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【中国】陳情令聖地巡礼~雲深不知処に行ったら人生を考えさせられた話

陳情令の最終話を中国国内版で観たのか、あるいは海外版で観たのかで、ラストシーンへ抱く印象は全く変わってくる。

私が初めて日本語字幕で陳情令を観終えてから中国語字幕へと移行した際、ラストシーンとして提示された画面に衝撃を受け、胸を押さえた。

中国では、毎日のように都匀の山に登るファンが全国各地から集まる。アニバーサリーなど特別な日には、現地で催行されている登山ツアーの定員200人も埋まる。その理由は、撮影時エピソードももちろんだが、中国国内版のラストシーンがあの山であることが大きいだろう。

私も都匀の山に非常に強い思い入れと憧れがあり、近いうちに必ず登山ツアーにお世話になる予定だ。

が。海外版から観た私にとって、ラストシーンといえば圧倒的に滝なのだ。都匀の山と同じくらい、絶対に自分の目に焼き付けたいのが、

「蓝湛 你不愧是含光君」
「你也不愧是魏婴」
〜微笑む二人〜

この会話が交わされた滝だった。

その滝は横店から車で約1時間かかる浙江省金华市磐安县の「百杖潭景区」という景勝地の山の中にある。百杖潭景区は、中国の観光局が観光地に定める等級で「4A」(最高5A)として認定されている。

これまで、杭州や重慶など、一度も訪れたことのない都市で小红书(RED)と高德地图(マップアプリ)を駆使して、肖战さんと王一博さん関連の聖地巡礼を成功させてきた経験から、一人で見知らぬ土地に行ってもなんとかなるという自信がついてきていた。

それでも。山となると一筋縄ではいかない予感がした。情報収集には時間をかけた。


最初に小红书で得た有益情報は「百杖潭景区の入口と山の中腹を往復する電動カートのチケットを購入しておくと便利」だった。

カートに乗ったらロケ地より上まで行ってしまうのでは?と心配したが、陳情令の撮影はいずれもカートの降車地より上で行われたと分かり、安心して「入山チケット+電動カート(行きのみ)チケット」を高德地图で購入した。

なるべく毎日1万歩以上歩くことを目標にしている私は、帰りは歩いて歩数を稼いじゃお!と考えていた。この時は。

チケットが購入できたところで、聖地巡礼には欠かせない、過去に百杖潭景区に行った人達の写真をじっくり眺める。編集にひと手間かかるのにスクショと実際の写真をセットで載せてくれる先人に投げ銭したい気持ちになりながら画像を保存していった。

云深不知处の門や、ラストシーンの滝。ドラマそのままの世界観が自然の中に残っている。
しかも、門の横に羡羡のパネルや「云深不知处」と書かれた看板がある・・・!

陳情令がこの山の中に云深不知处を作った。
その事実に感動した。

写真を眺めて期待に胸を躍らせた私は、自然の流れで画面をスクロールして文章を読んだ。投稿を読み進めるにつれて、芽生えたばかりの期待を押し流すレベルの不安がビッグウェーブで押し寄せてくるのを感じた。

・蝶や蛾が通常より大きい
・毛虫があちこちにぶら下がっている
・蚊が群れをなしている、凶暴
・猪や毒蛇がいる

山の中で生活しているのは虫の方なので当然なのだが、虫が苦手な私にとって、蚊の群れや毛虫といったワードは相当にパンチが効いていて、文字として認識するのが辛かった。

蛇に関しては、実際に遭遇した人の投稿を見つけてしまった。鮮やかな緑色の蛇が滝の下の岩に貼り付いているライブフォトが載せられていた。

毒蛇の存在が現実味を帯びてきて鳥肌が立ったが、さらに私の注意を引いたのが猪だった。
日本のテレビで見た猪関連のニュースが脳内を駆け巡った。慌てて「猪と遭遇したら」とGoogle検索した。

正しい対処としては、絶対に威嚇や攻撃はせずに大人しくその場を離れること。また、逃げる時は牙に刺されないよう、背中を向けずにゆっくり後ずさりする。木に登るなどして高いところに逃げるのも有効だそうだ。

