早川沙織からの手紙 #14
沙織ふたたび2
翌日、沙織はケロッとしてた。
ヤガミ少尉の部屋で、肘掛け付きの木製の椅子に座って、昨日はよく寝たぐらいの感じだ。
まー、元気そうでなによりだ。
それよりもぼくが気になったのは、沙織が着ている水色のパーカーだった。
(どう見ても、ぼくのパーカーだよな)
あまりに堂々と着てるので、たまたま同じのを持ってたのかと思った。
窓の外に見える木々の緑が濃くなって、もうすぐ夏だなって感じの匂いがした。
沙織が、ぼくのために用意してくれたランチボックスには、アスパラベーコンとたまご焼きのほかに、おにぎりが3つ増えていた。おにぎりの具にはそれぞれ、焼きたらことシャケのフレーク、昆布だった。ほんのりと塩味が効いてて、どれも美味しかった。
ぼくは昼食代が一食分浮くのでありがたくいただいた。
「変な感じ。楠くんが食べてる姿を見てると、私まで食欲が出てくるみたい」
沙織は、箸でつまんだブロッコリーを口に運ぶ。
「共感作用かな」
「なにそれ」
「周りの人が笑ってると、自分も面白いって思うようなことがあるだろ。隣の人のあくびが移ったり」
「ふーん。物知りなのね。冷たいお茶もあるわよ」
「なんか、至れり尽くせりだな。急に親切にされたら気持ち悪い」
「それだけ感謝してるのよ。昨日は、楠くんのおかげで命拾いした。知らない人に渡された飲み物は飲んじゃダメね。いい勉強になったわ」
「ぼくも冷や汗をかいた。早川さんって、イケメンに弱いんじゃない」
「失礼ね……以前、ナオミに同じようなことをいわれたことがある」
「やっぱり」
結局のところ女子は顔で男を選ぶ。そういうもんだ。
男子の場合は顔も大事だけど、話が合うかとか、その場のノリみたいなのが重視されると思う。会話中にやたらスマホを触ってたり、髪をいじってたりするようなコは美人でもきびしい。
あの後、沙織は母親に叱られた。門限を破って、お酒を飲んできたみたいな顔をしてたら、親が怒るのは当然だ。
電話で話してくれた。
ぼくが家に帰ったのは22時近くで、歯を磨いて、そろそろ寝る準備をするかなって頃にかかってきた。
LINEはちょくちょくしてたけど、音声通話ははじめてだったし、かなり遅い時間だったのでびっくりした。もう今日は連絡はないだろうなと思っていたからだ。
沙織のテンションが高くて、あっちの高校での話や、中学時代にはバスケ部だったこと、自分は頭が良くなくて付属中学に入った頃は授業についていくのがやっとで、勉強はコツコツするタイプだとか、いろいろ教えてくれた。
中学2年ぐらいから急にモテはじめたという自慢の流れから、なぜか胸が小さいのがコンプレックスという話になって、楠くんは胸の大きい女子がタイプなのかと、やけに絡んできた。
ぼくは、もしかしたらこれもドラッグの影響じゃないかと思いつつ、胸は大きいよりも小さいほうが体のラインがまとまってて綺麗だと思うと、沙織の機嫌を取った。
「男子のまえだと態度が変わる女子だけはやめといたほうがいいわよ。よくボディタッチしてきたり、声が急に高くなるような」
「理由はあるの?」
「性格が悪いからよ」
「決めつけなんだ」
「まえの学校でもいたの。机をひとりで運べないって男子に甘えるような。そういう女子にかぎって胸が大きいの」
ぼくは、それはひがみだろ、と思ったけど、沙織がしゃべりたそうなので黙ってた。
しゃべりたいのなら、しゃべらせればいい。そのうち疲れて眠くなる。それに、ぼく自身、沙織の声を聞いていたい。
ぼくは、ベッドに寝転んで、スマホを枕元に置いて「うん」とか「へー」って相槌を打ってた。なんとなく、沙織もベッドに寝転んで通話してるような気がした。
(ビデオ通話にしたら、面白いだろうな)
と思った。
沙織がどんな格好をしてるのか、部屋の様子なんか興味があった。
