また会えたね
どうも、タジです。
更新が遅れましたが昨年11月に、待望の赤ちゃんが産まれました。
戸籍上は第2子になりますが、産まれてきた順でいえば第4子です。
胎児水腫で死産となった第2子、青ちゃんの記事はこちら。
おそらく臍帯過捻転で死産となった第3子、空ちゃんの記事はこちら。
不運な出産が二度も続いたので誰にも妊娠を知らせておらず、突然Instagramで報告して周囲は驚いていました。
(トップの画像はそのとき投稿したもの)
長女との年齢差は5歳。
その間に3回の出産というハイペースで、妻は身体的にも精神的にも辛かったと思います。
海ちゃんも、大好きなママと離れる生活が続いたけどよく頑張りました。
今はただただ、幸せを噛みしめるばかりです。
タイミングの問題
さかのぼること2019年7月。
これまでも割と順調に妊娠していたので、今回も春生まれを狙って妊活をスタート。
ところが、あれれ?妊娠する気配がない…?
何度トライしてもダメで、あせる2人。
友人からも「ちょっとあせりすぎなんじゃない?」と言われました。
確かに、欲しい気持ちが強すぎて心に余裕がなかった部分もあります。
でも長女との年齢差をあまり開けたくなかった私たち。
産婦人科で相談したところ不妊治療の一種であるタイミング法を試すことになったので挑戦してみたところ、驚くことに初回で着床!
タイミングの問題だったのかなぁ?
相変わらずのハードな妊婦生活
大変なのはいつもここから。
毎回、体質が変わってくれることを願うのですが、今回も妻のつわりはひどく、寝ては吐きのくり返しで6kgも体重がダウンしました。
本人はつわりダイエットだと気丈にふるまっていましたが、栄養不足で髪は抜け、唇はボロボロ。
想像を絶する辛さだったにちがいありません。
心配していた頸管長は今回も短く12週で20mm(一般的な妊婦の半分以下の短さ)。
またしてもハイリスク妊婦で総合病院に入院、縫縮手術となりました。
手術は全身麻酔でしたが、術後激しく嘔吐。
コロナのせいで一声かけるくらいしかできず、心細い思いをさせました。
ただし、今回の妊娠で良かったのは、術後の妊婦生活が活動的でいられたことです。
どういうことかというと、海ちゃんのときに手術した個人病院では
と言われたので、退院後も家では基本寝たきり。
一緒にスーパーに買い物に行く時には、置いてあった車椅子に妻を乗せるほどビクビクした妊婦生活を送っていました。
ところが、今回執刀した総合病院の先生に退院後の生活について尋ねると、
と言うのです。
疑問に思い「前の病院ではこう言われました」と聞いたのですが、
とのこと。
その言葉を信じ退院後、妻は普通の生活を送り、むしろ旅行に行って長距離歩くこともありましたが、頸管長はまったく短くなることはありませんでした!
妊婦健診のたびにビクビクはしていましたが、おかげで後半は本人も「夢のような妊婦生活を送れた」と言っていたので、それが本当に良かったです。
それにしても、先生によってずいぶん違うことを言うんだなと思いました。
知識の差なのか腕の差なのか…。
赤ちゃんが苦しそう!?
2020年11月6日。
妊婦健診に行った妻から
と電話が来ました。
ちなみに出産予定日は11月30日。
ハッキリとは言われなかったのですが、おそらく子宮内胎児発育遅延という、なんらかの理由で赤ちゃんがお腹の中で大きくならない状態になっていて、そうなると早めに産んで外で育てる方がリスクが少ないのだそうです。
もともと平均より小さめだった赤ちゃん。
まさかそんなことになっていたとは…。
妻はそのまま入院。
分娩までのスケジュールはこんな感じ。
2020年
11月6日|抜糸
11月7~8日|経過観察
11月9日|陣痛促進剤・分娩
これまでの経験上、急な入院に備えて準備はしていたので慌てることはありませんでしたが、それにしてもこんなに早く産むことになるなんて…!
名前もまだ決まっていないのに!
それに赤ちゃん苦しいって、大丈夫なの!?
不安はつのる一方でした。
陸くん誕生
2020年11月9日。
分娩予定日です。
朝から「子宮口が開かないからバルーンを入れた」と妻からのおどろきのLINEが。
なんでも、子宮口に風船を入れてふくらませて子宮頸管を押し広げるらしい…。
そして11時半、促進剤開始!