いざとなれば私の生存本能が働いてくれることを願ってそっとブラウザを閉じた。できればこれ以上考えていたくないシチュエーションだった。

ちなみにこの文章において恐怖心を煽る意図はない。が、私自身、過去に聖地巡礼した人のリアルな感想を読んだお陰で心と持ち物の準備ができて非常に助かったので、今後行こうとしている人に届けばいいなと思っている。(後に続く文章の意図も同様)


朝9時すぎ、横店のホテルからタクシーに乗って出発した。窓の外の街並みは途中から完全に姿を消して、山だけが続いていた。

山にかかる霧が、すでにドラマのような幻想的な雰囲気を醸し出していた。

今度は畑が目の前に広がった。横店を出て1時間近く、ようやく目的地に近づいてきたところで、運転手さんがナビを見ながら「うわぁー!!カーブだらけだ」と驚きの声を上げた。

ナビを覗くとうねうねとした矢印が画面いっぱいに伸びていて「これは怖い・・・」と言った。その後、ナビが示すとおりの形状をした山道に差し掛かり、身体が大きく左右に揺れた。

長年、横店を拠点にタクシードライバーをしている彼もここまで来たことは無いそうだ。
「この辺はまだ田舎だなぁハハハ・・・」と独り言を話す彼は明らかに動揺していた。
本当に遠くまで来てしまった。

ナビ上ではあと5分で目的地到着のところで、タクシーは停止せざるを得なかった。なんと目の前が工事現場だったのだ。

工事現場の前に「チケット売り場」と書いてある小さな建物がある。何が何だか分からない

運転手さんがタクシーを降りて作業員の人に道を聞きに行ってくれた。目的地はここで合っていた。

百杖潭景区の5文字が見えてめちゃくちゃ安心した。

「ここじゃ絶対タクシー捕まらないね・・・」と不穏すぎるフラグを立てて運転手さんは横店に帰って行った。待って行かないで!!後で迎えに来て!!!と引き止めたかったが、山を登って降りてくるのに何時間かかるのか分からなかったので頼めなかった。

帰りのタクシーは帰りの自分に託すことにして、チケット売り場のお姉さんにアプリの予約画面を見せた。売り場の前に陳情令ロケ地攻略図が掲示されていて親切だ。

「今日は朝方に雨が降って滑りやすくなってるから石の上に立たないようにね!危ないよ」とお姉さんから注意を受けた。羡羡が笛を吹く時に石に立っているのを真似して写真を撮る人が多いので、おそらくそれを指している。

そして「カートは帰りだけになってるけどいいんだよね??」と聞かれた。エッ、、、帰りだけ??!?!行きと帰りのチケットを間違えて購入していたみたいだ。

 

こうしてチケットを追加で購入し、3枚の紙チケットをもらった。一番上の入山チケットは、使用済みとして端っこをちぎられている。

この日のために通販で買っておいた六神の蚊除けスプレーをシャワーのごとく両腕に吹きかけて、準備は万端だ。

工事現場をくぐり抜けた先にはカート乗り場があり、そこにはこれから出発する人達を見送るように羡羡が立っていた。

がんばる!!!

これはーー

歩いていたら途中で倒れていた。
往復カートで大正解だった。

乗車時間約15分。カートから降りて歩き出した瞬間、突然のうさうさパークが現れて吹き出した。兎コンセプトは陳情令の影響なのか、放映前からあったのか、そこが気になった。

うさうさパークを過ぎたら登山スタートだ。
大自然が広がっていた。山を流れる水の勢いに圧倒されながら、左手にある石の通路を進んでいった。

陳情令に出てきた冷泉とは異なるが、この山にも同じ名前の場所が存在していた。水温は16度前後だと看板に書いてあった。岩のすぐ近くにいたカメさんの口から出る水に触れてみると、とてもひんやりしていて気持ちよかった。

まだ登り始めてそれほど経っていないのに、もう何匹もの虫に遭遇したか分からない。蝶は先人が書いていたように山サイズだった。虫が視界に入るたびに反射的に声が出た。逃げるように進んでいるうちに、云深不知处の門の前に着いた。

ドラマの世界観そのものだ。ワクワクが止まらなかった。結界が張られているに違いない。

しっかり破らせてもらった!!!

