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40年前のチャゲアスの「内面」を聞いて思ったこと

皆さんが初めて聞いた、邦楽ポップスデュオ、CHAGE and ASKA(以下チャゲアス)は、どんな音楽のイメージでしたか。
恋愛バラード楽曲を歌ったり、フォーク作風の歌謡曲を奏でたり、ロックでノリが良い楽曲だったり、世代によって、彼らの音楽の印象が違います。彼らは時代に乗りながら、幅広い音楽性を作っていきました。

この記事で挙げるアルバムは、チャゲアスがフォーク作風から、初めてポップス作風を作り出した作品です。1984年3月25日に発売された、5枚目のアルバム『INSIDE CHAGE & ASUKA V』(インサイド)です。題名の「V」は「5」を意味するローマ数字で、5枚目のアルバムです。後のアルバムの再販盤では、『INSIDE』と記されています。この記事では、その表記で書きます。
クリスタルのような透明な石に包まれた、チャゲアス初期の不死鳥マークがある、青いジャケットが美しいです。

CHAGE and ASKA『INSIDE』(1984年)

『INSIDE』は、アナログレコード盤、カセットテープ、CDとして発売されました。収録シングル曲は、『MOON LIGHT BLUES』のみです。このアルバムは2024年3月25日で、発売40周年となりました。発売当時は生まれていなかったブリから見て、同じチャゲアスでも、違うように見えます。
発売当時に聞いていた、少年少女のチャゲアスファンは、最古参(さいこさん)クラスの人々です。現在の50代後半から60代前半の方々です。最古参のチャゲアスファンから、アルバムに対する反応が以下のように分かれました。

「新しいチャゲアスを楽しめるアルバム」

「本当に同じアーティストとは思えない、ニューミュージックの雰囲気に変わった」

「フォークの彼らが好きだった。音楽が変わってからちょっと聞きたくない感じがした」

アルバムについて最古参のチャゲアスファンからの反応

最古参ファンの話を読んでいると時々、当時の音楽用語が分からない時があります。1990年代からのチャゲアスファンには、収録シングル曲はよく知っても、アルバムの存在をよく知らない人がいます。このアルバムは、アルバム人気ランキングのなかで、以前紹介した1983年の『21世紀』、1985年の『Z=One』と並んで、最下位の立ち位置でした。
歌詞カードには、20代のCHAGE(以下チャゲちゃん)、ASKA(以下あすちゃん)がうつって、どこか少年のようにあどけないです。2人の服装を見ると、今までの普段着とは違い、フォーマル服装のような2人の姿が写っています。フォーク作風のアーティストによくある、カジュアル服装が控えめです。

『INSIDE』歌詞カードでのチャゲアス

1990年代からチャゲアスを聞いた、古参クラスのファンにとって、1980年代前半の邦楽は、「昔の邦楽」に聞こえるのです。アルバムについて、以下の反応がありました。よく知っているファンにとって、「若きチャゲアスの歴史の一つ」「隠れた名曲がある」と思っているようです。

「若いかわいい彼らを聞ける」
「シングル曲のために聞いた」
「昔のチャゲアスの歴史を感じる」
「もっと評価されてもいいアルバム曲がある」

アルバムについて1990年代チャゲアスファンからの反応

このアルバムを初めて聞く人には、今の邦楽と比べて、テンポがゆったりしすぎたり、打ちこみがスカスカな音に感じるかもしれません。1990年代のチャゲアスを好む人には、合わないと思うかもしれません。でも、若き彼らの歌声と歌詞は優れているので、良い作品です。今日にリバイバル流行している、シティポップのようなおしゃれな音楽が好きな人には、おすすめです。
歌詞は固有名詞や流行語がないので、歌詞の意味が分かりやすいです。

この記事では、ブリが『INSIDE』を100周聞いて、思ったことをまとめました。1980年代前半の邦楽について、少し説明します。初めてのポップス作風を作り出した、チャゲアスの新しい世界を聞きました。歌詞の意味は、あくまでもブリの独自解釈なので、一つの例として読んでください。
あと、このアルバムの最下位の立場をからかって、書いた記事ではありません。



