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自責思考と他責思考のお話

こんにちは、19歳のハセガワトアです。

今回は、私がある時を境にずっと考えていることを紹介します。

ある日、

「あなたは他責思考なんだね」

そう人から言われることがありました。

そんなことないだろ、自責思考だからこんなに精神疾患になったり自尊心が低かったりするんだろ、そんな思いがまず浮かびました。

でも何となく自分でも思い当たる節があったので、なんの言葉も返すことができずその場は終わりました。


私の認識では、他責思考とはなんでもかんでも人のせいにするということでした。

強ちその認識は間違っておらず、正確には自分以外の人や状況に責任があると考えることだそうです。

この意味から分かるように、何となく他責思考だねと言われることは嫌でした。

自分自身の認識とギャップがあったからです。

自分は生まれてからずっと自責思考だと思っていました。

強迫性障害の加害恐怖も、自分のせいで何かが起こったらどうしようと考えることですから、ある意味自責思考であるという認識は100%否定できないと思います。

でも同時に、他責思考であることを100%否定することはできないなと思ったので、あの日言われた言葉は私に刺さったのだと思います。

思い当たる節


思えば確かにこれまでの人生で人や状況のせいにしてきたことはたくさんありました。

部活を辞めたことや、本当はやりたかった委員会に挑戦しなかったこと、やりたい髪型や服装だって自分が勇気がないだけなのにそれを止める人のせいにして挑戦しなかったこと、大なり小なりたくさん人や状況のせいにしてきました。

第一志望を追い続ける勇気が無くなったときにはもちろん病気のせいにしましたし、今こうしてみんなと同じように生きられていないことも病気のせいにしてます。

本来の自分と向き合う恐怖から逃げるためにこうして生きてきました。

だから人から他責思考だねと言われたとき、本当の自分がばれたようで怖くて心がその言葉を拒絶したのだと思います。

他責の何がいけないの?


そして他責についていろいろ考えるようになった自分が最終的にたどり着いた考えがこれです。

「他責の何がいけないの?」

自分が失敗したときに自分の過失を認めずに人のせいにする、どんなトラブルも当事者意識を持たず状況のせいにする、これらはたしかに良くない他責だと思います。

でもこれらをしなければ、別に他責思考そのものが悪というわけではないのではないかなと思うんです。

その考えのままでいたって別にいいのではないかなと思うのです。

人間としての成長を考えれば人のせいにする他責思考よりは自責思考のほうが良いかもしれませんが、他責思考は自分を守るためでもあるのであって、心のどこかに他責思考を留めておくことはむしろ大切ではないかとまで思うのです。

他責思考こそ楽に生きるための鍵?


何事もバランスは大切ですが、自責思考と他責思考をバランスよく使うことも人生で大切なのかなと思い始めました。

自分の成長のためならまだしも、ただ自分を責めるためだけの自責思考はただただ自分を壊していきます。

変なところには自責思考の私は、ヒス構文ばりに飛躍して様々な良くない出来事を自分のせいにしては落ち込んできました。

それで完成したのが今の姿です。

別のある人に、

「大切なのはタスクの分散」

と教えてもらいました。

相手の反応を恐れて本当の自分の気持ちを伝えられない私に友達がかけてくれた言葉です。

私のタスクは自分の本当の気持ちを伝えること、それをどう受け取るかは相手のタスクだと教えてくれたのです。

そのときぱっと道が開けたような気持ちになりました。

これまでの私なら、私の本音のせいで相手の機嫌が悪くなった、そのせいで周りの人もいい気がしていない、私が本音を伝えなければよかった、こうやって自分を責めていたと思います。

仮に本音を伝えていなかったとしたら、どうせ本音を伝えたら空気悪くなるし、とか言い訳をしていたでしょう。

だからその友達の言葉のおかげで、私は程よく他責思考を心に留めたまま本音を伝えることができ、自分にとって我慢しすぎない結果にもっていくことができました。

自責の範囲と他責の範囲をあらかじめ定めておくことが大切だとこの出来事から学びました。

今回の場合、私が責任を持つのは自分が本当の気持ちを伝えるという部分だけその気持ちにどう応えるかは相手が決めることであり、たとえそれで相手が周りにも不機嫌な態度をとったら、それは相手の責任なのです。

あれもこれも自分のせいにしていたら飛躍達人の私は自分を守ることができません。

この出来事から分かるように、場面によっては他責思考は大切なのです。

今回の私のように、他責思考のおかげで一つ前に進めることもあるのです。

でもあれもこれも他責思考にするとやっぱりそれはそれで良くないです。

きっと私は病気のせいにして何も挑戦しなければ後悔ばかりの人生になるだろうし、自分のミスすら認められなくなったら人間として終わってしまうと思います。

頭では何となく自責と他責の程よいバランスが理解できてきましたが、まだなかなか実行できないのが現実です。

でもとりあえず今は人生において休む時間だと信じて、潔く病気のせいにしてゆっくり充電しようとおもいます。

今は病気を治すためにはそのマインドが大切だと思い込みます。


最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回の投稿も読んでいただけたら嬉しいです。

P.S. 最近絵を描き始めました。インスタグラムに投稿しているのでそちらも見ていただけたら嬉しいです。






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