云深不知处に侵入すると、大きな岩が姿を現した。最終話で聂怀桑と忘羡が意味深な会話をするシーンのものである。

ドラマでは家訓の石に隠れているし、ドラマにない左右の橋が目を引くので、事前にリサーチしてなかったら気付かずにスルーしていた可能性が高い。小红书ありがとう。

だんだん道が険しくなってきた。
落石注意の看板。通路のすぐそばで流れる川。落石はすごく怖いし、この川に滑って落ちたら終わりだな・・・と思った。

しばらく歩いて、今度は竹林に入っていった。羡羡が兎と戯れていた場所に似ている。

竹林を抜けたところで、肌にポツポツと水が当たるのを感じた。

小雨かな?ただでさえ早朝に降った雨で地面が濡れてるから本当に滑らないように気を付けよう私。そう気を引き締め直して進んでいくと、肌に当たる水の勢いが増してきた。
そして、先ほどまでの川の流れる音を遥かに超える、ゴオオオオという音が聞こえてきた。

雨ではなく滝の水しぶきだった。

見たことのない光景に言葉を失った。手に握っていたスマホが一瞬で水滴だらけになり、顔がびしょ濡れになった。慌てて傘を差すと、風であっという間にひっくり返った。滝ってこんなに風圧があるんだ・・・と度肝を抜かれた。

魏婴が笛を吹き、蓝湛が琴を弾いていた滝は、陳情令で撮影された時とは全く違うド迫力の表情を見せていた。今日この滝で奏でられる"忘羡"はきっとヘビメタ調だ。

風と水しぶきがどれだけ強烈だったか、陳情令の紹介が記載されているにもかかわらず私が真正面で撮ることができなかった看板の写真を見て想像してみてほしい。ここが物理的に限界だった。

朝から晴れている日であれば、まさにドラマに出てきたような滝の姿が見えるであろう。
魏婴と蓝湛ポジションにある石の上で写真を撮る人も多い。

が、私がこれ以上滝に近付けば、後日ニュースで報道される事態に発展しかねない。看板の写真を撮った後、すぐに滝の横にある通路に戻って階段を登り始めた。

大きな滝の前で、私はひとたまりもない。
とてもちっぽけな存在だったーー。

ポケモンSVで自分より何十倍も大きいヌシポケモンと対峙した時の主人公も、手持ちポケモンがいなければこんな気持ちだったのかもしれない。

忘羡セッションの滝を拝むことができた達成感と、その滝を前にした自分の無力感が交錯した。今まで生きてきて一度も味わったことのない複雑な感情だった。

滝を横目に階段を登る。
お分かりいただけるだろうか。実際は写真よりももっと急な階段だった。このような階段が何メートルにも渡って続いており、滝の水しぶきで濡れてツルツルになっていた。

階段を登っていると少し息苦しくなり、立ち止まって大きく深呼吸をして水を飲んだ。

後ろを振り返ると怖すぎて足がすくんだ。このまま入口まで戻ろうかと数秒だけ考えたが、あの滝を見るまでは帰れないと自分を奮い立たせた。

まずは階段をトン、と軽く踏んで距離感を把握してから、次にしっかり踏みしめて、一段一段登っていった。

聖地巡礼に来た最大の目的である、魏婴と蓝湛が目を合わせて微笑んでいた滝の名前は、景勝地の名前にもなっている百杖潭だ。少し前に「←百杖潭」と書かれた看板があり、もう近くまで来ているはずだが、それらしき滝が見当たらない。
 
通り過ぎ・・・た・・・!!!!!!?

