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自己紹介~その②~

ちょむです。
前回のnoteにて簡単な自己紹介をさせていただきました。
(詳細はこちら

いきなり自己紹介がダラダラと長くなってしまうのもなぁ…と思い、初投稿のnoteでは比較的あっさりとまとめましたが、このnoteではもう少し詳細に自分の想いを書いていこうと思います!🔥

最後までお付き合いいただけると嬉しいです!

■コーチングに興味を持ったきっかけ

・Ⅰ. 現職での仕事内容

そもそもぼくは、なぜコーチングというものに興味を持ったのか。
元々多少なり興味関心は持っていたのですが、それをより強くさせたきっかけは現職での経験です。

現職では就職活動に取り組んでいる学生さんのサポートをする、世で言う「キャリアアドバイザー(CA)」という仕事をさせていただいています。

日々学生と面談をし、その学生にあったキャリア、それを実現できる企業はどこなのかを共に考え、共に道を決めていくという仕事をしています。

現職はありがたいことに「学生の本心に向きあうことが何よりも大事、こちらの都合で無理やりクライアント企業にねじ込むようなことは決してしてはいけない!」という文化を持っているため、CAとしての成果は求められるものの「数字が100%、達成していないのであれば何が何でも学生を入社させろ!!!」といった状況になることはなく、目の前の学生に本気で向き合い、その中で最善と思えるキャリアを共に決断していこう!というスタンスで仕事に向き合うことが出来ています。

更に現職ではCAの業務以外にも、学生さんを集めたワークショップ/セミナーも月に合計100回以上開催しており、そのワークショップやセミナーのコンテンツ作成の責任者にも抜擢いただき、どうすればより学生にとって学びの多い有意義な時間だったと感じてもらえるかを考え、形にするといった仕事にも取り組んでいます。

ありがたいことに各コンテンツの平均満足度9.2/10を超え、参加してくれた学生から感謝の言葉をもらえたりすると「いい価値提供が出来ているのだなぁ…!」と感慨深くもなり、慌ただしい中ではありますがそれなりに充実した毎日を過ごす事が出来ているわけであります。

・Ⅱ.感じ始めた違和感

前提として、現職では非常にやりがいを持って目の前の仕事に取り組む事が出来ています。

がしかし、そんな毎日を過ごしていく中でふとよぎったこんな気持ち…。

「この子たちは、社会に出た後も自分の足で立って何の迷いもなくいきていけるのだろうか…?」

※支援をさせてもらった学生たちが頼りなく見えているとか、能力がないとかそういうマイナスな意味では無いことをまずご理解ください。
彼ら彼女らはぼくなんかよりも何十倍も優秀です!

変化が激しい世の中、停滞あるいは衰退の一途をたどる日本、個人の人生における責任を国が守ってくれる時代は次第に終焉を迎え、どんどんと広がる自己責任社会…

こんな誰もがフワフワと浮足立っている現代において、彼らの「ファーストキャリア」だけのサポートをしただけで「良い人生を送ってもらうための手助けが出来た!」と満足してしまって本当によいのだろうか?

真剣に向き合ってきた自覚が少なからずあったからこそ、こんな気持ちが沸々とわきあがってきたわけです。

・Ⅲ.自分のやりたい仕事って結局…

そんな気持ちを抱えながらも日々の仕事に向き合っていたこの夏。

そんな最中、ふとTwitterで目に入ってきた言葉。
それが「コーチング」でした。

アメリカでは既に1兆円以上の市場を持っているものの、日本にはまだ浸透しきっていないビジネス、コーチング。

参照:https://coaching-by-web.com/personal-coaching/market-trend-research/

確かに日本においては新しい考え方で、「本当にそんなものに価値があるのか?」という声もまだまだ多い気がします。

しかしこの現代、国民の幸福度は先進国で最下位争い、ビジネスマンの幸福度に至っては先進国どころか全世界で見ても最下層、国民1人あたりのGDPもアジアにおいて諸外国に追い抜かれているこの日本という国において、「悩みがない」という人の方が珍しいのではないか?

今の自分のあり方や生き方、これからしようとしているの人生の選択において共に寄り添い、共に悩み、共に活路を見出していく存在って意外とニーズはあるのではないか?

そして想うわけです。

自分の考える「良い人生を送ってもらうサポート」って実はこういうことなんじゃないか…?

■良い人生って何なんだ?

幸福度が低い国、幸福度が低い人生ってシンプルに寂しいと思うわけです。

何が幸せなの?という定義は人によって当然異なるわけですが、定義は何であれ、「自分は幸せだ!」と思える瞬間、感じられる時間が多い人生になるならばそれに越したことは無いという部分に異論はないと思います。

ぼくは日本のバブルが崩壊したタイミングでこの世に生を受けました。

テレビでよく耳にした言葉は「不況」「デフレ」「失われた20年」、そして「あの頃は良かった」という昔を懐かしむ言葉です。

小学校にあがれば「ゆとり教育」なるものを受け、社会に出る頃には「ゆとり世代は扱いにくい!」という記事をいくつも見てきました。

就職活動の直前で東日本大震災があり、これまで当たり前だったものが一瞬にして当たり前でなくなるということも経験しました。

そして2020年からのパンデミックにより、社会の構造が変わり、それに振り回されている人や企業、上手く順応している人や企業をたくさん目にしました。

そしてこのnoteを書いている今、ぼくは思うのです。

「誰かがなんとかしてくれる」
「当たり前の明日が永遠に続く」
そんなことはもうこの先の未来で期待してはいけない。

自分の人生は自分でなんとかしていかなければならない。

自分で自分の人生の主導権を手放すような選択は断じてしてはならない。

だれかが自分の人生の主導権を手放しそうになったとき、どうすればよいか分からず途方に暮れてしまった時に、どうにかして力になれる存在でありたい。

ぼくにとっての「良い人生」とはこういう存在になることなんじゃないか。

そしてそんなぼくの姿を見て子供が何かを感じてくれたら、それよりもよい教育はこの世に存在しないだろうとも思うのです。

■さいごに

このnoteでは、ぼくが持っている想いの部分を率直に書かせていただきました。

これからも様々な内容の投稿をしていこうと思っていますので、引き続きよろしくお願いいたします!


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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