沙織は何回も「ねえ、起きてる?」って聞いてきた。そのたびに、ぼくは、眠たい声で「聞いてるよ」って返事をした。
そんな感じで、どっちが先に寝落ちしたかわからない感じで会話は終わってた。
「ママは、私よりもお嬢さま育ちで、世間体を気にするタイプなの。普段はやさしくて、とても尊敬してるのよ。うちはママのおかげで回ってるようなもんだし、家事もお料理も完璧なの」
「へー」
「昨日も、小言をいわれて……最近、折り合い悪いの。全部、私のせいなんだけど。転校も大反対だったわけ。わざわざ苦労して入った付属高校を辞めてランクを落とすとか、常識的にありえないわよね」
「そっか」
「パパは逆に私に大甘なの。子供の頃に入院したことがあって、沙織がやりたいことをやりなさいって、いつも応援してくれてる。勉強はどこでもできるからって、ママを説得してくれたのよ。そういうこともあって、模試の成績は落とせないわけ」
「いろいろ大変だったんだな」
「一応ね、友達と寄り道するから遅くなるって連絡してたのよ。お酒を飲んだわけじゃないけど、本当のことはいえないわよね」
「まあな」
違法ドラッグを盛られたのを知ったら、沙織の母親はぶっ倒れてたんじゃないのか。
あらためて、沙織って結構かわいそうだよなって思ってしまった。
彼氏と別れて、仲良しグループが崩壊して、母親とケンカして、転校して。
元をたどれば、すべてあの夢のせいだし。
「あと、楠くん。あなた、疑われてるわよ」
「なんで、ぼくが出てくるのさ」
「お弁当を作ってて、ママに聞かれたことがあって名前をいったの。隠すのも変な話でしょ」
「う、うん」
「私が転校転校といいだしたのは、楠くんの影響だって信じてるみたい」
「100パー濡れ衣だ」
ぼくの知らないところで、ぼくの評判は著しく下がってたわけだ。
沙織の母親が、疑いたくなる気持ちもわからなくはない。
模範的だった娘が急に反抗しだしたら、なにかあるはずだって思うとおもう。
食べ終わって、ぼくは早川さんがいれてくれたお茶を飲んだ。
冷たくて、すっきりしてて、ただのお茶なのにやけに美味しかった。
「ところで、そのパーカー」
ぼくは、やんわりと指摘した。
沙織は、ぼくのツッコミをずっと待ってたような顔をした。
「いいでしょ。やさしい人がくれたの」
「くれた?」
「私、すごく気に入っちゃった。ねぇ、これ、ちょうだい」
「ユニクロで、2990円だよ。男物だし、それにもう6月だし」
「私、ユニクロって大好き。通学で着るのにちょうどいいでしょ」
「早川さんには昼食をごちそうになってるし、まあ、いいけどさ」
「ほんとに? 冗談のつもりだったのに」
「やっぱ返してくれる」
「やだ。もう、私の物。一生、大切にするわね」
沙織は、うれしそうにパーカーのポケットに両手を突っ込んで、ほほ笑んでた。
青空を背景に、風が吹いて葡萄色のカーテンが羽根みたいに揺れて、スマホで撮影してずっと残しておきたいようなステキな場面だった。
「ねえ、カラオケでもいかない。私がおごってあげるから」
「なんだよ、急に。おごってくれるのはありがたいけどさ」
「パーカーをもらったし、昨日のこともあるでしょ。お礼に。今週の土曜日はどう?」
「土曜か。とくに予定はないよ」
「じゃ、決まりね。忘れずにあけといて」
「ヨシオと小田桐さんにも声かけとく? アイツ、得意なんだよ、カラオケ」
「うーん、今回はいいかな」
「どうしてだ。人数が多いほうが盛り上がるのに」
「どうしてもよ。私とデートじゃ、いや?」
「いやじゃないけど。早川さんの歌ってるところ見てみたいし」
(カラオケなのに、ふたりって寂しくないか?)
と思った。
沙織と休日に出かけるのははじめてだし、べつにいいかって考えた。
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