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ヒグラシの声

夫の運転する車で、母と娘、私の4人で墓参りに出かけた。

山間の墓苑にも真夏の太陽が容赦なく照りつけている。それぞれが手分けしたように手桶の水を注ぎ、花を手向け、ろうそくと線香に火を灯した。

「じいちゃん、水いっぱい飲んでね」と言う私に、「おじいちゃんビール飲めなかったの?」と娘が驚いている。父が他界して20年、当時3歳だった娘におじいちゃんの記憶はほとんどない。


墓前に手を合わせると、娘の就活や息子の進路のことなど、話したいことがたくさんあった。一言でいいから、父の言葉が聞きたい思いがした。


実家に戻り、皆で葡萄を食べた。テレビからは戦後70年を特集する番組が流れている。


「おじいちゃんは召集されなかったんだよね」と聞く私に、母が「航空兵に志願したけど、試験に落ちたんやわ」と言った。「あかんやん」と笑ったあと、ハッとした。昭和二年生まれの父がもし航空兵になっていたら、この茶の間の談笑も、それどころか私さえ存在しなかったかもしれない。今あることが当たり前ではないのだと、感じた。


ひとりで暮らす母に「気をつけてやってね」と帰り支度をした。裏山でヒグラシが鳴いている。カナカナカナという声が、まるで父からのメッセージのように心に響いた。

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夏の思い出

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