険しい階段を無事に登りきることに夢中になっていた私のサバイバル本能がオタクの勘に勝利し、あろうことか聖地巡礼の目的No.1をスルーした。

もうあとは階段を降りる。全力で。
降りる時の方が危ないので、しゃがみながら恐る恐る降りていく。釜爺にエンカウントする前の千尋の気持ちが痛いほど分かった。
 
幸い千尋のように階段を破壊することなく降りると、そこはーー

魏婴と蓝湛が立っていた場所だった。
涙が出た。

なんて危険な場所で撮影していたのだろうか・・・演じ切った二人と、撮影チームに、尊敬の気持ちでいっぱいになった。

たどり着くまでに大変な思いをした。しかし、それが全て吹き飛ぶほどの清々しさが胸を満たしていた。この場所を自分の目で見ることができた・・・。

今ここにいる時間を大切にしようと思った。
写真と動画を沢山撮り、滝の音にかき消されかけたがスマホで忘羡も流した。

幸せ絶頂の中、百杖潭の向こうにある山を見ていると、ふと「二人の後ろの山はどこなんだろうな〜」と考えた。
ここから見えるはずなのに。

よく、都匀の山の景色と陳情令のシーンのスクショを印刷したものをピッタリ一致させて写真を撮っている人がいる。建物ならともかく、山の中でドラマと同じ角度を見つけるなんてできる気がしなくて、あんなことができるのはマジシャンだ!!と思っていた。

が、オタクの勘がついに働いた。
二人が目を合わせて微笑むシーンをアプリで再生し、スマホを目の前の山の高さまで持ち上げると・・・一致していた。

マジックは私にも使えたのだ。
心の底から感動して、また涙が出た。

今日まで生きてきてよかったと思った。


聖地巡礼の目的を達成した私は、とにかく一刻も早く下山することで頭の中がいっぱいだった。横店のホテルのベッドが私を呼んでいる。

階段を登り切った先に橋が見えた。橋の向こうの看板に「出口」「カート乗り場まで880m」と書いてある!ゴールが近い!!

橋を渡ろうと一歩目を踏み出すと、想像していなかった勢いでガタガタ揺れて、ギャアアアアこわいこわいこわいこわいと叫んで走った。

橋を渡りきった私を待っていたのは長い山道だった。880mが信じられないほど長く感じる。歩いても歩いてもカート乗り場が見えてくる気がしなかった。

ここでも数歩歩くと虫に出会う。その度に飛び上がって逃げる。それを繰り返しながら少しずつ前に進んでいくと、緑の看板が目に入った。

ど、動物通路!???!!!Animal Passage?????動物が人間を指しているのならどれほど良いかと願った。脳内を埋め尽くす猪のイメージ。生まれて初めて猪との対峙を本気でシミュレーションした瞬間だった。

そんな時、目の前に太い木の棒が落ちていた。「絶対に棒で追い立ててはいけません。」Google検索結果に出てきたNG対処法を思い出させてくれているようだった。バッチリ覚えている。棒を武器にしたりはしない。

すでに出会いまくっている虫プラス、これから出会う可能性の高まってきた猪と蛇に対して、緊張レベルが限界に達した私は交渉に入った。

君たちを攻撃するつもりはない
争うつもりもない
なので君たちも何もしないでくれ
Love & Peace.

(原文)

ガチでこれを唱えながら山道を歩いた。私の全ての想いは3行目に込められている。特に虫さん各位には顔目がけて飛んできたりするとか本当に勘弁してほしいのだ。

この時の私は誰がどう見ても気の触れた人間だったのだが、前も後ろも本当に誰一人歩いていないので、一人で喋らずにはいられなかった。

しばらく武士の目つきをして歩いていたと思う。切実な呪文が功を奏したのか、猪も蛇も現れなかった。

そして、数メートル先に4人組の登山客が見えた。人間がいる・・・。森で生を受け、初めて侵入者を目撃した人が発するような一言が漏れた。とてつもない安心感に包まれた。

きっともうすぐカート乗り場だ。山道から見える自然を写真におさめられるくらいの余裕が心に生まれていた。

ポップな看板が見えてきて、カート乗り場だと思い足早に進むと、予想の斜め上を行く展開が起こった。チャレンジゲートだってー?!!!チャレンジをクリアしないとカートに乗れないというのかーー

しかしそのようなことはなく普通に通過できた。ゲートをくぐった先にはネットが張られていて、中には遊びながら筋肉を鍛えられそうなアスレチック遊具が置かれていた。つまりは筋肉へのチャレンジができる場所だった。

チャレンジゲートを越えたところで、不思議なほど冷たい空気を感じた。それは石でできた門の奥から漂ってきていた。小さな洞窟の入口が見えた。仙風洞というらしい。なんだか陳情令の世界観にマッチしそうなスポットだ。

山道を歩いている間は暑かったのに、門をくぐっただけで震えるほど寒くなった。温度は一年を通して10度前後に保たれているそうだ・・・!

