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It’s getting hard to be someone…

私の家の近所には小学校があり、近所をふらふらと散歩している時などに、グローブやバットを持った子どもたちとよくすれ違う。子どもたちは場所取りのため近場の公園に急ぐが、すでに公園では何組もの子どもたちが限られた場所で三角ベースを楽しんでおり、後から来た子どもたちは隅っこの方のスペースで工夫をしながら同じように三角ベースを始めだす。

そんな風景をしなびたおじさんである私は、その日の晩御飯は何にしようかしらん?などと考えながら眺めてたりする。

知らない人もいるかも知れないので説明すると、三角ベースとはいわゆるニ塁と外野がないルールの野球で、少ない人数と場所もそれほど取らずに楽しめる簡易な野球である。

私は小学生の頃、地元の少年野球に参加していたこともあり、子供の頃はスラッガー候補として誘われる度によく三角ベースをやっていた。場所は公園ではなく、もっぱら近場の広場だったが…。まぁ、広場と言えば聞こえはよいが建築会社の飯場みたいなプレハブ小屋の前に砂利だらけの広場があり、そこには重機やトラックも止まっていたが、私達にとっては三角ベースをするには十分すぎる広さがあったこともあり、ズカズカと無断で中に入っては三角ベースをしていた。

其処に住むおじさんや、重機に乗ったおじさんたちはとても優しく「ちょっと車入れるまでどいててや〜」など言われることはあったが、無断で遊ぶことをたしなめられることはなかったなぁ。まったくもって緩いゆったりとした時代である。おじさんたちも仕事終わりの体を水浴びで泥を落としたり、タバコを吸ったりしながら、私たちの三角ベースを笑顔でみながら「へたくそやなぁ」「うまいうまい」などとよく声援をくれた。

しかし突如としてある異変が起きた。その広場に犬が現れたのである。おじさんたちから残り物がもらえることあてにしてか、いつしか広場を住処にしたようで毎日見かけるようになった。

その犬は茶色い毛並みをした雑種の中型犬で、私達は「ボス」と名付けた。ボスはおじさんたちには尻尾を振り「クンクン」「キャイン」と近寄りじゃれるのだが、私達には唸り声をあげ威嚇をするのである。そりゃぁエサを与えるわけでもなく、自分の寝床で三角ベースをしながら「わきゃきゃ」と騒ぐ子どもたちなどボスにとっては迷惑でしかなかったのだから当然であろう。しかしこの場所は私達の場所であり(実際は違うんだけどね)あとから住み着いたボスに遠慮するいわれなし!と私達は三角ベースを続けた。ボスは最初の頃、毎回威嚇してきたが、威嚇を無視してゲームを続ける私達に諦念したのかそのうち威嚇をすることもなくなり、広場の隅っこにおじさんたちが作ってくれた犬小屋から頭だけを出して、私達の三角ベースを眺めるようになった。

そんなある日、事件が起こった。スラッガー候補である私が放った打球がボスの犬小屋を直撃したのである。犬小屋にいたボスはびっくりして飛び出し、直撃したボールを素早く咥え、久方ぶりに唸り声をあげながら私たちを睨みつけてきたのである。

私達はそのボールを誰が取り返しに行くか話し合った。まぁ当然というか原因を作った私が取りに行かざるを得ない雰囲気を仲間たちからムンムンに醸し出され、そのプレッシャーに負けて結局は、自ら取り返しに行くことを仲間に伝えた。心のどこかに「ほたらオレも一緒に行ったるわ」と誰か一人ぐらいは言ってくれるだろうと思っていたが、私が取りに行くことを伝えたそのすぐあとに「お菓子買いに行ってくるわ」と何人かは駆け足で駄菓子屋に向かい残った仲間は「ベッタンしとくからボール取ってきたら教えてな」とベッタンを始める始末である。ほんと私も含めてクソガキってやつだけはどうしようもない。

意を決し、私はボスに近づいた。ソロリ…ソロリ…と。するとそれまで唸り声を上げていたボスが私がゆっくりと近づいていくごとに、唸ることをやめ、静かなそよ風が小さき枝葉を優しく揺らすが如く、尻尾を揺らし始めたのである。

