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彼は彼女の奴隷か相棒か?(街で★深読み)

サラリーマン時代、市内の自宅から郊外にある事業所まで、車を運転して通勤していた。
かなり前のことだが、雑誌の編集者に言われたことがある。
「あなたは、小説を書く人間として、大きなハンデを負っている。
➀ 地方(東京ではない、という意味)に住んでいる。
➁ 仕事が人間相手ではなく、モノ(材料研究者だから)を相手にしている。
➂ 公共交通機関ではなく、自家用車で通勤している。
つまり、外部からの刺激が乏しい環境で生活しているからです」

その職を続ける以上、➀と➁は変えられないが、➂だけは変更が可能だった。ただし、乗り換えが多いため、通勤時間は倍になる。

飲み会のある日はもちろん車で帰れないので、出勤もバス・地下鉄になる(しかもその頃、飲み会は多かった)。そうした時は確かに人間観察のチャンスだった。
そうはいっても、いつも面白い場面に出くわすとは限らない。おっとこれはと思った時は、メモに残していた。

時を経て読み返すと、当時とは異なる感想を抱くことがある。

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地下鉄で通勤したある朝のこと、街の中心から郊外に向かう地下鉄の車内がある程度き、向かいの座席が見渡せる状況になった。
そこには制服を着た高校生の男女カップルが、珍しい事をしていた。

斜め坐りになった男子生徒が、隣の女子生徒の方に向けて丸いコンパクト鏡を両手で持ち、一方の女子生徒はそれに顔を映しながら、電池式だか充電式だかのホットカーラーで髪にカールをかけていた。

《彼女》は両手を使い、真剣な表情で髪を巻いていた。
《彼》は、鏡の位置や角度が変わらないよう、慎重に支えていた。

他の乗客は、貴重な通学時間を《髪のお手入れ》にあてる女主人と、その忠実なしもべとを眺めながら、── たぶん、呆れていたと思う。

当時のメモの最後にはこうある:
ほとんど奴隷状態の男子高校生であった》

でもね。
今ならこう思う:
── このふたり、《理想的なカップル》なんじゃないの?

《彼女》が《彼》に期待する重要な《役割》を、彼は ── 喜んで、かどうかはわからないけど ── しっかり果たしていた。
《彼》は《彼女》にとって、欠くべからざる相棒バディなのだ。

確かに、第三者から見れば、
そんなこと、そんな時間に、そんな場所でする必要あるの?
という行為かもしれない。

── そりゃあ……必要だったんだよ、もちろん!

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