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ささやかで美しいな、土曜日ってよ。

 なにがささやかでどう美しいのかとか野暮なことは聞くな。好きな服を買って映画館で映画を観たからだ。休みの日に行く場所がないと落ち着かない。落ち着かないが、だれかと会う気にもならない、それ以前に会う人がいない。結構なことだ。実に結構。
 それだけだ。だから、何がささやかでどう美しいかなんて聞かないでくれ。

「今度の土曜日、映画行かないか」

 LINEやら電話やらで誘える人はいない、いないこともないが400kmくらい離れているから無理だし、仮に隣の部屋にいたとしてもドアをノックしたりチャイムを鳴らすなんてことはしないだろう。
結構なことだ。本当に。

 午後3時、新宿で『ベイビー ブローカー』を観た。情報量がめちゃくちゃ多い韓国の映画やドラマに、是枝監督がスキマを開けて白紙を挟み込んだような優しい映画で、『万引き家族』の終盤、取り調べを受けている安藤サクラを真正面から捉えたロングショットを思い出した。ああそういえば、

 そういえば『万引き家族』は誰かと観たんだっけか。

 それを思い出すためにタイムスに入ってカウンターに座ったらアイスコーヒーが出てくる前に思い出した。煙草に火をつける。何をするにもどこへ行くにも独り独り、独りが当たり前の自分に、あの映画のファーストランが始まったときには隣のシートに誰かがいたのだ。覚えてる。覚えてるぞ。

 夏至を過ぎて夜がどんどん長くなっていく。それでもまだ18:30を過ぎても明るい空を見上げながら新宿駅南口の階段を汗をかきながら上る。

 ささやかだ。そして綺麗だ。暮れなずんでいく空のことではなく、独りきりの土曜日のことを話している、俺は。

 あの映画を一緒に観た人はそろそろ呑み始めるころだろう。なあ。いいな。土曜日ってよ。

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