この神秘的な仙風洞の存在が気になって後日調べた。洞窟の中には入ってOKだが這って進まないと通れないと知った。中に入った勇者の投稿はまだ見当たらなかった。もし挑戦した人がいたらぜひ教えてほしい。

 

ついに!!!乗り場を示す看板が見えた。
大きくガッツポーズした。

キターーー!!!

もはや目に映るもの何もかもが愛おしい。

あやしげなMikiMiniもすべてが愛おしい。

カート乗り場まで来て、一度も蚊に刺されていないことに気が付いた。六神のスプレーに守られて、普段誰といても蚊の熱烈アタックを一身に引き受ける私が、これだけ虫が大集合した山の中で蚊に刺されなかった。アンバサダー肖战さんありがとう。

ところでカートが1台もない。
それどころか来る気配がまったくない・・・

そういえば、チケット売り場のお姉さんに「車が来なかったら電話してね」と言われていたのを思い出した。タクシーを指しているのかと思っていたが、あれはカートのことだったのでは??

電話番号の案内を探すと、待機場所の中に「カートサービス電話番号」と印字された赤い看板を発見した。掲載されていた番号はチケット売り場らしきところに繋がり、すぐにカートを手配してくれた。

これは今後行く人にぜひ覚えてほしいポイントだ。山の上で待っていてもカートは来ない。電話して呼ぶべしだ。

待つこと約15分。迎えのカートはやってきた。そして、なんという神タイミングか、私がいつの間にか追い越していた先ほどの4人組が歩いてきた。

「おお!!車だ!!」「乗るぞ!!」と急いで走ってくる彼ら。ラッキー4人組は私が車を召喚したことを知らない。4人ともチケットを購入していなかった(してないんか〜い)ので「着いたらチケット買ってな」と運転手さんに言われていた。

例の工事現場

心地のいい風を受けながら車に揺られ、入口に戻ってきた。羡羡にまた会えてホッとした。

入口からチケット売り場の前まで戻った私は、数時間前の自分に丸投げされたタクシーを捕まえるミッションに挑むことになる。
配車アプリで現在地周辺のタクシーに信号を飛ばした。信号は誰にも届かなかった。

工事現場から作業員の男性が歩いてきて「近くの駅まで行けるバス、10分前に出発しちゃったよ。次の16時まで待てるか?一日に3本だよ」と教えてくれた。現在13時過ぎ・・・この暑い中3時間近くも待つのは厳しい。

山を甘く見ていた。やはり朝ドライバーを説得してここに来てもらうべきだったーー

立ちつくしていると、今度は別の男性が「20分にバスが来る!行け!!」と遠くを指差した。一日3本のもの以外にもバスがあったのね?!と喜んだのもつかの間、スマホのロック画面が表示した時刻は13:19。バスはどこにも見えなかったが、とにかく彼の指差す方向へと猛ダッシュした。

すると、向こうから人がやってきて「もうバス行っちゃったよ!」と教えてくれた。終わった。

「これから車で帰る人がいればワンチャン乗せてもらえるかだね」

なるほど、暑い中16時までバスが来るのを待つよりは、これまでの人生で一度も必要に迫られることのなかったヒッチハイクをする方が現実的に思えた。

ヒッチハイクチャレンジの前に。
朝、横店から送ってくれた運転手さんにダメ元で電話してみた。

「こんにちは、今朝百杖潭に送ってもらった者です。もう・・・横店に帰りましたよね」
「うん」

分かりきったことだった。

「タクシーが本当にないんですよね・・・。」
「そっちは遠すぎてね・・・。」

そのとおりだった。

何かが吹っ切れた私は、チケット売り場の人に「タクシーが来そうなところまで歩いて行こうと思っています。どこまで行けばいいでしょうか?」と言ってマップアプリの画面を見せた。自分でも無謀な発言だと分かっていた。マップには山しか表示されていなかった。

