アクティングコーチの仕事と役割
先日、アクティングコーチとして関わった「Polygamy」の公演が終了しました。
今回初めてアクティングコーチという役割で現場に携わったことで、この立場がどのように現場の役に立つのかという実感を得られたので、今後の演劇文化に変えていくためにも、僕が今回どのように関わったのかを記事にします。
ここからアクティングコーチが座組に帯同する文化が少しずつ普及にしていくと嬉しいです。
そもそもアクティングコーチとは?
アクティングコーチとは何かというと、役者に演技を指導する人のことです。
スポーツ選手にとってのトレーナーのような役割で、欧米では個人に付いたり、映画や舞台の制作現場に帯同したりと、割と業界では一般的ですが、日本ではまだ数もいなければ認知もそこまでされていません(最近少しずつ増えてきましたが)
特に日本の演劇界では、演出家がアクティングコーチの役割を兼ねる場合が多いです。しかし、日本では演出家やアクティングコーチについての教育プログラムがないため、それぞれが独自のスタイルで指導を行なっています。中には演技の経験が知識が乏しいまま、指導をしていることもあります。
それによって、俳優が迷惑を被ることもあり、近年のパワハラ問題もそこに繋がっているような気がします(これについて詳しくは後述)
そもそも演出家の役割とアクティングコーチの役割は違います。
演出家は最終的な絵や形、つまり結果を作るのが仕事であり、アクティングコーチはそこに向かう道筋を立て役者を導く、つまり過程を作るのが仕事です。
両方こなせる器用な人もいますが、ほとんどの演出家の人は、出来ているようで実は誰も文句を言わないから出来ていない問題に気付いていないだけ、だったりもします。
今回の「Polygamy」という作品には、主宰であり演出家の金澤萌恵さん(10年来の付き合いなので、以下もえさんと呼びます)からご依頼いただき、携わることとなりました。
予算ギリギリの中、作品を少しでも良くしたいという願いを込めて打診してくださったので、快く引き受けさせて頂きました。この場を借りて感謝致します。
前置きが長くなりましたが、ここから実際の動きについてお話ししていきます。
始まり始まり〜
事前ミーティング
まず、アクティングコーチという立場で関わると決まった後、最初にしたのは「演出家の意向を聞くこと」です。
演出と演技指導のエリアというのは非常に密接なので、良くも悪くも相互作用が強く、過干渉になる可能性もあります。
なので僕は最初に演出家のもえさんの意向を聞き、どのような作品を作りたいのか、どのような演技スタイルを求めるのか、作品に対してどこまで口が出せるのかを明確にしました。
作品全体の方向性を決定するのは、あくまでも演出家なので、演技指導者としてはその意向に沿うことは絶対です。変な話、自分が納得する演技スタイルじゃなかったとしても、その理想を体現するために助力します(今回はそんなこと全くありませんでしたが)
ちなみにもえさんは「役者自身が輝いて欲しい」「演出のアイデアもどんどん欲しい」「指導は忍翔の好きにやってくれていい」と言ってくれたので、そこに全乗っかりして、自分の仕事を全うすることにしました。
アクティングコーチの2つの役割
世界的アクティングコーチであるスコット・ウィリアムズによるとコーチの役割は2つ。
「役者を勇気付けること」と「演技の選択肢を与えること」です。
なので、作品作りに関わることは基本言いません。ただし、演出が望む結果に対して効果的なものがあればアイデアを提供します。例えば「ここでこの人が孤独に見えるようにしたい」と言われれば、それが叶うような提案をします。
先述したように、作品作りにおいて、演出は結果を求め、演技指導はそこに至るために役者を導く手助けをします。この2つを演出家が同時に担っているのが日本では一般的ですが、人によっては得意不得意があるはずで、その不具合によって役者が迷惑を被ることが多々あります。そういう意味でも演技指導という役割を置くことは、双方のストレスを軽減することになると思うのです。
ここからはアクティングコーチの2つの役割をそれぞれに分けてお話ししていきます。
この2つは稽古中ずっと意識していたため、今回の経験を通して自分の指導者としての根幹思想にもなりました。
安心・安全な場を作る
と、その前に。まずは大前提として、アクティングコーチの在り方の話をさせてください。
役者は基本的に永遠の緊張状態にいます。自分がやっていることが正しいのか否か、どうすればもっと良くなるのか、常に模索しているし、孤独な作業が多いです。
もちろん演出や他の役者に相談することも出来ますが、正直どのセクションもそれぞれ自分の仕事で忙しく、誰かのサポートやケアをする時間はそんなに取れません。
しかし、アクティングコーチという役割は、常に役者のために存在します。
サポートが欲しかったらするし、ケアが必要ならする。いわば役者全員の保護者のようなものです。役者の自信と尊厳を守る役割を果たします。