◇夕暮れのニューミュージック

1970年代後半から1980年代前半まで、J-POPはかつて「ニューミュージック」と呼ばれていました。1970年代前半に盛んだったフォーク音楽と歌謡曲に、さまざまな音楽的実験や解釈を取り入れて、新しい音楽性を作り出しました。歌詞はフォーク音楽のように、社会的メッセージを含まずに、人間の感情を描いたテーマが増えました。
この用語は、さまざまな解釈や定義がありますが、以下のように、簡単に説明しておきます。

ニューミュージック」とは、
1970年代後半から1980年前半まで、フォーク音楽や歌謡曲にいろんな音楽ジャンルが混じって生まれた、新しい音楽ジャンルである。
それは、現在の「J-POP」の前身である。

ニューミュージックについて、ブリの簡単な説明より

1980年代前半は、歌謡曲とフォーク音楽にいろんな音楽ジャンルを合わせた、新しい邦楽を「ニューミュージック」と呼んでいました。1980年代前半の邦楽界では、従来の歌謡曲やフォークの人気から、多くの音楽ジャンルが増えて、流行が変わってきた頃でした。それが1980年代後半から、今日の「J-POP」に変化しました。一部の邦楽ファンで最近、リバイバルしている「シティポップ」が、かつての「ニューミュージック」の一部でした。
ブリから見て、「ニューミュージック」は「古の邦楽」です。1970年代、1980年代前半の邦楽について、調べていると、この用語を知りました。ブリより20才ぐらい離れた上の世代は、J-POPを「ニューミュージック」と呼ぶことがあります。その用語に親しんでいた世代は、そう呼び続けています。

1970年代、1980年代の邦楽界ポップスの変遷図

ニューミュージックは1980年代前半に入ると、衰退していきました。なぜなら、新しい音楽ジャンルが増加して、当時の邦楽ファンは新しい音楽へ興味を持ち、従来のニューミュージックに振り向かなくなったからです。楽曲のコンピューター制作が広まり、それを使ったアーティストたちが増え、今までにない楽曲が増えました。YMO、TM NETWORKなど、コンピューターやキーボードを扱う、新たなアーティストたちが注目されました。

チャゲアスは、デビュー5年目のアーティストとして、活動していました。まだ新人アーティストとして見られていた彼らですが、邦楽界の流行に注目していました。


◇新たな変化を求める若き雄

1980年代前半のチャゲアスは、デビュー当時からフォーク音楽のアーティストとして、知られていました。『ひとり咲き』『万里の河』『男と女』など、日本語の曲名が多く、フォーク作風の楽曲がヒットしていました。次第に、彼らはいつまでもフォーク作風のアーティストとして、活動していくわけにはいかないと考えていました。なぜなら、フォーク音楽は人気が落ちてしまい、一つの音楽ジャンルにこだわると、彼らの個性がいつまでも表現できないと感じたからです。
彼らは新たな作風へ変えて、技術を磨くことにしました。彼らは、アコースティックギターから、キーボードとコンピューター制作の音楽に興味を持ち、それを楽曲制作に使いました。シングル曲『MOON LIGHT BLUES』は、フォーク作風とは違い、ニューミュージックとしての変化を見せた、バラード曲でした。

チャゲアス『MOON LIGHT BLUES』発売当時の新聞広告。
「おじさんも聴いている」なるキャッチコピー、
初めての日本武道館コンサートの告知が書かれている。

以前のアルバムは、『風舞』『熱風』『黄昏の騎士』『21世紀』と、日本語のアルバム名が続いていました。『INSIDE』は、初めての英語のアルバム名で、これ以降は英語のアルバム名が続きます。初めてアルファベット表記のアルバム名にした理由と意味について、あすちゃんが語っていました。邦楽界の流行に合わせながら、本当にチャゲアスが表現したいものを表した想いがありました。

