ああ、またやっちゃったよ。せっかちに食べはじめるもんだから、たいてい、いつもこう。
よくある日の、よくあるお昼の光景。
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info
ウエスト 天神昭和通り店
福岡県福岡市中央区天神3-3-14
092-718-1655
https://tabelog.com/fukuoka/A4001/A400103/40032531/
※ウエストは福岡を中心に展開する、九州最大のうどんチェーン。街でめっちゃ見る。福岡にいたら常識、でも私は福岡に来るまで聞いたことすらなかった。土地が変わると見慣れたチェーンも変わる。
※ちなみに会社自体は焼肉店なども広く展開。
株式会社ウエスト 会社概要(公式)
https://www.shop-west.jp/about/
自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。