売り場のお姉さんも正気かコイツと思ったのか、私の歩いていく発言は完全にスルーして「この人に電話してみて」と小さなメモを差し出した。メモには苗字一文字と電話番号がペンで書かれていた。

個人でやっているドライバーで、運良く近くにいれば迎えに来てくれるということか。
お姉さんは「値段は交渉してみて」と言った後「もしこの人が来れないなら、あんた近くの駅まで送ってやったら」と、作業員の人に私をバイクで送ればいいのではと聞いてくれていた。

みんな優しすぎて泣きそうになった。

幸い電話はすぐに繋がり、
30分後に迎えに来てもらえることになった・・・!!!

何度もお礼を伝えてチケット売り場を離れ、近くの休憩所のようなところに向かった。なぜかずっと追いかけてくる小さい虫から逃げ回りながら待機している間に運転手さんから電話がかかってきた。

「美女、どのあたりに立ってる?」

今の中国では主に見知らぬ女性を「美女」と呼ぶのがスタンダードになっており、もはや挨拶と変わらないニュアンスなのは理解しているが、電話で呼ばれるといや私の顔知らんやろ!とツッコみたくなった。

立っている場所を説明し、5分ほど経ってから彼は来てくれた。
車が輝いて見えた。
救世主だ。

穏やかでフレンドリーな人だった。
「どこから来たの?」と聞かれて「日本です」と答えると彼はとても驚いていた。確かにチケット売り場の受付に共有された秘密の番号に直接かけてきた日本人は私が初めてだったのだろう。

これは私が中国の人と会話して今のところ100%という脅威的な確率で受けている質問だが、なぜ中国語が話せるのかという質問に対して、以前上海の学校に通っていたと説明すると「へえ〜じゃあ今はこっちの大学に通ってるの?」と聞かれる。口裏合わせてるんかと疑うくらい絶対に聞かれる。

もう大学生に見られるにはちょっと厳しいのでは??と自分自身思うが、まあ、大学生に見えるんだイエ〜イ!と喜んでおこう。

その後は「日本はポイ捨てに厳しいんだよね?」「そうっすね・・・ポイ捨てはまずしないですね・・・」というような他愛もない会話をして過ごした。運転手さんは高速を通らず、来た時よりもカーブの多い山道が続いた。

彼は百杖潭景区の近くに住んでいる。
私のようにノープランでタクシーで来て、横店に帰れなくなり右往左往する人はときどき存在するらしい。過去に何度も同じ状況の人を横店まで送り届けてきたそうだ。
やっぱり救世主だ。

送迎は副業だよ〜と言っていた。その副業に私は救われた。ホテルに着いて車を降りる際に、助けてくれてありがとうの気持ちを込めて若干上乗せした金額を支払うと、気を遣いすぎだよ!と言いながらもとても喜んでくれた。

ホテルの部屋に荷物を下ろした瞬間、今こうして生きている事実に感謝した。聖地巡礼の投稿をアップしてくれた人達。チケット売り場にいた人達。行きと帰りの運転手さん。一人一人に助けられて私はあの場所に行き、無事に帰ってきた。皆の幸せを願った。

夜になって目を閉じると、今日見た山や滝が頭の中に浮かんできてなかなか眠れなかった。
幼い頃、私は海を見て泣き出したと親に聞いた。当時の記憶はないが、きっと今日の私がそうだったように、壮大な自然に呑み込まれてしまいそうだと本能的に感じ取ったのだろう。

大自然の中で、自分はあまりにも小さく無力な存在だと強く実感した。

日々を生きていられるのは当たり前ではなく、数え切れないほどのラッキーが積み重なって、沢山の人に助けられてきたから。

そう考えるきっかけをくれた、大きな意味を持つ聖地巡礼だった。陳情令を観始めた時、まさか自分がロケ地に行ってこんな体験をするなんて夢にも思わなかった。この作品にあらためて感謝したい。

云深不知处は実在した。

撮影のために作られたセットは、もうとっくに無くなってしまった。けれどこの先も、魏无羡と蓝忘机がいた山は変わらずあり、滝の水は流れ続ける。最終話の魏无羡の言葉、「青山不改, 绿水长流」のように。

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