「デビュー当時からしばらくは、漢字イメージですべて統一した日本色の強いトリッキーなグループと思われてたんだけど、時代の変化と共にそれが古くさくなってしまった。ある意味ではアンダーグラウンドぽくて、『万里の河』といったタイトルイメージを引きずってて、それをポップなイメージにしたいということで英語にしてみた」

本当に内面だぞというね。今までは表面的というか、外連味(けれんみ、ごまかしの意)というか、それで勝負してきてタイミングよく当たって売れたんだけど、もうハートだぞ、内面のポップを見せてやるぞと」

ASKA、『C&A 10年の複雑 上巻』(1992年)より

新しい作風に変わった、チャゲアスはライブ活動が活発でした。アルバム『21世紀』を引っさげた全国ライブツアー、『INSIDE』発売後は初めての日本武道館のコンサートを行いました。邦楽界では若き彼らの活躍に対して、「ニューミュージック界の雄」と呼ばれました。彼らが後に「J-POPのスーパースター」となるのは、まだまだ先の話です。

新しい作風をアピールするチャゲアスは、なかなか売れませんでした。売れないので、レコード会社はすぐに宣伝を見切りました。今までフォーク作風の彼らを支持していた、少年少女のチャゲアスファンは戸惑いました。
『INSIDE』発売後、チャゲアスはソロ活動を少しだけやりました。チャゲちゃんが初めてのソロ活動で作ったデュエット曲がヒットしました。石川優子とチャゲの『ふたりの愛ランド』は彼の代表曲として知られました。
あすちゃんは、俳優活動に初めて挑戦しました。音楽活動とは違うことを体験してみたくて、若者向けのドラマにゲスト出演してみました。それから、彼がノートに書きためていた散文詩をまとめた、詩集『オンリー・ロンリー』を発売しました。

ところがデュエット曲が売れても、俳優活動が注目されても、チャゲちゃん、あすちゃんがいる、チャゲアスは全く売れません。今までにない作風変化、どうしてもヒット曲『万里の河』のイメージが取れないままでした。アイドルの流行で2人の存在は、地味と思われました。
(若き2人が売れなかった理由を考えた記事はこちらからどうぞ)


◇都会の人々と愛のシナリオ

このアルバムの歌詞と曲名を見ると、現実的な楽曲が多いです。固有名詞を全く書かない、チャゲアスには珍しく、「東京」と実在の地名が登場します。チャゲアスは九州地方にある、福岡県生まれのアーティストです。工場地帯に囲まれた街、北九州市生まれのチャゲちゃん。山と畑に囲まれた街、大野城市生まれのあすちゃん。福岡県といっても、街が密集した東京都とは違う雰囲気と文化があります。ブリの両親は福岡県生まれで、それがブリが2人に親近感を持つ理由です。

『東京CARRY ON』はまさに2人が見た、東京の風景を描いた楽曲でした。無味乾燥なビルと空、夢を求めて、誘惑に奪われそうでも、街の居心地に慣れていく人々の様子がつづられています。時間に追われて、働く人々の作り笑いと窮屈な心境を描いた『TIME KEEP DANCER』。1980年代前半の日本社会の忙しさ、激しい変化が見える気がしました。
街で、楽しい踊りに夢中になる人々の様子が見えます。『アルマジロ・ヴギ』はパーティーで集まった若者がはしゃぐ、トランペットとキーボードが踊る楽曲です。

『INSIDE』歌詞カードのCHAGE

歌詞は、精神的な恋愛感情、失恋、恋の甘さを描いた楽曲が多いです。シングル曲『MOON LIGHT BLUES』は、女子の恋を描いて、愛しい男子に離れないでほしいと願う、切ないバラード曲です。売れなかったこの楽曲は、後にチャゲアスの代表曲になりました。