できればこの時点で病院へ飛んでいき、産まれてくる瞬間に立ち会いたかったのですが、やはりコロナでそれも叶わず。
産まれたら連絡するから来てくださいスタイルでした。
でも早く赤ちゃんに会いたい!
そもそも分娩が無事に済むかも分からないので、もういても立ってもいられないのです。
経験上、促進剤がはじまれば4~5時間で産まれていたから…
と計算し、病院から呼ばれてもいないのに荷物を届けるふりをして病院に行くと、看護師さんがうれしそうに言いました。
ナイスタイミング!
デイルームで産後の処置を待つこと数分。
ついにその時が!
ようこそ陸くん
部屋に入ると、そこにはカンガルーケア中のおだやかな2人が。
ようやく、ようやく会えた待望の赤ちゃんは、お姉ちゃんよりもさらに小さい2262gの男の子。
良かった。
そして本当に長かった。
一気に緊張の糸が切れたのか、妻に「本当によくがんばったね!」と声をかけると、自然と涙がこぼれました…。
しかしそれは、この日までに流したたくさんの涙とはちがう、感謝、感動、幸福の涙でした。
結局、この日までに名前は決まらず、後日、陸くんに決定。
「ようこそ、陸くん。パパとママのもとに来てくれてありがとう」
おもしろいセカイ
その後すくすくと育った陸くん。
あんなに小さくやせていたのが想像できないほど、半年で別人のようなむちむちボーイになりました。
そんなある日、妻にママ友から「奇跡体験アンビリーバボーを見て!」と連絡が。
それは4月22日にオンエアされた「生まれる前の記憶を話す少女」という回で、私も一緒に見ることになりました。
いわゆる胎内記憶の話で、妻は割とこういうのを信じるタイプ。
きっとそのママ友ともそういう話をしていたから、向こうも教えてきたのだと思います。
そういえば海ちゃんが2歳くらいのときにも、
と聞いていましたね。
逆に私はスピリチュアルなことを信じないタイプ。
ですが、アンビリーバボーを見て「これはマジかも!?」と思わずにはいられませんでした!
くわしい内容については女の子のママ(ayyyyyaka.tさん)がInstagramで紹介されているので、引用させていただきます。
まだ本人も自覚していない段階で、妊娠と赤ちゃんの性別(女の子)を言い当てる長女ちゃん。
やがてその理由が、胎内ですでに次女ちゃんに会っていたから(つまり胎内記憶)ということが分かります。
不思議な話はこれだけではありません。
長女ちゃんいわく、本当は次女ちゃんが先に産まれるはずだったのに、ママのもとに続く滑り台を先に降りたはずの次女ちゃんが、忘れものをしたという理由でいつの間にかもどっていたのだそうです。
そして今またママのもとに降りてきた赤ちゃんは、本当は長女ちゃんよりも先に産まれるはずだった、そのときの次女ちゃんなんだよ、と。
実はayyyyyaka.tさん、長女ちゃんが産まれる前に流産を経験していたのです。
そして長女ちゃんはそのことを知りません。
ちなみにそのときの次女ちゃんが取りにもどった忘れものというのが、なんと「おかし!」笑
なんとも子どもらしいホッコリする話ではありますが、これを聞いた私と妻は顔を見合わせ、陸くんにこう尋ねました。
「あれ?キミはもしかして青ちゃんなのかな?」
偶然にも3年前に胎児水腫で亡くなった青ちゃんは男の子。
無事に産んであげられなかったことを悔やみ、自分の無力さを責めた時期もありましたが、
「お菓子を取りにもどっただけ」
そう考えるだけで、すっと心が楽になりました。
「そっかー、もう会えないと思っていたけど、また会えたね、青ちゃん」
おわりに
ayyyyyaka.tさんの投稿には数多くのコメントが寄せられており、私たち同様に流産を経験し、長女ちゃんの胎内記憶の話に気持ちが救われたという声も見受けられます。
この記事もまた、ひとりでも多くの妊活夫婦のはげみになれば幸いです。
ちなみにうちは女、男、女、男の順で産まれているので、もし次があったら空ちゃん(女の子)の生まれ変わりなのかなー?なんて話しています。
今のところ予定はありませんが、また再来年あたりこう言っているかもしれません。
「また会えたね、空ちゃん」
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