「よーしよーし」「いい子ですねー」「わしゃしゃしゃしゃ」とムツゴロウ並みに目を細め私は笑顔で近づく。尻尾を揺らすボス。「よーしよーし」「わしゃしゃしゃしゃー」「グッボーイグッボーイ(グッドボーイ)」と近づく私。更に尻尾の揺れ幅が大きくなるボス。「よーしよーしよーしよーしよーし!」「わしゃしゃしゃしゃわしゃしゃしゃしゃ!」と近づく私。更にさらに尻尾揺らし、最終形態である空に向けて尻尾を立て、ブンブンに尻尾を振るボス!「だよねだよね。寂しかったんだねボス」「あんたいい子だね」「怖くないんよ怖くないんよ」「ごめんねごめんね」「すぐ終わるからね」と勘違いされるような言葉を発したか発していないかはわからんが、とにかく然様な心持ちで私は近づいた。

僥倖、ボスはボールを口からだし、後ろ足で小さく「キャユンッ」とばかりに跳ねながら後方へジャンプしその地点でようわからんがくるくると回りだした。

私は素早くボールを掴み、振り返るやいなや、仲間たちの待つ場所へと走り出した。「栄光へ向かって走るー あの列車へ乗っていこうー 裸足のままで飛び出してー あの列車へ乗っていこうー」である。

しかし、私がボールを握りながら向かってきているのを確認した仲間は、喜びの笑顔を見せるのではなく、恐怖に引きつり何やら得体のしれないヒザ下左右交互にカクカクするような動きのあと私から逃げるように走り出した。

そしておもむろに帰ってきた駄菓子屋チームが私を指差し叫ぶ!「カズオ!後ろ後ろ!」振り向いた刹那、青がそこにはあった。私はブルー。悲しみのブルー。ボスの瞳。ごめんねごめんねー。よーしよーしよーし。グッボーイグッボーイ…‥…ボスの思考と私の思考が言葉の形をまとい宙を舞う。君につけたい花の名前がぼくにはあったんだ………なんのこっちゃ。

ケツ噛まれた。ボスにケツ噛まれた。

思うに私が近づいてきた理由をボスは遊んでくれるためと思ったのであろう。そんな期待を私がボールをつかみ走り出したことによって、ボスは私を裏切り者の略奪者と認識し、さらに期待を裏切られたことが上乗せされた結果、私を追い、ケツに噛み付いたのであろう。

その後、私は大事を取り、病院へ連れて行かれケツの傷口を洗浄され、軟膏を塗られただけで帰らされた。幸い大きな傷ではなく絆創膏でも貼っとけばいづれ治るだろうと医者に母は言われた。

その事件の後から、建設現場の広場には行けなくなった。おじさんたちは謝罪のために我が家へ現れたが、父はおじさんたちの前で私の頭を思いっきりはたき、おじさんたちに「こちらこそこのバカ息子のせいでご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした」と頭を下げた。そして「噛みついたという犬についてもどうか処分せずに今まで通りお願いします」と伝えた。おじさんたちは、そうしたいのは山々だが噛み付いたことが建築会社の人の耳にも入っているため処分せざるを得ない状況となってしまった、と答えた。父は「それならば我が家の飼い犬として迎い入れたいとお伝え願えないか」と言い、結果、ボスを我が家の飼い犬として迎えることとなった。

その後、ボスは我が家で暮らし5年後にこの世を去った。迎い入れた当初は、人になつくことが苦手なようであったが父にはよくなつき、毎日散歩に連れて行かれては何かを咥えて帰ってきていた。私に噛み付いたことを覚えているのかどうかはわからないが私にもなついてくれた。私は友人と遊ぶことに忙しく、ボスとはあまり遊んだ記憶はないがそれでも良き犬・家族であったと今でも思う。

ボスとの最後のお別れの際「ボスありがとう…」と伝えると父は「ボスな…女の子やったけどな…」とボソッと言った。





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