終わった恋の復縁の描写を優しく歌う、スローバラード楽曲の『シナリオ』。恋愛の楽曲が優しくて、描写が良いと感じました。男子から見て、恋に落ちる女子の恐ろしい表情を歌い、音のサンプリングで不気味でこっけいな笑いを表した、タンゴ風の楽曲『夢のかなた』。レゲエ風の明るいリズムで、男女の浮気とケンカを切なく描いた楽曲『ゆら・ゆら』。恋愛は幸せばかりではなく、人間の本質が見えるドラマがあります。
アルバムの最後に来る『B.G.M』は、柔らかい風のようなシンセサイザーが流れて、朝の部屋で愛を交わす、優しいバラード曲です。2人のハーモニーで「愛しているよ」と何回も歌い、聞く人が照れてしまいます。

このアルバムの収録曲では、初めての出来事があります。
『涙・BOY』は、失恋で泣く人を励まそうとするポップス曲です。後にこの楽曲は、タレントの長江健次(ながえけんじ)がカバーしました。チャゲアスにとって、初めてカバーされた楽曲です。
恋の芽生えを虹に例えて、はかない感情が消える前に想いを伝える、ノリノリな楽曲『RAINBOW』。この楽曲はチャゲアスのアルバム曲で初めて、ミュージックビデオが制作されました。かわいいノリが好きで、お気に入りの楽曲です。

CHAGE and ASKA『RAINBOW』ミュージックビデオ
(1984年)

音は前のアルバム(『21世紀』)のように、アコースティックギターやオーケストラではなく、キーボードを前面に出した、メロディーが増えました。打ちこみとサンプリングを軸にしたメロディーです。キーボードの響きがきれいで、打ちこみでありがちな鋭い響きが少なく、音が心地よいです。音楽制作の手段が変わっても、人々の愛情を変わらずに奏でています。

『INSIDE』歌詞カードのASKA


◇有名イラストレーターとのコラボ

実は、『INSIDE』のジャケットは有名なイラストレーターである、空山基(そらやまはじめ)が描きました。エアーブラシのような色合い、石の透明感、なめらかな曲線、これらは彼の特徴である、写実的で金属質のデザインです。彼は後に、ソニーのペットロボット「AIBO」のデザインを担当します。

『INSIDE』ジャケット裏。
チャゲアス初期の不死鳥マークが描かれている。

偉大な推しデュオと、著名イラストレーターとの夢のコラボレーションは、驚きでした。


◇ボーナストラックは隠れた名曲

『INSIDE』は発売当時、収録シングル曲は1曲だけでしたが、後にリマスター盤にボーナストラックが追加されました。『Darlin'』(ダーリン)と、『華やかに傷ついて』の2曲です。
『Darlin'』はシングル曲『MOON LIGHT BLUES』のカップリング曲です。恋人の甘い夜をチャゲちゃんの甘い歌声と、女性のコーラスに乗せた、ラテン風ポップスです。後にこの楽曲は、チャゲちゃんのロックバンドMULTI MAXで、再録されます。

CHAGE and ASKA『華やかに傷ついて』(1983年)

『華やかに傷ついて』は1983年に発売されたシングル曲で、前作のアルバム『21世紀』に収録できなかったので、こちらに収録されました。恋の終わりには、人間の正直な気持ちが現れる様子をつづった歌詞です。エコーがかかった、冷たいシンセサイザーが響く楽曲です。この楽曲を知らないチャゲアスファンが多いので、ボーナストラックをきっかけに知った方々がいます。


◇まとめるとJ-POPの前身が聞ける名盤

以上、チャゲアスの『INSIDE』を聞いて、思ったことをまとめました。このアルバムを通して、「ニューミュージック」の歴史を知るきっかけになりました。「J-POP」なるジャンル用語が生まれる前の邦楽界を知ることができます。「ニューミュージック界の雄」と呼ばれた、若きチャゲアスの内面が見えるアルバムです。
ロマンチックな歌詞が多くて、感情を呼び起こすのは、チャゲアスの個性です。彼らの歌詞に心の内面を描いたものが、後に増えていきます。このアルバムから本格的にポップス路線で、多彩な音楽性を広げていくことになりました。彼らが「J-POP」へ変わる世界で、素晴らしい楽曲を作り出していく情熱が、この頃から見えてきました。
音楽を作る方法が変わっても、アーティストの情熱は変わらずに、内面から生まれる音楽を奏でています。

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