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肩こり持ちの14歳が28歳で整体師になって開業するまでの話。#4

初めて自分のエゴを意識してから10年以上が経ち、私は大学を卒業してから調剤薬局で事務員として働いていました。

当時、体と心が疲れ切っていました。
この時は気がついていませんでしたが、私には『問題が起きたらすべて自分のせい』と思う、とんでもない癖がついていたのです。


本来なら、問題が起こったらその原因を見つけて対策をすることが一番の解決方法のはず。ところが、経営者から言及されるのは『何が悪かったのか』ではなく『誰が悪かったのか』でした。

これでは、起きた問題の本質がいつまで経っても見えません。対策も打てないので最悪です。狭い空間で偏った思考パターンに晒され続けることで、悪癖が身についてしまいました。

経営者は犯人探しが大好きらしく、犯人をとことん言いくるめれば問題解決!という考え方を持っていたようでした。
私は素直に鵜呑みにしていました。
驚いたのですが、この連載を書き始めて文章にしてみて初めて、そのことに気がつきました。まったく世間知らずというのは恐ろしいものです。人生何事も経験ですね。


そんなこんなで、毎日頭痛薬を飲んで出勤。ストレスから生理が3カ月以上こないこともざらでした。休日は日祝と、月に一回だけ土曜日がお休み。常に人員不足。残業代が出ないので、休憩時間を無理やり伸ばしたことにして対応。
田舎の小さな一族経営の会社であれば、労働条件としてはよくある話です。
でも体と心を蝕むには十分でした。

腰痛や頭痛で医療機関を受診したこともありましたが、特に異常はなし。何もしないよりは体が楽だからと、この頃からもみほぐしやリラクゼーションを頻繁に利用するようになります。


その中で1件のタイ古式マッサージ店に出逢います。
経営しているのは、タイのチェンマイでマッサージスクールの外国人教師を務めた日本人という、少々ぶっ飛んだ経歴をお持ちの方でした。

そこに行ってみようと思った理由の一つが、マッサージスクールを併設していたことでした。人に教えられるくらいの人であれば信頼できる、と思ったのです。

そして実際お会いしてみると、その人はとても面白い方でした。サブカル趣味が似通っていたこともあり、施術を受けに行く、というよりは話をしに行くような感じでちょくちょく通うようになりました。

そうやって通ううちに、骨や筋肉の名前が気になり始めます。オタク気質が強いので、ものの名前を覚えることが好きだったのです。

こうなると、併設のスクールに通い始めるのは自然な流れでした。できないことができるようになる、知らなかったことが分かるようになる、というのはとても楽しいことです。しかも人から教えてもらうので、理解できたときには認められたような気がして自己肯定感が高まります。
こういった類の快感は、一度味わってしまうと抜けられなくなります。私は現実から逃げるようにして、のめり込んでいきました。


こういう楽しいことが、仕事になったらいいのにな。

手に職をつけて生きていけたらな。

そしたら誰にも使役されないで生きていけるのにな。


死んだ魚のような目をして働く日々に、ぼんやりとした未来を思い描くようになっていました。

そして、2016年2月3日。私は手帳にこんなことを書き残しています。


もう絶対転職する。自分が主人公の人生を生きたい。


次回に続きます。

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