今回の稽古場での一場面で、ある役者と演出が、意見の相違でピリついた時がありました。その時は僕が間に入って双方の案を聞いて折衷案を出しました。
それによって双方納得したので事なきを得ましたが、こういった歪みがひどくなってしまうと、役者と演出の露骨な対立に繋がってしまったり、役者が演出に攻撃されるという事態を招きかねません(現に演劇現場でのパワハラが問題視されているように)。対立は、お互いが自分の仕事に真剣だからこそ起こることではありますが、だからこそ少し引いた所から眺めることが出来る人が必要なのです。
特に日本では、役者はとても弱い立場です。演出に意見したら嫌われるかもしれない、これ以上仕事できなくなるかもしれない、という恐怖を常に抱えています。
そういう人達にとって、絶対的な味方であるアクティングコーチという存在はとてもありがたい存在になると思います。
役者を勇気付ける
存在によって安心安全を与えることが出来たら、具体的に勇気付けのための行動をします。
ちなみに僕は日本語の「ダメ出し」という言葉が嫌いです。欧米では「ノート」と言います。より良くするための方向性を示してあげるということです。なぜ日本では出来ていないこと前提とする言葉になっているのか、僕には理解出来ません。
なので、僕がノート出しをする時には、なるべく出来ていることや良くなっていること、その人の魅力を探し、それを伝えます。特に過去に言っていたことで、それが出来るようになっていたらは必ず言います。
そして「こうすればもっと良くなる」というニュアンスをつけてコメントして、今のままでも十分出来ているんだ、ということを伝えます。
あと、結果よりも努力を肯定します。時に方向性が違う方向に行ってしまっている人もいますが「チャレンジしてくれてありがとう!次はこういう方向性も試してみて!」とさりげなく正しい方向へ誘導します。
プロ意識のある役者で、努力をしない人はいません。なので準備してきてくれたものは100%感謝します。そしてこれは今回わかったことですが、方向性を示してあげて、それをやらない役者もいません。
出来るかどうかは問題ではないです。もし出来ていなかったら演出で魅力的にカバーすればいいんですから。大事なことは「あなたはあなたの仕事を全う出来ていますよ」と伝えてあげることなのです。そうすれば結果を求めすぎず、努力して、チャレンジを繰り返すことが出来ます(そもそも努力しない人はプロではないので、そういう人は潔く降板させましょう)
細かく言い出せばまだまだありますが、役者には常に恐れがあるので、それを少しでも解消させてあげて、演技に集中させることが大切です。
戦うのはテーブルに座っている人ではなく、舞台上にいる人なのだということを。
演技の選択肢を与える
今回はプロデュース公演だったので、様々な経歴を持った役者が集まりました。
演劇学校や劇団で演技を学んだ人もいれば、ダンスや歌をたくさんやってきた人もいて、本当に多種多様でした。
それぞれがそれぞれの言語を持っていたため、稽古序盤はその共通言語を作るためのワークの時間を多く取りました。
僕が何を大事にしているのか、何を役者に求めているのか。本当はここにもっと時間を割きたかったのですが、最低限のことを共有する時間は必須です。
そこからシーンワークに入ると、それぞれにとっての演技の課題が出来てきます。
ある人はキャラクターを固めすぎてしまったり、ある人は行動がパターン化されてしまったり、ある人は言葉よりも感情を伝えてしまったり…本当に様々です。
その一つ一つに対して、僕は様々なワークやアプローチの仕方を提供し、その人が課題を解消して演技を楽しめるように、選択肢を与えました。
演技について1つのやり方しか知らないのと、10個も知っているのでは全然違います。僕は強制することなく「こんなやり方もあるよー」という提案をして、自分の取り組みやすいものを選ぶよう提案しました。
まとめ
以上が、今回の僕の関わり方です。
細かく言ったらキリがないですが、不足がないようにまとめたつもりです。
ただでさえ予算の少ない演劇制作の中で「アクティングコーチに割くお金なんかないよ!」という人がほとんどでしょうし、これを書いたところで「じゃあいっちょ頼んでみるか!」と思う人はいないかもしれません。
しかし、どんなものなのか全く知らない状態よりは知ってる状態の方がいいだろうし、演劇を良くしていくための選択肢が一つ増えるだけでも良いと思うのです。
劇団でも座組でも個人でも、ここから縁が繋がり、少しでも良い演劇が生まれる世界になってくれたら良いなと願っています。
僕の窓口はいつでも開かれていますし、どんな相談でも乗ります。もし気になった方は以下HPよりご連絡ください。
長文読んでいただいて、ありがとうございます。またどこかで会いましょう。
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